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ベーダーマン  作者: マカロニサラダ
18/37

⑱冴木星良その二

 すみません。

 今回は少し長めです。

     ◇


「あああああああああああああああぁぁッッッ!」


 帝が駆ける。

 ただ一直線に、ラメルド・ハウンズ目がけて、直進する。


(私にも、のっぴきならない事情か)


 彼女が告げたその言葉を反芻し、ラメルドはただ眉をひそめた。

 その理由は一つだ。


 あの気迫からして、間違いなくあの連れの娘は死んでいる。

 恐らくは自分の命を擲ち、彼女はあの白髪の少女を救ったのだろう。


(それでも、まだ私の事情を慮る理性が残っている? まだ他人を気遣う余裕がある、と?)


 現に、自分を殺すと告げたあの少女からは、殺意は感じても狂気は感じない。

 あの少女は飽くまで冷静に物事を判断し、ソノ上で自分を殺すと言っている。


 この歪な精神性に、ラメルドこそが狂喜した。


「面白い! やはり君は此方側のニンゲンだ、麗しの君!」

「なっ……?」


 ソレは、先ほどの業に比べれば、塵芥に等しい芸だ。

 だが、帝にしてみれば、我が目を疑う光景だった。


 唐突に、ラメルドの周辺から五百メートル規模の戦艦が、二十隻ほど出現する。

 明らかに戦闘に特化したソレは、決して現の物とは言えなかった。

 それも、然り。


(宇宙、戦艦ッ? まさか、未来世紀の産物っ?)


 紛れもなく、レベル六の力。

 しかも縮退炉――ブラックホールエンジンを搭載した恒星間航行用の一個艦隊である。

 その砲撃は、紛れもなく星をも穿つ。

 ならばソレを、一個人を仕留める為に使うとすれば、正に蠅を大砲で殺すも同然だ。

 故に、帝はこの時点で結論する。


「……やはり、あなたは正気じゃない!」


 彼女の正論を無視して、砲撃が放たれる。

 星をも滅ぼすであろう閃光は、迷う事なく帝に向かう。


「ぎ――っ!」


 加えて、彼女にソレを躱せる程の運動能力は無い。

 ならば、詰みだ。

 シーア・クレアムルが危惧した通り、神代帝に勝機と言う物は皆無である。

 彼女の躰はその熱量によって半死半生となり、決着を迎えるだろう。


 そう――本当にその筈だった。


 だが……彼は見た。


「ほ、う?」


 一瞬遅れて、ラメルドはその光景に気付く。

 帝の周囲に、五十もの光の玉が浮かんでいる事に。


 が、それが何だと言うのか?

 今、この状況でそれが何の役に立つ?

 彼がそう感じた途端、彼女は直系二十センチほどの玉を爆発させる。

 その爆風に乗る事で、帝は宇宙艦隊の砲撃を躱す。


(自身の膂力と、ステータスの限界値を超えた動き? 自分を攻撃する事で、あの少女はあれだけの速度を誇っている?)

 

 ソレは昨夜、ダージュ・ロウの『再生』を躱したとき使用した業だった。

 ラメルドが看破した通りの業を駆使して、帝は何とか砲撃を躱し続ける。


 けれど、それは所詮それだけの事だ。

 彼の艦隊は、一隻につき十もの砲身を持つ。

 ならば、二十隻もの艦隊を操るラメルドの武器は二百にも及ぶ。

 その集中砲火を受ければ、やはり勝敗はわかり切った物に過ぎない。


 事実、『葬世界師』は二十隻もの船に、一斉掃射を命じる。


「ハハハ、ハハハハハハハ!」


 だが、この時、彼は、見た。

 その砲撃さえ残らず躱しまくる、その少女の異様を。


 神代帝は、地を蹴ると同時に光の玉を破裂させ、己の最大速度を遥かに上乗せする。

 その度に服は焼け焦げ躰にもダメージを受けるが、彼女は避けて避けて、避けまくる。


「これでは、まるで火にあぶられたヒト型ではないか!」


 ソレは華麗という単語とは、余りにかけ離れた奇行だ。

 爆風に吹き飛ばされた帝は、天地が逆転する。


 しかし次の斉射が迫った途端、その無理な体勢から更に光の玉を爆発し、回避する。

 まるで全身に火が回りながらも踊り狂う踊り子の様に、狂気に狂気を重ねる――。


「前言撤回だ! やはり君もまた狂っている!」


 彼はこの時、初めて彼女に自分の姿を重ねた。

 あの少女を、キロ・クレアブルを打倒しようとしている、この自分の面影を彼女に重ねる。

 けど、その為にはまだ駒が足りない。

 自分だけの力では、あの少女には遠く及ばない。


 その為にも、彼が求めるモノは二つあった。


(かの見世字壬と――少なくとも黒理刻羽は連れて行く!)


