⑱冴木星良その二
すみません。
今回は少し長めです。
◇
「あああああああああああああああぁぁッッッ!」
帝が駆ける。
ただ一直線に、ラメルド・ハウンズ目がけて、直進する。
(私にも、のっぴきならない事情か)
彼女が告げたその言葉を反芻し、ラメルドはただ眉をひそめた。
その理由は一つだ。
あの気迫からして、間違いなくあの連れの娘は死んでいる。
恐らくは自分の命を擲ち、彼女はあの白髪の少女を救ったのだろう。
(それでも、まだ私の事情を慮る理性が残っている? まだ他人を気遣う余裕がある、と?)
現に、自分を殺すと告げたあの少女からは、殺意は感じても狂気は感じない。
あの少女は飽くまで冷静に物事を判断し、ソノ上で自分を殺すと言っている。
この歪な精神性に、ラメルドこそが狂喜した。
「面白い! やはり君は此方側のニンゲンだ、麗しの君!」
「なっ……?」
ソレは、先ほどの業に比べれば、塵芥に等しい芸だ。
だが、帝にしてみれば、我が目を疑う光景だった。
唐突に、ラメルドの周辺から五百メートル規模の戦艦が、二十隻ほど出現する。
明らかに戦闘に特化したソレは、決して現の物とは言えなかった。
それも、然り。
(宇宙、戦艦ッ? まさか、未来世紀の産物っ?)
紛れもなく、レベル六の力。
しかも縮退炉――ブラックホールエンジンを搭載した恒星間航行用の一個艦隊である。
その砲撃は、紛れもなく星をも穿つ。
ならばソレを、一個人を仕留める為に使うとすれば、正に蠅を大砲で殺すも同然だ。
故に、帝はこの時点で結論する。
「……やはり、あなたは正気じゃない!」
彼女の正論を無視して、砲撃が放たれる。
星をも滅ぼすであろう閃光は、迷う事なく帝に向かう。
「ぎ――っ!」
加えて、彼女にソレを躱せる程の運動能力は無い。
ならば、詰みだ。
シーア・クレアムルが危惧した通り、神代帝に勝機と言う物は皆無である。
彼女の躰はその熱量によって半死半生となり、決着を迎えるだろう。
そう――本当にその筈だった。
だが……彼は見た。
「ほ、う?」
一瞬遅れて、ラメルドはその光景に気付く。
帝の周囲に、五十もの光の玉が浮かんでいる事に。
が、それが何だと言うのか?
今、この状況でそれが何の役に立つ?
彼がそう感じた途端、彼女は直系二十センチほどの玉を爆発させる。
その爆風に乗る事で、帝は宇宙艦隊の砲撃を躱す。
(自身の膂力と、ステータスの限界値を超えた動き? 自分を攻撃する事で、あの少女はあれだけの速度を誇っている?)
ソレは昨夜、ダージュ・ロウの『再生』を躱したとき使用した業だった。
ラメルドが看破した通りの業を駆使して、帝は何とか砲撃を躱し続ける。
けれど、それは所詮それだけの事だ。
彼の艦隊は、一隻につき十もの砲身を持つ。
ならば、二十隻もの艦隊を操るラメルドの武器は二百にも及ぶ。
その集中砲火を受ければ、やはり勝敗はわかり切った物に過ぎない。
事実、『葬世界師』は二十隻もの船に、一斉掃射を命じる。
「ハハハ、ハハハハハハハ!」
だが、この時、彼は、見た。
その砲撃さえ残らず躱しまくる、その少女の異様を。
神代帝は、地を蹴ると同時に光の玉を破裂させ、己の最大速度を遥かに上乗せする。
その度に服は焼け焦げ躰にもダメージを受けるが、彼女は避けて避けて、避けまくる。
「これでは、まるで火にあぶられたヒト型ではないか!」
ソレは華麗という単語とは、余りにかけ離れた奇行だ。
爆風に吹き飛ばされた帝は、天地が逆転する。
しかし次の斉射が迫った途端、その無理な体勢から更に光の玉を爆発し、回避する。
まるで全身に火が回りながらも踊り狂う踊り子の様に、狂気に狂気を重ねる――。
「前言撤回だ! やはり君もまた狂っている!」
彼はこの時、初めて彼女に自分の姿を重ねた。
あの少女を、キロ・クレアブルを打倒しようとしている、この自分の面影を彼女に重ねる。
けど、その為にはまだ駒が足りない。
自分だけの力では、あの少女には遠く及ばない。
その為にも、彼が求めるモノは二つあった。
(かの見世字壬と――少なくとも黒理刻羽は連れて行く!)
