⑩その同級生、春風の如し?
◇
《って、普通に徒歩通学なのね、帝って?》
場所は、件の学校の通学路。
そこで例の柄に腰かけながら(つーか、マジで剣を一メートルに縮めやがった)、シーアが念波で問い掛けてくる。
俺は、嘆息しながら頷いた。
《はい。共学とか以ての外だし。通学中、電車とかで痴漢されるのも御免ですからね。徒歩通学できる女子高を選んだんです。その為に割と必死に受験勉強して、死にかけましたけど》
《あー、帝って頭悪そうだもんね》
《ええ、お蔭さまで。でも今のが悪口だってこと位は私にもわかりますよ? というかシーアさん、もしかして私は学校だと楚々と振る舞わないといけない事情を逆手にとっています? 普段ならキレてる筈の私の気持ちとかわかっていながら、悪口言っているんですか?》
《うわ、怖っ! その笑顔、怖っ! もうー、帝ったらー、まるでどこぞのテロ対策ユニットの拷問官みたいな笑顔よー?》
《今更、愛嬌をふりまかないで下さい。後、そのテロ対策ユニットの拷問官が笑ったところとか、私見た事がありません》
で、笑顔でこんな微妙な会話を繰り広げていた時――背後から唐突に声をかけられた。
「お早う――帝! 今日も髪の毛、真っ白だね! まるで、帝のギャグ並みに真っ白だね!」
俺は振り返りつつも、曖昧な表情を浮かべ、彼女に答える。
それはもう、ある種の覚悟を以て俺は彼女と接したのだ。
「……ええ、お早うございます、冴木さん。貴女も、朝からお元気そうで何よりです」
声の主は――冴木星良。
黒髪でショートヘアーな彼女は俺の級友で、直ぐ隣の席の生徒だった。
しかも、それだけではない。
《へぇ。この子、人間じゃないわね?》
《何と? シーアさん、そんな事わかるんですか?》
然り。冴木星良は俺と同じ、白波町の出身である。
つまり神代帝同様――『異端者』という事だった。
《ええ。帝達と接している内に、判別がつく様になったみたい。ま、ちょっとしたバージョンアップって奴よ》
……そっか。
ただのアホではなかったのか、シーアさんって。
対して冴木星良はというと、何やら不満そうに口を開く。
「にしても相変わらず冷たいなー、帝は。同じ町に住んでいるんだし。待っていてくれたら、一緒に登校したのに」
「いえ、無理です。冴木さんの低血圧には、つき合ってられません。私まで遅刻してしまうじゃないですか」
「なんですとッ? 今ここにこうしている私を、何だと思っているのよ、君はっ?」
確かに――彼女の言う通りだ。
基本、冴木星良は時間ギリギリで待ち合わせ場所にやってくるが遅刻自体はした事はない。
小さい頃は、しょっちゅう遅刻しまくっていたというのに。
一体、どんな心境の変化があったというのか?
「そう言えば、今日は遅刻ギリギリではありませんね? 珍しい事もある物です。地球が消し飛ばねばいいのですが」
いや。実はこの後、消し飛んだりするのだが。
「私はテイアか何か? 花の女子高生と原始惑星を、同列扱いされても困るなー」
「……また、わかるヒトしかわからない例えを」
原始惑星テイアとは、凡そ四十六億年前、地球に衝突したとされる火星規模の星だとか。
その時の破片が集まって、月になったという話である。
本当かどうかは知らないが。
「でも、伝説に語られる程の存在になる、と言うのは悪い気がしないかなー。私の夢、アメリカを征服する事だから!」
……黒髪をなびかせ、満面の笑顔で言い切る。
マジか?
そんな事を考えていたのか、この女?
「後――エルサレムも奪還したい!」
「………」
どこの誰からだよッ?
幾ら家がそう言った稼業だからって、言って良い事と悪い事があるぞ!