 待て。

 自分は今、何と思考した?


 あの男と〝メディス・メディナ〟は連れて行く?


 ならば、なぜ今あの少女と争う?

 自分はあの白髪の少女を『支配』するべく、戦闘を重ねているのではないのか?

 少なくとも、自分はそう理解している筈だ。


(いや、違う。あれは、あの娘は、何か、おかしい)

 

 そう。何かが、不味い。

『死界』の未来より『成熟した彼女』を引き出し、今の彼女に投影して、彼は帝を『支配』するつもりだった。

 自分はその為にわざわざあの娘と接触し、こうして交戦しているのではなかったか?


 だというのに、ラメルドは何故か眉をひそめる。


(そうだ。あの娘は、何か、危険な気が―――)


 宇宙の始まりから存在し、消滅した後も存在する彼に、そんな危機感が過ぎる。

 この躰も既に千九百万個目の躰に過ぎないが、その経験則は本物だ。

 この自分が、危険だと感じている以上、結論は一つだろう。


「やはり――君は要らない」

「……なっ?」


 彼が再び右腕を掲げたのは、間もなくの事。

 あろう事か――彼は太陽の四百億倍規模のブラックホールを召喚する。


「……ああ」


 同時に、今この精神状態の帝にすら、覆しようのない死を確信させる。

 それだけの戦力差を――ラメルド・ハウンズは神代帝につき付けた。


「では、最期に褒美を与えておこう。なぜ私が、ここまでの力を引き出せるか? それは私が〈外気功〉を習得し、その力を己が〝アード・ワード〟に注ぎ込めるからだ」

「……がい、きこう――?」


〈外気功〉とは、世界そのものから力を搾取する技術の事。

 その範囲は自然エネルギーから、星々が周回する運動エネルギーにまで及ぶ。

 それだけの途轍もない力を彼は自身の力に転化できると言うのだ。


 ソレは正しく練磨の果てに得た力。

 狂気の淵に身を窶した者だけが得られる能力と言えた。


 だが、彼はまだ、気付かない。

 ソレが、どれほどの悪手であるかを。


 その体のままラメルドは躊躇なくその力を解放し、この世界を終わらせようとする。

 今度は太陽の時とは異なり、己が得物の性能を全開にする。


 けれど、恐れる事はない。彼は己が召喚した物体では、決して傷つかない。

 例え世界が崩壊し様とも――彼だけは生存する。


 故にラメルドはこの太陽系ごと神代帝を消滅させようとし――このとき彼女は最後に思った。


 ……〝ありがとう〟?

 本当に笑わせる。

 それは、こっちの台詞だ。

 いつだって、そう思ってきた。

 話かけてくれてありがとう、と。

 笑いかけてくれてありがとう、と。

 こんな俺に関わってくれてありがとう、と。

 俺は何時だって君に対する、感謝しかなかった。

 いつだって、俺は、貴女の様に生きてみたいと願っていた。

 何時か、お前と共に人生を歩んでいきたいと、心底から渇望した。

 それはもう、果たされない想いだけど、これだけはサイゴに伝えたかった。


「……うん。俺の方こそ、本当にありがとう。俺も君が居るだけで、本当に幸せな毎日だった。君が居るだけで、昨日も楽しくて、今日も楽しくて、明日も楽しかった。だから、本当にお礼を言うのは俺の方。絶対に俺が君の代りに死ぬべきだった。いや、今からでも俺は君の後を追うべきなのかもしれない――星良」

 

 この際に来て、俺は心から涙しながら笑い、ただ彼女の事を想った。


「でも、ごめん。俺は、まだ、そっちには、いけない」


 俺が死ねば、アイツも死ぬから。

 君の為に泣いてくれた、あの少女も死んでしまう。

 俺の代りに泣いてくれた、あの彼女も君の様に居なくなってしまう。


 だから――俺は彼に告げるしかない。


「ヘタを打ちましたね」

「な、に?」

「〈外気功〉? 〈外気功〉? 〈外気功〉? 今――思い出しました。

 私も、いや、俺も――ソレは知っている」

 

 ならば、果たして、その暗転は誰に訪れたか?

