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ベーダーマン  作者: マカロニサラダ
17/37

⑰冴木星良

     ◇


「――みぃ、帝ッッッ!」


 既に聞き馴染んだ声が、鼓膜に響く。

 お蔭で俺は、さっさと正気を取り戻す。


「ああ、言うまでもないが麗しの君、今のは力を全く解放しない状態で放った業だ! 仮に解放していれば、君は勿論この太陽系自体消滅していただろうからね!」

「ぐッッッ!」


 そんな言われるまでもない事は無視し、俺は冴木星良の躰を抱えこの場から逃げ出す。

 足を踏み出すだけで目が回る痛みを覚えたが、俺はもうそんな事しか出来なかった。


「――化物ッ!」


 正直、アレは駄目だ。

 レベルどころか、次元が違う。

 なんであんなのが、キロ・クレアブルに従っているのか、理解できない程に。


「……というか、こんな時まで動揺しないなんて。冴木さんって本当に聖人の様ですね」


 少しでも彼女の恐怖を和らげる様に、微笑みながら告げる。

 口から血が滴り出ているが、この際、それは無視してもらいたい。


「だねー。本当に鈍いよ、帝は。今頃わかったの? 全く、気付くのが遅いんだから」

「ハハハハ。前言撤回です。冴木さんが聖人なら、私はきっと神様でしょうから」


 その神を自称する俺が、今はただ逃げるしかない。

 シーアに軽口を叩く余裕さえない。

 今は、少しでも冴木星良の不安を払拭する事だけに専念する。

 この効果が少しはあったのか、冴木星良は俺の作り笑いに引きずられる様に、笑みを浮かべた。


「ねえ。帝は十年前の事、覚えている?」

「十年前……? そういえば、さっきもそんな事を言っていました、ね?」


 今更ながら、思い出す。

 俺達は手足が千切れても、その手足を躰に繋げていれば、神経ごと勝手に癒着する。

 だが、臓器に損傷を受けた場合は、その治癒速度は遅い。肉体の大体二十倍以上はかかるだろう。


 なら、多分、このままでは、俺はそう遠くない内に、死ぬ。


 そういった状態のまま、俺は冴木星良と会話を続けた。


「そう。アレは今から十年前の話。帝が男のヒトに襲われて、それに抵抗してそのヒトを石で殴り倒した話」

「……何を、言って? いいから、今は、黙っていて。直ぐに、助けが来る場所まで、逃げますから」


 けれど、冴木星良は、やはり笑顔で俺の目を直視している。

 決して俺から目を逸らさず、ただ俺を見つめ続けた。


「そう……あの日、私は帝と待ち合わせをしていた。一緒に遊ぶ約束をして、なのに私だけがその時間、何時もの様に遅刻してあそこに居なかった。その結果、帝はあの事件に巻き込まれた」

「だ、だから、今は、黙ってって言っている、でしょ?」


 余りの痛みに、眩暈を覚える。

 その癖、後何十メートル進めるだろうかと、冷静に計算しているだから、始末が悪い。

 そんな中、やっぱり、冴木星良は微笑んだ。


「そう。私は何時だって考えていた。私があの時、時間通り来ていたら、きっとあんな事にはならなかったって。帝も町保に入って、あの事件の加害者に多額の慰謝料を払い続ける必要もなかったって。そう――私が、間にあっていればこんな事には、ならなかった」

「やめろ」


 自分でも、驚く。

 気が付けば、俺は何故か、素の口調で冴木星良と喋っていたのだから。


「ほら、やっぱり、帝ってば、猫被っていたのね。その口調が本当の、帝なんだ」

「やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。……頼むから、やめて、くれ」


 何故か?

 いや、違う。

 その理由は本当にわかり切っている。

 ああ。本当に、愚かしい。

 今頃になって、彼女の、冴木星良の能力を、思い出すなんて。

 何で、こんな簡単な事に気付かなかったのかと、俺は、一瞬、頭が真っ白になる。


「でも、これは私達だけの、秘密。いい? 一生誰にも喋っちゃ駄目だよ、帝?」

「だから、やめろっていっているだろうがぁあああああッッッ………!」


 バツが悪そうに、星良が笑う。

 俺はただ怒鳴り散らすしかない。

 途端、彼女の能力が、発動する。


『受領』と言う名の『呪』が、俺と星良に降りかかる。

 同時に、俺が肺に受けた傷は消え、俺のダメージは文字通り冴木星良が受け止める。


「う、ぁッ」


 だが、自分より上位のニンゲンの傷を移すと、被術者は更に重傷になってしまう。

 それが、彼女の力の条件。

 冴木星良を縛る鎖。


 つまり、俺の傷は今、俺の肺から――星良の心臓に、移される。


「……ああ。おそくなって、ごめん、ね、みかど」

「……ああ、ああ、ああああぁぁぁ」

「でも、こんどは、まにあった……」


 そして、神代帝は、冴木星良のそんな満足そうな声を、夢心地で、聞いていた。


     ◇


「なん、で?」


 意味が、わからない。

 理解が、出来ない。

 何で、此奴は、この女は、こんなに簡単に、自分の身を危うくする?


