②殺意と抗弁
◇
というか、幾らなんでもこの状況で、俺が落ち着きすぎだと思った貴方は実に鋭い。
だが、俺は別に、精神的に鈍感という訳ではない。
異常な事には異常だとちゃんと反応できる、普通の感性を有している。
だというのに、なぜ俺がこうまで冷静なのかと言うと、もちろん理由がある。
俺自身がある種――異常な存在だからだろう。
そんな訳で、俺は言葉を失いながらも、此方に背を向けているあの少女を観察する。
俺の事など気にも留めず、全身が映る姿見で自分の事を確認している、あの少女を。
年齢は、俺と同じ位。背も俺と変わらぬ程で、百六十センチはあるだろう。
その彼女と言えば、俺とは逆に、えらくご満悦な様子だ。
全裸なのに。
「……フム。でも、容姿は中々の物だわ。どうやら趣味が良いマスターを引き当てたようね。これって、結構ラッキーじゃん」
が、それも束の間の事。そこで、彼女は漸く姿見の端に映る俺に気付く。
「えっ? はぁッ?」
裸を見られている少女は、当然の様に恐慌する。
それから此方を振り向いて、彼女は言い切った。
「私より美人! 私より美人! 私より美人! 私より美人! 私より美人が居る!」
「――そっちっ? 真っ先に気にしたの、そっちっ?」
全裸である、自分の事ではなく?
俺に、全裸を見られた事ではなく?
「……いや、待て。取り敢えず、服を着ろ。あ、いえ、着て下さい。お願いしますから」
「………」
土下座した。
ベッドの上で土下座して、俺は彼女に頼み込んだ。
ついで、俺はクローゼットを指さす。
「服は、あそこにある奴だったら、どれでも着ていいので」
「はぁ」
名も知れぬ少女(てか、痴女)は気のない生返事を漏らす。
ただ棒立ちしながら、彼女は首を傾げた。
「というか、服ならこの通り自由自在に作り出せるから、気にしないで」
「――なんとっ?」
次の瞬間、少女はミニスカ黒ドレスを身に纏う。
頭の両端で髪を結び、いわゆるツインテールで髪を纏める。
まるでライトノベルの美少女キャラじみたそのセンスに、俺は半ば呆然とした。
痴女から不審者にジョブチェンジした少女を前に、俺は何とか冷静になろうと努める。
「……えっと、それであなた、誰です?」
「んん? 何か、さっきと態度が違うわね。先刻はもっと、男の人みたいに雑な感じじゃなかった、あなた?」
……意外に鋭かった。
俺のミスを、あの不審者は見逃していなかった。
〝服を着ろ〟というアノ男口調を。
ならば、俺がするべき事は一つだろう。
「で、誰なんですか?」
「あひっ?」
俺は笑顔で――人差し指から光線を放つ。
それは躊躇する事なくあの不審者に向かうが、ソレをやつは紙一重で避けた。
「いやいやいや! ちょっと待って! 死ぬから、多分、それを食らったら私死ぬから今はクールダウン!」
「いえ、意味が全くわかりません」
「ひゃあぁッ?」
笑顔で――第二射を発射する。
ニガニガしくも、それさえあの不審者は回避した。
「だからストーップ! ストップよ、マイマスター! 私にも少しは時間的猶予をプリーズみたいなッ?」
「………」
何だ、このそこはかとないポンコツ感は?
聡いと感じた俺の直感は、間違いか?
