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ベーダーマン  作者: マカロニサラダ
14/37

⑭激闘の冴木星良

 星良編も次回からいよいよシリアス編という事で、今回は少し長めです。

     ◇


 俺がそのショックから抜け出したのは、凡そ三秒ほど経ってから。

 俺は些か残酷な事実を、けれどハッキリと口にせざるを得ない。


「……いえ、無理です。不可能。冴木さんの運動神経で町保に入るとか。ニワトリが大空に憧れるみたいな話ですよ?」

「酷いッ? 今のは幾らなんでも、酷すぎるっ? 私、そこまで鈍重じゃないよッ?」

「ですから、鈍い、重いの問題ではなく」


 何だ……? 一体どう言えば諦めてくれる?

 大体、何だってこの女は、急にそんな事を言い始めた?


「んん? 別に急じゃないけど? 私、子供の頃からそう思っていたし」

「………」


 なお悪いわ!

 そんなに深刻な決意だったのか、コレっ?


「まあ、正確には、帝が町保に入るって決まってからなんだけど」

「は……?」

「だって、帝ばかりにあの町守らせるの、悪いし。ここは私も同じ土俵に上がらなきゃ、友達失格、みたいな?」


 冴木星良は、真剣な面持ちで語っている。

 どうやら嘘ではなく、彼女は本気でそんなバカげた事を考えているらしい。


《一寸待って。昨夜も訊いたけど、さっきから飛び交っている町保って何? 帝がそこに所属しているって事は想像がつくけど、具体的には何なの?》

《あー》


 そう言えば、まだ説明していなかったっけ?

 ならばとばかりに、俺はその問いに答えた。


《町保とは、正式には〝町内安全保障局〟と言います。業務はその名称の通り、町内の安全を保持する事。治安を乱しそうな人々を取り締まったり、外敵を迎撃するのが主な仕事ですね》


 すると、シーアは何故かムッとする。


《で、何でそんな危険な真似を、まだ学生の帝がしている訳? あの町の大人達はそう言った考慮も出来ない、バカばかりなの?》

《ず、ずいぶん辛辣ですね? というか、シーアさんが私以外のヒトを悪く言うところ、初めて見ました》

《それは、ね。帝が死ねば、私も死ぬんだし。毒の一つも吐きたくなるわ》

《……成る程。でも、ま、その話はまた追々という事で》


 それより、いま問題なのはコッチだ。


「冴木さん。一度しか言わないので、しっかり聴いて下さい」

「は、い?」


 俺は、冴木星良の進行を遮る。

 彼女の貌を正面から見据えながら、俺は懇願する様に、本音を語り尽くしていた。


「非常に尊大に聞こえるかもしれませんが、冴木さんの考えは思い違いです。私は守るべき物があるから、ああして頑張れる。その守るべき対象が最前線に出てきては、なぜ自分は頑張っているかわからなくなります。つまり――冴木さん達の存在自体が、私の力になってくれているんですよ。

 だから、それがなくなった時点で、私の仕事に対する意欲も激減する。貴女達が傷つく姿を想像しただけで、気持ちが折れそうになるんです。

 なので、その話は無し、という事にしてくれませんか?」

「で、でも、私、は、そういう訳には」

 

 ……何だ?

 冴木星良にしては、珍しい反応をしている様な?


「まだ納得できませんか? なら、試しに私の朝練つき合ってみます? 現実の町保がどれだけ厳しいか実感させてあげる、というのはどうでしょう?」

「それって、ちょっとした試験って事? いいよ! 受けて立とうじゃない!」


 苦笑いする俺に対し、冴木星良は不敵な笑みを漏らす。

 それで、この話は終わった。


 俺と彼女は、永遠に果たされない約束を交わし合う事で、たったそれだけの事で、一応の合意をみせたのだ。


《……というか、普通ああいう修羅場があった後は、気まずくなる筈なのに。それさえないなんて、やっぱただ者じゃないわね、彼女?》

《ですね。……正直言えば、私はもう、彼女に対してはお手上げ状態です》


 これも、惚れた弱みという奴か?

 惚れたと自覚した時点で、俺は既に冴木星良に敗北している?


 そう項垂れながら――俺は今も元気に前進する冴木星良の後を追ったのだ。


     ◇


 で、ここからが漸く本題。

 白波町とは真逆の方角へ二十分ほど歩いた後、俺達三人は其処に辿り着く。

 散々引っ張った挙げ句、余り面白くないオチへと俺達は到達していた。


「……えっと、冴木さん? これは、もしかして?」

「うん。この上なく普通な――保育園だね。今日もお母さん達のお迎えが来るまで、幼児の皆は元気一杯だよ! でも――ただ一つ普通じゃないところもあるんだ。それは、ココが私の知り合いの保育園という事。偶に私が手伝いに来ている、保育園って点だね!」

