⑯圧倒的な絶望
◇
『十八界理』――。
『葬世界師』――。
目前の男は確かに、そう名乗った。
《……んん? さっきから、なに警戒しているのよ、帝? あんなの、昨日のやつに比べたら全然弱そうじゃない。あなたなら、きっと楽勝な筈でしょ?》
このシーアの大いなる誤りを、俺は奥歯を噛み締めながら、訂正する。
《……よく聴いて下さい、シーアさん。基本『十八界理』というのは――レベル五の使い手ばかりを集めた集団です》
《レベル五って――例の核的なアレっ?》
《はい。その中でも『十八界理』は、更にレベルが二つ上だと言って良い。何せ彼等はキロ・クレアブルが、何れ生まれるであろう〝神〟の手足として用意した存在だから》
《……〝神〟の、手足?》
《そう。それ故に、彼等は同クラスの存在を五人、屠っている。同じレベル五の能力者を五人倒すのが、『十八界理』に至る条件なんです。
……わかりますか? 相手が一人なら、能力が伏せられた状態なのでまだ勝算はある。ですが、二人目以降はほぼカードを明かした状態で、彼等は戦わなければならない。そんな条件下で彼等は、自分と同レベルの存在に後四連勝もしなければならないんです。
その困難たるや、恐らく想像を絶する。
彼等はそう言った存在であり、ある意味レベル五さえも超えた――一種の伝説なんですよ》
《……あれ、が? あの男が、伝説……?》
まだ納得がいかないのか、シーアは訝しげな視線をラメルド・ハウンズに向ける。
俺は更に……陰鬱な話を続けた。
《しかも、あれはその中にあって、更に特異な存在です。これは昨夜話した幼児――『七の人柱』が言っていた事なのですが。なんでも『葬世界師』とは無条件でレベル六の力が使えるとか。本来なら脳や臓器を抜かした全ての肉体を放棄しなければ手に出来ないレベル六の力を自在に使えるんです。……それがどれほどバカげた事か、わかりますか?》
しかし、シーアは何も答えない。
俺はただ、淡々と事実だけを口にする。
《ええ。レベル六の力とは今は死に絶えた世界である『死界』さえも能力の範囲に含んだ力。『死界』の過去、現在、未来に加え、七十兆にも及ぶ平行世界の『概念』さえ力に変える能力です》
《し、『死界』、ですって?》
《はい。この世界は、ある目的があって存在しているのだとか。その為、その目的を果たす確率を高める為、数億にも及ぶ平行世界が存在している。この宇宙も、その平行世界の一つに過ぎません。
そして『死界』とは――その目的が達せられず終わりを告げた世界です。
その名の通り今は停止し、動かなくなった七十兆にも及ぶ過去の世界を指します。
故に――その時間軸はまだ未来に達していないこの世界とは違う。未来と言う時間軸をも含んでいて――レベル六とはその未来の力さえ使役できるんですよ。しかも、その能力範囲は全ての『死界』の平行世界をも含んでいるとか。
例えば――Aの世界では開発されなかった力があるとします。でも――Bの世界ではその力は開発されていた。レベル六は、そのAの世界からも、Bの世界からも概念を引き出す事が可能なんです。
それが如何にふざけた事かわかりますか?
ええ、そう。仮に彼の能力が捕食した対象の戦闘力を、自分の物に出来るとします。もしそうなるとあの男は無限とも思える全ての『死界』の過去、現在、未来から力を引き出す事が出来る。
文字通り――無限の力を誇る事が可能なんですよ。
それが――『死界』を味方に出来るという事。私達が今対峙しているのは――そう言った類の存在です》
……正直、吐きそうになりながら、俺はただ男を凝視する。
遭遇してからまだ五分と経っていない、その男の姿を見つめるしかない。
俺が最大限警戒する中、やつは遂に口を開く。
「ああ! その歳であれだけの事が出来るのだ! 未来の君は、更にレベルの高い使い手になっている筈! ならば私がするべき事は一つだろう? 君にはその力を引き出し次第、私の尖兵になってもらう! さしあたっては――鴨鹿町を攻略する為に!」
「やはり、狙いは、鴨鹿町っ!」
あの、『七の人柱』が拠点としている場所。
『十八界理』とも互角に戦える戦力を持つ、この国、唯一の町。
其処を落されたら、確かに俺達は死に絶えるしか、ない。
ならば、どうする?
