①序章と謎の少女。
本作は、ヴェルパス・サーガという大きな括りの一つです。
ヴェルパス・サーガ第一弾を、どうぞお楽しみください。
序章
そして、その日――俺は死んだ。
なんと言うか、もうこれでもかっていうくらい死んでいた。
これで生きていたら、ニンゲンじゃねえよって位の勢いで死んでいた。
何せ、こう背中から腹にかけて、バカでかいナニカが突き刺さっている訳だし。
お蔭で俺は路上ながらうつぶせに倒れ、周囲の人々から奇異の目で見られた。
「は……?」
奇異の……見られる?
年端もいかない女子高生が、ナニカで躰を貫通されているというのに?
串刺しにされた俺を、周囲の人々は心配もせず、変人を見る様に眺めていると?
そんな――バカな。
幾ら平成の人は昭和の人に比べドライとはいえ、それは無い。
せめて早急に救急車とか呼んでももらっても、罰は当たらないだろう。
俺としては、そんな感じでしかない。
「……えっと。君、大丈夫?」
そこで漸くサラリーマンと思しき男性こと――山田太郎(仮名)が声をかけてくる。
俺は、最後の力をふりしぼって貌を上げた。
「いえ、駄目です。私は多分、死ぬでしょう。だから、コレは遺言だと思って聞いて下さい。姉さん。あんただけは例え死のうが――絶対に私がブッ殺す。私の両親にそう伝えて下さい。私がこう言っていたと伝えれば、多分、納得してくれるので。
ああ、後、私の両親は共働きで月に二日ほどしか帰って来ないからご注意を。かなりの放任主義者なんですよ、私の親って。
ええ。それなのに反抗期の時は――家の柱に『私、降臨!』って落書きした程度で済んだんだから、凄いと思いません?」
そこまで早口で言い終わると、何故か山田太郎(仮名)は怪訝な瞳を俺に向けた。
「……いや、君、そんなに流暢に喋れるなら、何の問題も無いと思うけど?」
「………」
言われてみれば、そうだ。
俺は今、確実に死にかけている筈なのに、なぜこうも元気ハツラツなのか?
逆に、腹にエナジーが漲っているのは何故だろう?
そう考えていた時、件の山田太郎(仮名)が、俺の肩に手を乗せる。
瞬間、俺の意識は更に覚醒し――超人的パワーに目覚めた。
「ぎゃああああああああああああぁぁぁぁ~~~~~~~!」
同時に、我ながらわかりやすくも、トラウマが再燃する。
ただ異性に触られただけで、俺は〝アノ時〟の記憶を思い出し、迅速に立ち上がる。
そのまま脱兎の様な勢いで、後退した。
「あの。オジサン……今、凄く傷ついたんだけど……?」
見れば、十メートルは離れた場所に、例のサラリーマンが立っていた。
彼は自分で言っている様に、酷く哀しみに満ちた表情で俺を見ている。
きっと女子高生に、首が無いゴキブリみたいな扱いを受けたのが良くなかったのかも。
少なくとも、俺はそう納得した。
「いえ、安心して下さい。私、〝アアされた時〟は、誰にだってこういう態度をとるので。寧ろ石を握って頭部を殴打されなかった分、得したと思ってもらえれば幸いです」
常の様に上品な仕草と微笑みで、断言する。
これが効いたのかは不明だが、山田太郎(仮名)は曖昧な笑顔を浮かべた。
「……うん、わかった。じゃあ、オジサン、帰るね」
件の親切なサラリーマンが去っていく。
今どきにしては善良な人だったと感心しつつ、俺は自分の姿を顧みる。
〝いや、それ以前にお礼の一つも言えや〟という謎の幻聴を聞きながら、俺はソレを無視。
ただ件の作業に埋没する。
「えっと、スカート、オーケー。セーラー服、オーケー。髪も乱れてないし、お肌も艶々」
問題があるとすれば服についた土と、後もう一つ。
「………」
小首を傾げながら、俺は近くにあったパン屋の窓に己の全身を映す。
やっぱり、刺さっていた。俺の背中には巨大なナニカが、貫通している。
その光景を見ながら、二、三度まばたきしつつ、もう一度首を傾げた。
「……ああ。やっぱ私、死んでいます」
そう。
俺こと――神代帝は、自分の最期をもう一度自覚する。
縦二十センチ、横三メートルはある巨大な剣に串刺しにされた、自分の姿を確認したから。
1
では、ここで話を纏めてみよう。
アレは、つい五分ほど前の事だ。俺は何時も通り、帰宅部らしくさっさと下校した。
その途中、財布を漁っていると、一円玉が地面に落ちてしまった。
それを拾うためしゃがみこんだ途端――背中から腹にかけて途轍もない衝撃を受けたのだ。
お蔭で俺の躰は地面に叩きつけられ、前述の通り、腹這いに倒れる事になった。
「……というか、何? このメカぽさ? 超科学? これは、超科学の産物なの……?」
窓ガラスに映った自分の姿を見ながら、疑問符を並べる。
俺の躰を貫いている巨大な黒い剣を、ただ観察する。
刃の長さが二メートル程もある、規格外の長刀を無様に見つめ続けた。
だって、ほら、柄(?)の部分が何故か回転しているし。
こう柄(?)に取り付けられた二つのリングが、それぞれ逆回転でグルグルゆっくり回っているのだ。
イメージ的には変則的ドリルみたいな感じ?