待て。
自分は今、何と思考した?
あの男と〝メディス・メディナ〟は連れて行く?
ならば、なぜ今あの少女と争う?
自分はあの白髪の少女を『支配』するべく、戦闘を重ねているのではないのか?
少なくとも、自分はそう理解している筈だ。
(いや、違う。あれは、あの娘は、何か、おかしい)
そう。何かが、不味い。
『死界』の未来より『成熟した彼女』を引き出し、今の彼女に投影して、彼は帝を『支配』するつもりだった。
自分はその為にわざわざあの娘と接触し、こうして交戦しているのではなかったか?
だというのに、ラメルドは何故か眉をひそめる。
(そうだ。あの娘は、何か、危険な気が―――)
宇宙の始まりから存在し、消滅した後も存在する彼に、そんな危機感が過ぎる。
この躰も既に千九百万個目の躰に過ぎないが、その経験則は本物だ。
この自分が、危険だと感じている以上、結論は一つだろう。
「やはり――君は要らない」
「……なっ?」
彼が再び右腕を掲げたのは、間もなくの事。
あろう事か――彼は太陽の四百億倍規模のブラックホールを召喚する。
「……ああ」
同時に、今この精神状態の帝にすら、覆しようのない死を確信させる。
それだけの戦力差を――ラメルド・ハウンズは神代帝につき付けた。
「では、最期に褒美を与えておこう。なぜ私が、ここまでの力を引き出せるか? それは私が〈外気功〉を習得し、その力を己が〝アード・ワード〟に注ぎ込めるからだ」
「……がい、きこう――?」
〈外気功〉とは、世界そのものから力を搾取する技術の事。
その範囲は自然エネルギーから、星々が周回する運動エネルギーにまで及ぶ。
それだけの途轍もない力を彼は自身の力に転化できると言うのだ。
ソレは正しく練磨の果てに得た力。
狂気の淵に身を窶した者だけが得られる能力と言えた。
だが、彼はまだ、気付かない。
ソレが、どれほどの悪手であるかを。
その体のままラメルドは躊躇なくその力を解放し、この世界を終わらせようとする。
今度は太陽の時とは異なり、己が得物の性能を全開にする。
けれど、恐れる事はない。彼は己が召喚した物体では、決して傷つかない。
例え世界が崩壊し様とも――彼だけは生存する。
故にラメルドはこの太陽系ごと神代帝を消滅させようとし――このとき彼女は最後に思った。
……〝ありがとう〟?
本当に笑わせる。
それは、こっちの台詞だ。
いつだって、そう思ってきた。
話かけてくれてありがとう、と。
笑いかけてくれてありがとう、と。
こんな俺に関わってくれてありがとう、と。
俺は何時だって君に対する、感謝しかなかった。
いつだって、俺は、貴女の様に生きてみたいと願っていた。
何時か、お前と共に人生を歩んでいきたいと、心底から渇望した。
それはもう、果たされない想いだけど、これだけはサイゴに伝えたかった。
「……うん。俺の方こそ、本当にありがとう。俺も君が居るだけで、本当に幸せな毎日だった。君が居るだけで、昨日も楽しくて、今日も楽しくて、明日も楽しかった。だから、本当にお礼を言うのは俺の方。絶対に俺が君の代りに死ぬべきだった。いや、今からでも俺は君の後を追うべきなのかもしれない――星良」
この際に来て、俺は心から涙しながら笑い、ただ彼女の事を想った。
「でも、ごめん。俺は、まだ、そっちには、いけない」
俺が死ねば、アイツも死ぬから。
君の為に泣いてくれた、あの少女も死んでしまう。
俺の代りに泣いてくれた、あの彼女も君の様に居なくなってしまう。
だから――俺は彼に告げるしかない。
「ヘタを打ちましたね」
「な、に?」
「〈外気功〉? 〈外気功〉? 〈外気功〉? 今――思い出しました。
私も、いや、俺も――ソレは知っている」
ならば、果たして、その暗転は誰に訪れたか?