「はいはい。相変わらず冴木さんは器が大きくて結構ですね。私達とは思考レベルからして、違う気がします。どれだけビッグなんですか?」
「フフフ。伊達に小学校の読書感想文の題材を、某機動戦士の小説にし、先生にメッチャ怒られた私ではないわ!」
「なんでそんな黒歴史を、誇らし気にッ?」
「いえ。私の辞書に――〝後悔〟という文字は無いから!」
「偶には後悔して下さいっ? 私なんて、一日十回は後悔しているのだから!」
が、冴木星良は怪訝な貌を見せてくる。
「んん? ソレは嘘だよね? 帝って、基本的に後悔とかしない主義じゃない? している様に見せかけているだけで、実は胸の内では笑ってすませる類のヒトでしょ?」
「………」
いや、それは俺の本質を見誤っている。
基本、俺は小心者だ。
常に目を凝らし、見える筈のない後悔という物を幻視して、生活しているのだから。
例えば、今、この時の様に。
「というか、今更だけど帝って胡散臭いよねー。実は猫被っているんでしょ? 本当はもっとこう、ビジネスマンから大統領になった例の人みたいな感じじゃない?」
「私は断じてそう言った人では、ありませんよッ? 冴木さんは、余りにヒトを見る目が無さすぎです!」
本心からツッコミだったのだが、彼女はただ快活な笑い声を上げただけだ。
「アハハハ。占い師だけにはなれないかな、私? この星の支配者にはなれても!」
「……貴女が地球の支配者になるなら、私は太陽に引っ越します」
てか、陥落させたいのはアメリカだったんじゃないのか?
後、エルサレム。
「相変わらずツレないなー、帝は。やっぱニンゲン、殺されかけないとその本質は露わにならないか。やっぱ兄さんに頼んで〝あの計画〟を遂行するしかないかな?」
「――何を企んでいるんです、貴女ッ? 私をどんな目に合わせる気なんですかっ?」
「それはこうご期待って奴だね! じゃあそういう事だから、また教室でー」
……春の嵐の様に、冴木星良は小走りで去って行く。
その間に俺は私立晴嵐女学園の校門を潜り、漸く一息ついていた。
◇
で、コレは、昇降口で靴から上履きにはき替えている時の会話。
《……というか、驚いた。あの帝を防戦一方に追いやるなんて。一体何者なのよ、あの冴木って子?》
《いえ、別に何者でもないのですが? 彼女は単に、白波町の民間人です。ただ、実家が教会で、だから少し浮世離れした雰囲気は持っていますね》
《家が教会を? 確かにそれは珍しい》
《はい。ついでに言えば、私達はこの国の人々以上に神なる物を信じていません。何か、本能的にそう言った存在がいない事を嗅ぎ取っているんですよ。そう言った意味では確かに、冴木星良はちょっと特別なのかも》
俺が説明すと、何故かシーアはしたり顔を浮かべ、こう断言した。
《フーン。特別、ね。というか、ズバリ言って帝――あの子に気があるでしょ?》
《は……? つッ?》
不注意にも、俺は強かに柱へ顔面を打ち付ける。
幸いだったのはその様を、誰にも見られなかった事だろう。
いや、ソレ以上の不幸が俺の身に降りかかりつつあった。
《……な、なにを言っているんですか、あなたは……?》
鼻っ柱を押さえながら、俺は振り返る。
シーアは素知らぬ顔で言い切った。
《やっぱり、か。帝って偶にわっかりやすいわよねー。何が女の躰には興味が無いよ。このむっつりド変態》
《……だから、何を根拠に、そんな事を?》
目を細めながら問い質すと、彼女は平然と言ってのけた。
《だって帝、あの子だけほかのヒトと接する態度が違うじゃない。周防ってヒト達には礼儀正しかったのに冴木って子に対しては素のアナタに近かった。これって結構大きな差でしょ?》
……こいつ、ポンコツの割に、偶に目ざとくなるよな。
そうは思いつつも、俺は無視を決め込む事にする。
《今この場で、その話を議論するのは時間の無駄ですね。なので、ノーコメントとさせてもらいます》
依然、シーアは何か言っている様だったが、有言通りソレはスルー。
俺は、ニガニガしい心境のまま二年二組の教室に入る。
「御機嫌よう、皆さん」
笑顔でそう挨拶した後、一番後ろにある自分の席に座る。
見れば冴木星良はチョークの補充をやっていて、成る程、彼女は今日日直の様だ。
そう仕事に従事する彼女に一度だけ視線を向けてから、内心で溜息をつく。
それから、俺は目を細めた。
《……本当。彼女の存在自体が、私の後悔その物ですよ》
《は、い?》
シーアにも聞き取れない速度でそう思考し――俺は朝のホームルームに備えたのだ。
ここまで読んでいただき、誠にありがとうございます。
やっと冴木星良が出てきました。
全てはこれから、という事で。
マカロニサラダは皆様の、評価をお待ちしています。




