⑬ディープな話題その二
◇
で、時刻は四時五分。掃除の時間が終わり、放課後に至る。
屋外では、運動部がパッションと共に今日もグランドを駆け回る。
校内からは吹奏楽部の演奏が聞こえてきて、まだまだ学校は賑やかだ。
こんな喧騒の中、俺とシーアと冴木星良は、共に昇降口に向かう。
自分の下駄箱を開けた瞬間、俺は一瞬眉をひそめていた。
「おお! 相変わらずモテ子ちゃんだね、帝は!」
何の事かと言えば、このばあい答えは決まっていた。
実にベタな事に、俺の下駄箱には手紙らしき物が、三通ほど入っていたのだ。
漫画やアニメではよく見る光景を、俺はこうしてリアルで目撃していた。
しかも月に、平均三回ほども。
「なになに? 二年五組の江川さんに、一年の、これはタカナシって読むのかな?」
「はいはい。ヒトのプライバシーに、土足で踏み入るのは止めて下さい、冴木さん。貴女は私とは別の意味で、空気が読めていません」
俺はさっさと、件の手紙を鞄の中に入れる。
今後、この手紙をどう処理するべきか、頭を悩ませながら。
ま、何時もの様に、お断りの手紙を下駄箱に配布するほかないのだが。
《しかし、アレよね。帝よりよっぽどアグレッシブよね、その子達? あなたもちょっとは、見習った方がいいんじゃない?》
《いえ、この人達はただ、憧れを恋心と勘違いしているだけ。憧憬を、愛情だと思い込んでいるだけでしょう。私とつき合って三日もすれば、彼女達もちゃんとその事に気付く筈です》
《でも、実際につき合う気はないんでしょ? ブー、ブー。相変わらずこういう話になると面白くなくなるわね、帝は》
いや、俺、いつだって真剣に生きているぜ?
ギャグとかとばした事ねえぜ?
つまりはそういう事で、昔日、シーアさんに向けた殺意もマジモンという事だった。
「ね? 言ったでしょう? 私の友達は下級生にも人気があるって。これは、友人としては、実に鼻高々よね!」
「………」
そしてこの女は、ヒトの気も知らないでヌケヌケと。
……偶に、本気で締め殺したくなる。
「で、帝はどうするの? この中の誰かと、つき合う気はある?」
ねえよ!
その会話、シーアとさっきしたばっかだよ!
マジでうるせえなー!
しかしそんな事を言える筈もない俺は、やはり楚々と微笑む。
「いえ。今は勉学に集中したいので、お付き合いとかはちょっと。実に心苦しいのですが明日にでもお断りしようと思っています」
「……あっそ。なんか、つまんないー!」
つーか、お前もか?
お前もシーアと同じ意見なのか?
実は此奴、結構シーアと気が合うんじゃ……?
「ま、良いわ。今はそれより帝をどう玩具にするか――いえ、男性嫌いを直すかが重要だもんね! じゃあ、さっそく行ってみようかー!」
……後、この女、偶にすげえ迂闊だ。
本音がダダ漏れになる時がある。
そうは思いながら嘆息し――俺は冴木星良の後に続いたのだ。
◇
「と、それと前から訊きたかったんだけど、帝って何かズルしてない?」
「ん? ズル、ですか?」
校門を潜り、道路に出た所で、冴木星良は良くわからない事を言う。
俺が素直に首を傾げる中、彼女は真顔で続けた。
「うん。だって私達のステータスって、〝ワード〟を手にした時点で決まるでしょ? そうやって一度に引き出せる、各々の概念の絶対量が決定する訳じゃない?
でもそれって、同じ年代の子なら、それほど大差はない筈なのよ。なのにどう考えても、私と帝の運動能力には差がある。
これってやっぱ、何かおかしいよね?」
《……〝ワード〟?》
俺とは違う意味で、今度はシーアが首を傾げる。
俺は間髪入れず、説明した。
《〝ワード〟というのは、レベル三以降の力の事です。〝ワード〟とはクレアブル語で、日本語にすると『呪』という意味。因みにレベル五以降の力を『界理呪』――もしくは、〝アード・ワード〟と言います》
《……ああ。例の、〈精神昇華〉ってやつ? なら、帝の〝ワード〟というのは、何?》
《いえ。ソレはもちろん、秘密です。自分の能力を口外するのは、余りにリスクが高すぎますから》
俺がきめ細かく解説すると、シーアさんは尚も疑問を投げかけてくる。
《ちょい待ち。じゃあ〝ワード〟を得るとステータスが決まるってどういう事? それじゃあ〝ワード〟さえ得なければ、ステータス、つまり力の制限はつかないって事じゃ?》
《実に鋭いですね。その通りですよ。肉体的限界があるので無限の力とかは無理ですが、〝ワード〟さえ得なければ確かに制限はない。
ですが、〝ワード〟を得ている『異端者』は〝ワード〟を得ていない『異端者』の力を打ち消せる。そう言った不都合がある為――私達が〝ワード〟を得る事は必須なんです》
因みに、精神昇華に重きにおいている『異端者』の肉体的ステータスは低い。
逆に、精神昇華を補助的な力と考えている『異端者』の肉体的ステータスは高くなる。
俺達は、前者をウィザード型と呼び、後者をファイター型と呼んでいる。
「で、私は帝がどっちか知らないけど、明らかにどっちでもある感じじゃない? 昨夜だってファイター型の能力者と互角に渡り合った上、最後は能力で仕留めた様だし」
「……待って下さい。貴女、なんでそんな事を知っているんです?」
半ば呆然とした視線を、冴木星良に向ける。
彼女は平然と言い切った。
「いえ、昨日はちょっと胸騒ぎがして。結界の中に入って見学していた、みたいな?」
だから気が付くと――俺は冴木星良の襟首を掴んでいた。
「バカですか、貴女はッ! ヘタをしたら、殺されていたかもしれないんですよッ? 何を考えているんですか――っ!」
彼女を睨みつけながら、思わず、声を荒げる。
……しまったと自覚した時には、冴木星良は、キョトンとした表情を浮かべていた。
「いえ……すみません。言いすぎました。……でも、楔島の『異端者』は、本当に危険なんです。とても民間人の手におえる相手じゃない。冴木さんはもっと、そういう事を重視するべきです。だから、二度とそんな真似、しないで。今ここで、そう誓ってください」
手を離し、視線を逸らして言うと、彼女は何故か微笑む。
「そうだね。これは私が軽率だった。色んな意味で軽はずみだったよ。帝は優しいって知っている筈なのに、私ってば簡単にばらしちゃうんだもん。一寸、うっかりしすぎていたな」
「……ですから、そういう事ではなく」
「わかったよ、わかりました。二度とそんな真似はしないから――帝は安心して大丈夫だよ」
「………」
本当だろうか?
今の俺相手に、怯えもしないニンゲンが、本当に反省した?
俺としてはその辺り……実に疑問なのだが。
「で、話は戻るんだけど、何で帝ってそんなに強いの? 私もそういうところ、あやかりたいんだけど。理由、教えてもらえないかなー?」
……やっぱ、駄目だ。
この女、全く反省してねー。
「というか、何故です? 何だってそんな事を言い出したんですか、貴女は?」
冴木星良の答えはと言うと、こうだった。
「いえ、だって私のユメって――町保に入って白波町を守る事だから」
「………」
……お蔭で俺は、思いっきり卒倒しそうになっていた。
ここまで読んでいただき、誠にありがとうございます。
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