神代帝は今、己が深淵に手を伸ばす―――。
「なんだ、と……?」
ソノ姿を見た時――初めてラメルド・ハウンズはあの白い少女に恐怖を覚えた。
神代帝の能力は、二つ。
『収束』と『蓄積』である。
前者は、周囲にある力場を文字通り『収束』する事。
後者は、その力を『蓄積』する事。
だが、精神昇華もステータス、つまり限界値が定められている。
故に、彼女が集められる力も無限ではない。
しかし、彼は見た。
「な――っ?」
それは、断じてかの黒剣の力ではない。
間違いなく、神代帝が起こした不条理であり――ある超常現象だ。
(……ばか、なッ?)
あろう事か、神代帝もまた、自身の〝ワード〟に〈外気功〉を注ぎ込む。
星々が宇宙を周回する、運動エネルギー等々を己の物に変えていた。
いや、真に恐怖するべきは、その規模。
彼女のソレは――明らかに度を超えていた。
「……まさかこの宇宙だけでなく、『死界』の宇宙からも力を搾取しているだとっ?」
その質量、実に宇宙に換算して――二億八千万個。
一個の宇宙は一兆~七兆個の銀河を孕み、その銀河にある恒星の数は一千億個~一兆個と言われている。
しかも宇宙の大きさは、十の一グーゴルプレックス乗光年を遥かに上回ると言う。
それだけの膨大な力を――実に二億八千万個分搾取しているのが今の神代帝という少女だ。
ならば――彼は狼狽するほかない。
「まさか、まさか、まさかッ? 君はっ――貴女は、一体何者だっっ? よもや鹿摩帝寧ゆかりの者かぁあああ―――ッ?」
ラメルドが知る限り、こんなバカげた事が出来るのは、かの『覇皇』以外居ない。
だが、それこそ帝の知った事では無かった。
彼女は己が集めた力に加え、ラメルドのブラックホールも自身のソレに『収束』する。
全長十の一グーゴルプレックス乗光年×二億八千万規模の大剣を、長さ二メートルに及ぶ剣に圧縮させる。
ソレを彼女は、彼に向かって振り上げた。
「これで――終わり」
「あ」
けれど、剣を振り下ろす瞬間、彼女は、確かに聴いた。
〝――帝――〟
「つっ?」
あの少女の声を聴き、冴木星良の笑顔を幻視して、帝は一瞬動きが止まる。
あの星良が自分の為に他人を殺す事を望むだろうかと、帝は煩悶してしまう。
「がッ!」
(……不味、いっ!)
この刹那の間を衝いて、ラメルドは左手で恒星を召喚する。
ソレを圧縮したラメルドの攻撃が、帝に向け発射される。
正に絶妙のタイミング。
もう死ぬしかない一撃。
それを他人事の様に、帝は眺める。
「な、にッ?」
そしてこれは正しく――例の黒き大剣が起こした悪夢である。
件の恒星は確実に帝に向かい、爆炎を上げる。
だが、ソノ先に待っていたのは正体不明の巨大な腕であり、それが帝を守っていた。
この光景を両者共に呆然と眺めるが、先に動いたのは帝だった。
彼女は今度こそ、万感の思いを込め、かの剣を振り下ろす―――。
「おおおおおおおおおおおおおおおおお………!」
「……がぁぁあああああぁッッッ!」
(つっ? 浅いッ?)
が、ある人為が働き、踏み込み切れなかった帝はラメルドを両断しきれない。
臓器は傷付け、戦闘不能に追い込んだが、彼はまだ生きている。
ならば、帝はやはり手にした剣を振り上げるしかない。
しかし、その時、彼女は目撃する。
「なっ?」
神代帝が止めを刺す瞬間、シーア・クレアムルが――両者の間に割って入ったのだ。
ここまで読んでいただき、誠にありがとうございます。
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