故に俺はフムと思案した後、彼女の要求を呑む。
「わかりました。では、後五秒以内に答えて下さい。五、四――」
「だから待ってってば! 第一、何で普通の人間がそんな事出来るのッ? 指からビームとかありえないわよね、常識的にはッ? あなたは常に全裸で生活している、全身真っ白な宇宙人か何かッ?」
いや、非常識の権化である、あんたに言われたくないし。
そうは思いつつも、俺は脱力しながら彼女を見た。
「成る程。どうやら、答える気は無いようですね? では――そろそろ死にますか?」
「は……っ?」
この町全ての光粒子と熱エネルギーを『収束』する。
それは、直径一メートル程の玉へと圧縮された。
「あわぁッ、あわわわわぁぁ~~~!」
件の少女に向かって、それを発射しようとする俺。
この絶対的緊張感を前に、少女は更にポンコツ化する。
だというのに、やつは見事に俺の弱点を指摘した。
「わ、わかった! あなた、実は女装癖がある男性でしょう――っ?」
そして、二度目のミス。
そこは笑顔で術の行使を続けるところだったのに、俺は一瞬硬直してしまったのだ。
それでも、俺は真顔で惚けてみせる。
「まさか。何を言っているんですか、あなたは? 私を男性だと誤解するヒトなんて、絶対いないと断言できますよ?」
「確かに、普通に考えればそうね。今でも認めがたいけど、あなたは私をも上回る美貌の持ち主。そんな美少女が実は男とか、絶対思いたくない。でも――はたして私がこうしても、そう言い切れる?」
此方に近寄って来た彼女が、俺の胸に手を伸ばす。
「ほら、やっぱりオッパイがある。って――あるのっ?」
「………」
セーラー服越しに、俺が十六年かけて育てた胸を揉みやがる。
金も払わず揉みやがった。
「で、ナニカ言い残す事は?」
「あわわぁあぁぁっっ~~! あわわわぁあぁっっ~~!」
お蔭で俺は更にヒートアップし、術の施行を継続する。
容赦なく我が最終闘法を、目の前の大敵目がけて放とうとする。
けど、その前にやつはもう一度口を開いた。
「――え、えっと、そう! 今、そんな業を使ったら、この部屋は大変な事になる、みたいなっ?」
「ああ」
そうだった。つい気分がハイになってしまったが、そこはやつの言う通りである。
この状況でこんな業を使えば、俺の部屋は間違いなく崩壊する。
現に、さっき二発レーザー放っただけで、部屋の置物とか焦げているし。
クマのぬいぐるみ(オス設定)の股間部分から、モクモク煙が上がっている。
「そうですね。確かに、これは私の早計だった様です。落ち着いて話を聴く気になったので、どうかあなたも安心して下さい」
「ほ、本当に本当の本当……?」
「勿論です。生憎、不審者が居るので、この場を離れてお茶も用意出来ませんが、どうかくつろいで」
「あの……その不審者ってやっぱり私の事なのよね?」
しかし俺は答えず、ただ可憐な笑みを浮かべ続ける。
慈悲深くも彼女の為に座布団を用意し、席を勧めた。
「……はぁ。なら、遠慮なく」
座布団に正座した彼女を前にし、俺も床に正座する。
文字通り、俺とやつは膝と膝をつき合わせたのだ。
「じゃあ遠慮なくついでに訊いておくけど、マスターのその姿ってありえなくない?」
「……ありえない、とは?」
「いえ、今どきの女子高生は、もっと攻めているって事。膝上二十五センチのミニスカートとかが、普通なんじゃないの?」
いや、そんなのはもう、アニメや漫画だけの産物だ。
今は、割と長めなのが主流となっている。
短くても、膝上七センチ位?
「でも、確かにそうですね。我が校でも膝下六センチを維持しているのは、私位ですし」
「はぁ。後、それ白タイツよね? 幾らなんでも、防御力高すぎない? 露出部分が頭と手しかないって、戦前の女学生じゃないんだから」
しかし、そのご意見はスルー。
俺は話題を変えようとする。
だというのに、それでもやつはお喋りを続けた。
「それに、ここ、刑務所か何か? 部屋にベッドと鏡とクマのヌイグルミしかないって、ある意味ホラーよ?」
「……ほっといて下さい」
このツッコミに対し、俺はやはり笑顔で対応する。
つーか、何だよ、さっきから続くこの女子力チェック?
もしかして俺、ケンカ売られている?
俺がどれほどのガールパワーを誇っているか、試されているのか?
そんな些事にかかずらっている暇など、今の俺にはないというのに。
「いえ、本題に入りましょう。あなたはやはり、この黒い剣(?)に関係がある方なのですよね?」
「………」
すると、彼女は謎の沈黙を見せる。
それからやつは、何故か恐る恐る右手を挙げた。
「ええ……それは間違いないわ。私はその剣が起動した事で発生した、ナビゲーションシステムみたいな物だから」
「ナビゲーションシステム? じゃあ、あなたはやはりこの剣の事を知っている?」
笑みを浮かべた彼女の答えは、以下の通り。
「いえ、それがシステムに不具合が起こっていて。正体まではわからないみたいな――?」
「………」
なので、俺はもう一度、微笑みながら、彼女に向かって人差し指を突きつけた。
「ちょっと待って! 本当に本当なので! だから、時間を、時間をちょうだい! 何とかシステムを修復して、それが何なのか解明してみせるから……!」
「……はぁ」
この場合、果たしてどうした物か?
やつの言葉を、信じる?
信じるに足る、根拠も担保もない人間(?)の言葉を?
そう思いを巡らせていると、やつはもう一度手を挙げる。
「け、けど、一つだけ確かな事があるのよ。それは、私はその剣の所有者が理想とする異性となって、具現するという事。つまり私はあなたが想像する限り、最高の容姿を持って生まれてきたという事なの。
……でも、その私は、なんだって女性として具現したのかしら? あなたは間違いなく女性で、それなら私は男性として具現する筈。なのに、私はこうして女性として誕生した。それはつまりあなたはアッチの趣味の持ち主か、それとも実は男性という事になるのだけど。一体どういう事……?」
「あー」
この追求を前に――俺はやはりこの少女を■すしかないと決意していた。
ここまで読んでいただき、誠にありがとうございました。
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