「ま、まさか、冴木さんは?」


 けれど、皆まで言う前に、冴木星良は俺の背中を押して保育園に入る。

 正に、貌パスと言った感じで。


「あら、星良ちゃん。今日はお友達も一緒?」

「はい。神代帝って言います。ちょっと気取ったところはありますが、基本的には良い子ですから安心して下さい」

「………」


 げ。見ている。

 幼児の皆さんが、白い髪をしたこの珍しいお姉さんをガン見している。


「ほら、皆、集まって。この白髪のお姉さんに注目してちょうだい。見ての通り、今日は新しいお友達を連れてきたのー」

「わー! さすが星良! 良いセンスした友達連れてきたぜ! いい鴨を連れてきたぜ! あの白い髪とか、実に引っ張り甲斐とかありそうじゃねえ?」


 と……たぶん彼等の気持ちを代弁すると、こんな感じになると思う。

 実際はもう自由すぎて、言っている事がよくわからんのだが。

 幼児の皆さんの言葉とかほぼ理解出来ていないのだが、とにかく彼等は俺に群がる。

 尚も笑顔を維持し続ける俺の髪を、本当に引っ張る。

 足に蹴りを入れたり、腹にパンチを入れたり、もうやりたい放題し放題。

 中にはとうぜん男の子も居るのだが、流石の俺も幼児に暴力は振るえない。

 俺は文字通り、彼等の餌食と化す。


「ヒヒヒヒ! 貧弱、惰弱、脆弱! 何だ、このねえちゃん。ただ笑うしか能がねえじゃん! これなら星良の方がよっぽど手応えがあるぜ!」


 ……こうして、俺は一時間ほど無言で彼等の蹂躙劇につきあったのだ。


     ◇


「と言う訳で後一週間はこの保育園で慣らしましょう。その後は小学生にレベルアップして、最終的には大学生まで行くのが理想かなー?」

「……そう。冴木さんは貌が広いんですね? 大学生にまでコネがあるなんて」

「うん。兄さんが今ちょうど大学生をやっているから、そのつき合いでね。で、大体三ヶ月位で全てのミッションをクリヤーしたいんだけど、帝的にはオーケー?」


 思わず……助けを求める様にシーアに視線を向ける。

 だが、彼女は明後日の方角を見て、嗤うだけだった……。


「……わかりました。ここまで来た以上、受けて立ちます」


 誰かが言っていた様な事を、俺も口にする。

 ゲッソリとした面持ちのまま、俺は嘆息する。


「……わー、明日も楽しみだなー☆」


 この時点で、神代帝は、既にぶっ壊れていた☆


     ◇


 それから、帰路につく。

 俺達は生まれ故郷である白波町へ向かい、それなりに人通りのある大通りを行く。

 そんな頃、実に脈略もなく、冴木星良が謎の言葉を発した。


「でも、あの年頃の子を見ているとちょっと思い出しちゃうな。帝は考えたりとかしない? ……十年前の事とか」

「……十年前の事?」


 意味不明と首を傾げると、冴木星良は慌てた様子で手を横に振る。


「いえ、何でもない! 何でもないよ! 気にしないで!」


 そう言われると、逆に余計気になるのだが、ここは彼女の言う通りか。


 神代帝とは本来、他人に余り関わろうとしない類の者。

 男は嫌いで、女子には秘匿すべき事情がある為、深入りしない。

 

 そう言った意味では、性別など関係なく俺は他人を拒絶したニンゲンと言えた。

 俺はただひたすら、孤独な生活を送っていると言える。


 もし、例外があるとすれば、それはただ一つ。


《ムフン! 当然それは、私よね!》

《……そうですね。そういう事にしておきます》


 うん。今日はもう疲れたから、そういう事にしておこう。


「で、私は明日、何時に帝の家に行けばいいの? 朝練とか、超楽しみなんだけど!」


 人と人がすれ違い合う横断歩道で、冴木星良が問う。

 ……つーか、嘘つくなよ。お前、低血圧で朝弱すぎだろ?

 何時もは、八時十五分まで寝ている位だろ(因みにホームルームは八時半から)。

 そのお前がこの自信とか――ちょっとありえねえんだけど?


「そうですね。じゃあ――朝五時に私の家に集合という事で」


 現に俺がそう告げると、冴木星良は心底から震撼する。

「……あ、朝、五時ね? 私にしてみたらそれってまだ深夜なんだけど、オッケー!」

 

 なのに、本当に楽しそうに笑う。

 俺と違い、まるで今の自分に何の疑いも持たない様に、彼女は笑った。


 ああ……それが彼女の、冴木星良の強さなのだといま思い知り、痛感する。

 この時、俺は改めて彼女を憧憬した。


 そう。俺が冴木星良に惹かれた理由は――彼女が自由だから。

 彼女は俺と違い、心身ともに、何者にも繋ぎ止められていない。

 俺が持っていない物を、彼女は沢山持っている。

 俺が欲しいと思っている物を、彼女は当然の様にもう手に入れている。

 

 だから、きっと俺はユメ見てしまったのだろう。

 何時かこういう風に生きられたら、本当の幸せを手に出来るではと。

 彼女と共に人生を歩めたなら、俺は自分の殻を破れるかもしれない。


 でも、それは本当に彼岸の彼方にあるユメで、決して俺の手には届かない。

 いや、余りに遠いユメだからこそ、彼女はこんなにも俺を魅了したのだ。


 冴木星良は本当に――俺にとって日常と非日常を象徴する様な女性だった。

 尊いと言い切れる平穏と、狂わしいまでの切なさを――俺に与えてくれる少女だった。


「な……っ?」

「え?」

 

 そして、ユメの、終わり。

 気が付けば、俺は冴木星良の腕を掴んで、三時の方角へと飛んだのだ―――。



 ここまで読んでいただき、誠にありがとうございます。

 マカロニサラダは皆様の、評価をお待ちしています。

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