⑳激闘の後日談その二・そしてハッピーエンドへ
◇
俺達が白波町に戻ってきたのは、あれから一秒も経たない頃。
俺は星良を背負いながら、この町唯一の教会である彼女の実家に向かう。
「……星、良? どうしたの――星良っ?」
俺達の姿を見た途端、星良のお母さん、冴木玉恵さんが狼狽する。
彼女の気持ちが痛いほどわかる俺は、だからぎこちなく笑って星良の無事を知らせた。
「大丈夫です。見たところ、どこも傷は負っていません。今はただ、気を失っているだけで」
「一体なにがあったの、帝ちゃん……?」
「あ、えっと、その前に星良を休ませてあげて良いですか?」
「……そ、そうね。そうだったわ。私ったら、そんな事にも気付かないなんて」
俺と玉恵さんは、二階にある星良の部屋に向かう。
それから星良をベッドに寝かせた後、俺は堂々とホラを拭く。
『葬世界師』なる男に襲われ、そこを黒理刻羽さん達に救われたと説明する。
玉恵さんは正に寝耳に水と言った面持ちだったが、彼女は安堵の溜息を漏らした。
「いえ、とにかく二人とも、無事で良かったわ。生憎、主人と海斗は留守なんだけど、さっさとあの二人にも帰ってきてもらわないと」
「それじゃあ星良さんも疲れているでしょうし、私も今日はお暇しますね。明日また、改めて星良さんのお見舞いに伺ってもよろしいでしょうか?」
が、そこまで言いかけた時――その星良が目を覚ます。
彼女は数秒ほど天井を眺めた後、身を起こして玉恵さんに向き直る。
「……お母、さん?」
「そうよ……私よ、星良。……ああ、本当に、良かった!」
玉恵さんが、星良を抱擁する。
なら、尚更俺は邪魔だ。
この家族水入らずを邪魔するのは、どう考えても間違っている。
そう思って、俺は星良と目を合わし、笑顔を浮かべた。
「それじゃ、今日のところは失礼しますね、星良。また、明日」
だが、彼女はキョトンとする。
「……えっと。あなたは、誰だっけ?」
「え……?」
そして、真顔で発せられた星良の言葉を聞いて、俺は悪寒の様な物を覚えていた。
「せい、ら……?」
「ん? あれ? 晴嵐の制服着ているって事は、私と同じ学校の生徒だよね? でも、あなたみたいに目立つ容姿の子なんて、居たかな? もしかして、転校生か何か?」
「……あ、あ」
そこまで聴いて、俺は全てを察した。
「って、何言っているの、星良ッ? この子はっ……!」
が、俺は手をあげ、玉恵さんを制止する。
「ええ。貴女が貧血か何かで倒れていたから、ここまで連れてきたんです。生徒手帳に、貴女の家の住所まで明記されていて、本当に良かった」
俺は玉恵さんに耳打ちした後、一礼してから部屋を出る。
そのまま俺は、数分程、その場に佇んだ。
《って、何だって冴木さんをあのままにして、出てっちゃうのよっ? あんなのはきっと一時的な記憶の混乱でしょッ?》
シーアがそう訴える中、俺は自分でも驚くほど冷静だった。
《……いや、それはないよ。多分、星良は本当に俺の事だけ忘れている。きっとそれが彼女を生き返らせる条件だったんだ。そうだ。何でもそう都合よくいく訳がない。これが引き換え、これが、代償だ》
なのに、俺は思わず一度だけ俯く。
《それでも、こっちが丸儲けの取引だ。俺と関わらなければ、星良はもう危険な目に合う事もない。彼女の安全は、保障されたも同然だ。そうだ。憧れを恋心と勘違いしていたのは、俺の方だ。俺はきっと、冴木星良の様な少女になりたかったんだ。神代帝は、彼女の様な女性になりたかっただけなんだよ》
心からそう思いながら、俺は一度だけ、天を仰ぐ。
なのに、何故か俺の視界はぼやけていた。
唯一の心残りは、もう二度と星良との約束が果たされない事。
きっと明日も星良と笑い合えていた筈なのに、そんな日はもう一生訪れない事だろう。
その事を、心底、悔みながら、それでも俺はただ願う様に告げていた。
《だから――これで良い》
こうして、神代帝の初恋は、これ以上ないハッピーエンドを迎えたのだ―――。
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