 全ては、俺が招いた事なのに。

 俺のミスで、こうなったというのに、一体、なぜ?


《そんなの、決まっているでしょうが。その子は、冴木さんは、アンタの事、を――》

「……は?」


 そこで俺は、漸く我に返って星良に視線を向けた。

 彼女はただ吐血しながら、虚ろな視線を此方に向ける。


「うん。わたしこうかいは、しないしゅぎだって、いったけど、ほんとうは、ちがうんだ。ほんとうはわたし、こうかいのれんぞくだった。ほんとのきもちをいえないそんなわたしは、こうかいしかないひびを、おくっていた。……そう。ほんとうは、ずっとまえから、だいすきだったんだよ、みかど」

「……あ、あ」

「うん、やっと、いえた。でも、おかしいよね? おんなのこが、おんなのこをすきになるなんて」

「もういいから。お願いだから、喋らないで」


 ああ。本当に、お願いだから、喋らないでくれ。


「でも、ただはなしかけることしか、できなかったけど、それでも、わたしにとっては、ほんとうに、ゆめのようなひびでした。あなたがいてくれるだけで、きのうもたのしくて、きょうもたのしくて、あすもたのしいっていう、ユメのような、ひび。――だから、ありがとう、みかど」

「……ああ、ああ、ああああああぁぁぁ」


 ついで、馬鹿げたことに、彼女はこの際に来て俺に笑いかけた。

 俺はただ叫ぶしかない。


「駄目だ、逝くな、星良っ! 逝かないでくれッ! 頼むから、逝くなッッッッ!」


 漸く、本音で語り合えるところまで、来たんだろ?

 だらか、もうこれ以上お前には、猫を被ったりしないから。頼むから、俺の前から、居なくならないで、くれ。

 そうだ。返事。まだ返事をしてない。

 俺も、お前の事が、星良の事が、大好きだって伝えてないじゃないか。

 

 なのに、答えてくれない。


 星良は、ただ、満足そうに、眠りについていて、何も言ってくれない。


「え……?」

 

 ……そうして、気が付けば、俺はその気配を察していた。


「……何で? 何で、シーアが泣く?」 

「そんなの帝が泣かないから、私が代りに泣いてあげているからに決まっているでしょうが」

「………………」


 そう、か。俺は泣いていない、か。

 ああ、そうだ。

 俺にはまだ……やるべき事が、残っているから。


 だから、俺は星良を地面に横たえ、シーアを剣の柄から下ろす。


「星良を、頼みます。せめて私の代りに、一緒にいてあげて下さい」


 この意味を、シーアは瞬時に読みとった。


「って、まさか、帝、アナタッ? ダメよ、絶対ダメ! さっきの、見たでしょうッ? アレは既にヒトでさえない! 私もまだその剣の使い方を思いだしてないし! あんなのと戦えば、間違いなくアナタは殺される!」

「……そうでした。私が死んだら、アナタも死ぬんでしたね? でも、それでも、どうか私に――いや、俺に、命を預けてくれないか――シーア、クレアムル?」 

「帝……」


 しかし、それ以上、答える声は無い。

 だから、俺は来た道を引き返す。

 自分の血が点々と落ちている道を、ゆっくり歩む。


「おや? どういった術を使ったか知らないが、完全回復している様だな? いや、仮にそれが、あの連れの少女の手腕によるものだとしたら大したものだ!

仮に生きていても、死んでいても!」

 

 俺はシーアから十メートル程離れた場所で、その男に行き会う。

 俺は、虚ろな瞳を『葬世界師』へと向けた。


「……ええ。もしかしたらあなたにも、何かのっぴきならない事情があるのかもしれない。でも、それでも、私がするべき事は一つだけ」


〝だから、ありがとう、みかど〟


「私は――あなたを殺します」

「ほう?」


 一筋だけ頬に流れた物を、指で払い除け、歯を食いしばる。

 ついで雄叫びを上げ、神代帝は死地へと足を踏み入れた―――。


 ここまで読んでいただき、誠にありがとうございます。

 マカロニサラダは皆様の、評価をお待ちしています。

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