 神代帝は今、己が深淵に手を伸ばす―――。


「なんだ、と……?」


 ソノ姿を見た時――初めてラメルド・ハウンズはあの白い少女に恐怖を覚えた。


 神代帝の能力は、二つ。

『収束』と『蓄積』である。


 前者は、周囲にある力場を文字通り『収束』する事。

 後者は、その力を『蓄積』する事。


 だが、精神昇華もステータス、つまり限界値が定められている。

 故に、彼女が集められる力も無限ではない。

 しかし、彼は見た。


「な――っ?」


 それは、断じてかの黒剣の力ではない。

 間違いなく、神代帝が起こした不条理であり――ある超常現象だ。


(……ばか、なッ?)


 あろう事か、神代帝もまた、自身の〝ワード〟に〈外気功〉を注ぎ込む。

 星々が宇宙を周回する、運動エネルギー等々を己の物に変えていた。

 いや、真に恐怖するべきは、その規模。


 彼女のソレは――明らかに度を超えていた。


「……まさかこの宇宙だけでなく、『死界』の宇宙からも力を搾取しているだとっ?」


 その質量、実に宇宙に換算して――二億八千万個。

 一個の宇宙は一兆~七兆個の銀河を孕み、その銀河にある恒星の数は一千億個~一兆個と言われている。

 しかも宇宙の大きさは、十の一グーゴルプレックス乗光年を遥かに上回ると言う。

 それだけの膨大な力を――実に二億八千万個分搾取しているのが今の神代帝という少女だ。


 ならば――彼は狼狽するほかない。


「まさか、まさか、まさかッ? 君はっ――貴女は、一体何者だっっ? よもや鹿摩帝寧ゆかりの者かぁあああ―――ッ?」


 ラメルドが知る限り、こんなバカげた事が出来るのは、かの『覇皇』以外居ない。

 だが、それこそ帝の知った事では無かった。


 彼女は己が集めた力に加え、ラメルドのブラックホールも自身のソレに『収束』する。

 全長十の一グーゴルプレックス乗光年×二億八千万規模の大剣を、長さ二メートルに及ぶ剣に圧縮させる。


 ソレを彼女は、彼に向かって振り上げた。


「これで――終わり」

「あ」

 

 けれど、剣を振り下ろす瞬間、彼女は、確かに聴いた。


〝――帝――〟


「つっ?」


 あの少女の声を聴き、冴木星良の笑顔を幻視して、帝は一瞬動きが止まる。

 あの星良が自分の為に他人を殺す事を望むだろうかと、帝は煩悶してしまう。


「がッ!」

(……不味、いっ!)


 この刹那の間を衝いて、ラメルドは左手で恒星を召喚する。

 ソレを圧縮したラメルドの攻撃が、帝に向け発射される。

 正に絶妙のタイミング。

 もう死ぬしかない一撃。

 それを他人事の様に、帝は眺める。


「な、にッ?」 


 そしてこれは正しく――例の黒き大剣が起こした悪夢である。


 件の恒星は確実に帝に向かい、爆炎を上げる。

 だが、ソノ先に待っていたのは正体不明の巨大な腕であり、それが帝を守っていた。

 この光景を両者共に呆然と眺めるが、先に動いたのは帝だった。


 彼女は今度こそ、万感の思いを込め、かの剣を振り下ろす―――。


「おおおおおおおおおおおおおおおおお………!」

「……がぁぁあああああぁッッッ!」

(つっ? 浅いッ?)


 が、ある人為が働き、踏み込み切れなかった帝はラメルドを両断しきれない。

 臓器は傷付け、戦闘不能に追い込んだが、彼はまだ生きている。

 ならば、帝はやはり手にした剣を振り上げるしかない。


 しかし、その時、彼女は目撃する。


「なっ?」


 神代帝が止めを刺す瞬間、シーア・クレアムルが――両者の間に割って入ったのだ。


 ここまで読んでいただき、誠にありがとうございます。

 マカロニサラダは皆様の、評価をお待ちしています。

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