俺に残された選択肢は、どれだけ残されている?
考え得る限りでは――三つ。
死を賭して、あの男と戦う。
それとも、無駄を承知で逃げ出す。
はたまた、冴木星良の身の安全と引き換えに降伏する。
……それくらいか?
即ち、ほぼ絶望的という事。俺の行為は結局どれを選んでも、マイナスしか生まない。
戦えば、冴木星良を巻き込みかねないだろう。逃げてもそれは同じだ。
なら、降伏する?
だが、結局それも一緒だ。
自分の為に俺がやつに身を差し出せば、きっと冴木星良はその事を一生引きずる。
俺がやつの尖兵となって多くのヒトを傷付ける度に、彼女は自分の存在を呪うだろう。
俺が知る限り、冴木星良とはそういった類のニンゲンだ。
なら――答えは一つしかない。
「ダメだよ」
「え……?」
「四は、絶対ダメ。帝が自殺して、あのヒトの目的を妨げるなんて、私は絶対許さない」
「正直……今のは驚きました。冴木さんが、そんな事まで、お見通しなんて」
「うん。それなら一か八か、逃げてみよう? もしあのヒトがウィザード型の『異端者』なら逃げ切れる事だってあるかもだし」
頬から汗を滲ませつつ、それでも冷静に冴木星良は告げる。
それを見て俺は目を細めてから、息を吐き出す。
しかし、俺が動く前に、やつの方が先にカードを晒してきた。
「ああ! そう言えば、まだ私がどういった存在なのか、教えてなかったね?」
ラメルド・ハウンズは何を思ったか、右腕を天に向かって突き出し掌を広げる。
「は―――っ?」
その瞬間、俺は自分の目だけでなく、己の正気さえ疑う。
それほどまでに、彼が起こした業は、神域に達する物だった。
「そう! 私の〝アード・ワード〟は『支配』! 簡単に言えば、私は『死界』にある物なら――全て支配する事が出来る!」
「なん……ですって?」
だからといって、これは、でたらめだ。
余りに、次元が、違いすぎる。
あろう事かラメルド・ハウンズは、掲げた右手に――太陽を召喚する。
「ばかなッッッ!」
そう――太陽。
中心部――千五百万度。
表面温度、約六千度。
直系百四十万キロ。
地球の約百九倍。
この星から一億五千キロ離れており、光速でも八分二十秒かかる。
太陽系で、唯一核融合を起こしている恒星。
それだけの超質量物体を、彼は片手で扱っていた。
「その為――こんな事も出来る訳だ!」
彼の全容がわからない俺でも、理解できる。
いま彼はあの太陽の力を解放していないだけ。
もし彼がその気になれば、この星はおろか、太陽系さえ消滅するだろう。
これはそれだけの異常性を含んだ光景であり、畏敬するべき偉容だった。
俺にそんなトラウマを与えながら、彼は尚も続ける。
「そして、君は知っているかな? 仮に一兆度の火の玉が直系一メートルにまで圧縮された場合、太陽の四百七十兆倍ものエネルギーを発すると。その理屈が正しく、仮にこれだけのエネルギーを発している物体が圧縮されれば、どうなると思う?」
バカげた事に、彼は太陽を――直系一センチの火の玉に圧縮する。
俺に対して指を突き付け、ソレを人差し指で弾く。
「あッ、うぅ――っ?」
気が付けば、その炎の弾丸は――俺の左の肺を見事に貫通したのだ。
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