更にヘンなのは、誰もその事に気付いていない点である。
今正にヴラド三世に処刑されたポイ俺の有様を、誰一人不思議に思っていない事だろう。
つまり――考えられる可能性は、二つ。
一、俺の頭がおかしくなった。
二、それともコレは〝俺達〟にしか見えない。
単純に考えれば、そのどちらかでしかない。
「ま……良いでしょう。このまま帰れば、どちらなのかは直ぐにわかります」
そう納得して、俺はこの場を後にした。
時にして――五月十日の事である。
で。二十分ほどかけ、俺は自分の町に帰還する。
いや、ここは格好よく〝生還〟と表現したいところだが、問題はそこではなかった。
「あら、帝ちゃん、お帰りなさい。今日も早いのね。運動神経良いんだから、部活でも入ればいいのに。オホホホ」
「ええ。ただいま、佐藤さん。でも私、一応、例の集団の候補生だから……」
「あら、そうだったわね。何時もお勤めご苦労様。オホホホホ」
会話は、それで終わった。
どうもこの町のニンゲンでさえ、俺の異変には気付いていない様だ。
だとすれば、一で確定か? 常日頃から多大なストレス下にある俺の頭、遂に狂った?
でも……何で急に?
確かに、俺の学校生活はかなりの緊張状態にある。
少しでもヘマを踏めば、その時点で俺は社会的に抹殺されるだろう。
こう、俺の事は誰も知らないブラジル辺りで、再起する必要に迫られる。
けどニンゲンとは不思議な生き物で、時間さえかければそういう環境でさえ慣れてしまう物なのだ。
お蔭で高校に入学してから一年ほど経った今では、ほぼ問題は無い。
懸念があるとすれば、偶に円形脱毛症を患う位だ。
「……なのに、今になって、何故?」
問題は、コレは他人に相談できる類の話ではない、という事。
俺にしか見えない物が見えているという事は、そういう事だろう。
こう、霊感が強いヒトが、幽霊が見えると主張するのと同じだ。どう足掻こうが、見えている事を第三者に証明できない以上、結果は決まっている。何と説明しようと、俺の頭が疑われるだけに違いない。
なら、答えは一つだ。
「ですね。もう気にするのは止めにしましょう。私は何も見ていません。見ていませんよ」
誰に聞かれるかわからないので、〝余所行き口調〟で独りごちる。
上品にひたすら美しく、俺は自分に言いきかせた。
と、その時、俺の直ぐ横を、仲が良さそうな姉弟が通り過ぎる。
〝俺達にもそんな時代があったなー〟と地面に唾を吐きそうになりながら、俺は我が家のドアを開けていた。
それから、俺は思いっきり脱力する。
「はぁーあ。今日もお疲れ、っと」
二階にある自室に戻ってきた俺はベッドに腰掛け、一息つく。
肺に溜まった酸素を吐き出し、ついでにゲロも吐きそうになってベッドに横たわる。
面白おかしいのは、例の大剣(?)が全く邪魔にならない点。
やはりこれは霊的なナニカなのか、壁や床に触れてもその部分は透過してしまう。
今もベッドをすり抜け、多分、一階の天井辺りに柄(?)の部分が飛び出ている。
気にしないと決意した物の、正直、この状態はやはりヘドが出そうだ。
更に、俺は自ら追い討ちをかける様に、近くにあった手鏡を手に取る。
「……うっわ。何時もの事だけど、何、この美人?」
其処に映った自分の姿を見て、俺はそんな自惚れを口にした。
でも、事実だ。
現実にはほぼ居ないと断言できる、白い長髪は我ながら美しい。
瞳の色は氷の様なアイスブルーで、やたら目力がある。
髪に相克するほど白い肌は、間違いなく女性の物で、何の言い訳もできない。
その整いすぎた貌立は、美貌の中にあって尚、美貌と言えるだろう。
女子ばかり集まる女子高に通っている俺が言うのだから、間違いない。
実際、俺は今まで自分以上の美人という物を、見た事がなかった。
あの姉でさえ、俺の足元にも及ばないと断言できる程に。
「……あー。元はと言えば、それが全ての発端、か」
手鏡を元あった場所に戻して、俺は天井を眺める。
もう貌も思い出せなくなった姉の事を考え、またゲロを吐きそうになる。
その時――俺はついにソノ光景を目撃した。
「は……?」
ソレは、余りにバカげた話だ。常軌を逸していると言って良い。
いや、俺も今まで、真っ当な世界で生きてきたとは言えない。
けど、その俺でさえこの異常は、とても容認できる物ではなかった。
その理由は、一つ。
「……はぁ。漸く物質化完了か。全くこのポンコツは私の性能に追いついていないのだから、始末が悪い――」
俺の直ぐ目の前には、ツリ目で金色の髪をした、見知らぬ少女が立っていたから。
しかも、全裸で。
ここまで読んでいただき、誠にありがとうございました。
マカロニサラダは皆様の、評価をお待ちしています。