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日蝕の日  作者: 川霧 悠
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第八話 若宮庵の日常、雑魚というもの

 もうすっかり日も落ちた空を見ながら窓によりかかる。電車特有の振動が頭に伝わってくるが構わない。


 普通の妖魔かと思えばまさか鬼だったとは、おかげでこんなに日も暮れてしまった。その分実入りも良かったことが幸いだろうか。


 鬼なんて妖祓師の天敵のようなものではないだろうか。反応は普通の妖魔と変わらない上に知能まで備わっていると来た。好戦的な脳筋もいれば、とにかくうざったるい者まで。どうしてあそこまで姿が似通っているのにそこまでの差が出るのやら。


 今回戦ったのはとにかく狡猾だったのでとにかく面倒くさかった。実入りがよかったとは言ったが、これなら大型妖魔を五体程狩る方が効率も良かったような気さえしてくるな。


札も半数以上を使ってしまった。これは帰宅したらしばらく作業だろう。


 ……やはり作業への怒りは唯の奴にぶつけるのに限るな。三日前などは人払いの効力が弱かったせいで綾斗が紛れ込んだとか。


それにしても綾斗が覚醒したのか。俺としては何となく察していたがあの女の驚き様ときたら。普段の猫かぶりはどこに行ったのやら。ああ、思い出すだけで清々する。


『――次は、高陽。高陽です。お降りのお客様は……』


「もうそんなところか」


 早いものだな。昔はここまで来るのに丸一日はかかったのだろうか。


 空気の抜けるような音とともに扉があく。それと同時に爆音が耳に飛び込んできた。


 周りの人は誰もその音に気付いた様子はない。となると、答えは一つだろう。


「全く、どこの馬鹿なんだ?こんな夜中に人避けも張らずに戦うなんて」


 実際には夜中でもなんでもないのだが、それは一先ずおいておこう。


 降りる気は微塵もなかったが、気が変わった。せめて人避けでも張ってくれれば騒音もなかっただろうが。


 重い腰を上げ、閉まろうとする扉を擦り抜ける。


 駅から出ると、ある方向の空が赤く染まっていた。


「そっちか」


 別に特段急ぐわけでもなかったが、少し早歩きになっていた。気になるのだし仕方のないことか。


 騒音が聞こえてくるほどなのだし近いのだろうとは思っていたが、まさか駅からわずか五分の所でやっているとは思わなかった。とりあえず神力を放出し、人払いを張っておく。わざわざこんなところでやりあう奴の顔を拝んでみたいものだ。


 そう思って覗いた顔には、数秒後驚愕の色が浮かぶこととなった。


「……綾斗か?あそこにいるのも気になるが……」


 訂正。ほんの少しの驚愕の色が浮かぶこととなった。


 視界に映っていたのは紛れもない学友であり親友の綾斗だった。炎が晴れた後に見えた綾斗だったが、どうやらピンチのようだった。


「全く。何の力もない一般人が小さめとはいえ普通大型妖魔なんかに立ち向かうか?」


 この妖魔は特に能力は持っていないか。そう分析していたところで綾斗が吹き飛ばされていった。人間とはあんなにきれいな吹き飛ばされ方をするものなのだな。


 っといけないいけない。あれはもう無理だな。あっちの神獣の少女も神力切れか。これは助けがいりそうか。札も無駄遣いはしたくないのだがな。


「〈守れ〉」


 綾斗の方へ駆け寄り、一枚の札を肩から斜めに掛けているバッグから取り出すと、神力を込めてそう唱えた。


 半透明の膜が俺と綾斗を妖魔の攻撃から守る。


 こんな姿を見ることが出来たことは喜ばしいことだが、生憎とそんなことを考えてもいい状況でもなさそうだ。


「いやはや、電車まで騒音が響いてきたので来てみたら。まさか親友がこんなに情けないことになっているとはな。まあ、間に合って何よりというべきか?綾斗」


 それでも少し愉悦が混じってしまったか?


 綾斗はもっと早くなどと言っていたが直ぐに気絶した。やはり相当無理をしていたようだ。


「まあ任しておけ」


 俺はそう言うと、バッグからさらに四枚ほど札を出した。これ程度だと二枚でも行けそうなのだがな。いかんせん少し気分が優れないせいか多めに使ってしまいそうな気がする。


 妖魔がいら立っているのか咆哮を上げる。


 もう一度攻撃をしようと足を振り上げているが、俺はもうそこにはいない。


「少し静かにしろ。近所迷惑だ」


 別に近所はどうでもいいのだが。親友が危険な状態となれば俺の方もいら立ってしまうというものだ。


 手に持った札の一枚を奴の背中に貼り付ける。


「〈痺れろ〉」


 とたん札からは淡い光が生まれ、先ほどまでの動きが停まる。妖魔は少し戸惑っているようだが、これがお似合いだ。


「少しは静かになったんじゃないか?…………おっと」


 どうやら角は動かせるようだ。まあ角に神経は通っていないだろうから当然か。


 ではまず手始めに。


「〈切れろ〉」


 角を避けながら額へと迫り、そこへ札を貼り、唱える。妖魔の角が切り落とされ、先ほどまでの嵐が止む。


「おっと……〈燃えろ〉」


 角が再生する前に燃やしつくす。たいてい燃やせば再生は止まるものなのだが、例にもれずこいつもそうだったようだ。


「やけに無様じゃないか。先ほどまではあれほど威勢が良かったというのに」


 まあいつまでもこうしていて麻痺が取れたりしたら面倒くさい。さっさと終わらせるとするか。


 首に札を貼り、唱える。


「〈切れろ〉」


 妖魔の首が宙を舞い、切断面からは妖気が血のように噴き出す。やがて地面にその巨躯が伏すと、体が一瞬にして光の粒子に代わる。その中唯一残った妖魔の核石に、それらは吸い込まれるようにして消えていった。


「……討伐完了」


 やはり味気なかったな。今思えば五枚も使うべきではなかったか。


 先ほどの神獣の少女を見やると、狐の姿になり意識を失っていた。神力をあそこまで使い果たすとなるとそうもなるだろう。


「どうするべきか……。そういえば綾斗の家はこの近くか。なら……」


 おもむろにバッグから携帯を取り出すと、綾斗の家に電話をかける。


『はい、神陵です』


 電話に出たその声は少し焦りが含まれているように感じた。まあそれも無理はないか。


「義仁さん、俺だ」


『ああ、庵君か。綾斗がどこにいるのかは知らないか?さっきから電話をかけていたんだが……紅華ちゃんも帰ってこないし。もし知ってたら―』


「あ、そのことならここで伸されているのだが……。大型妖魔に遊ばれてたみたいで綾斗の方は全身あざだらけ、その紅華ちゃん?の方は神力を使い果たしている。幸い骨折まではいっていないが……迎えに来てくれるか?」


『大型妖魔に⁉綾斗たちは無事なんだな?』


「だからそう言っている」


『そ、そうだったな。それで庵君が助けてくれたのか。ありがとう』


「まあそれ程強くもない相手だったのでな。出来れば急いでくれ」


『ああ、勿論だ』


 それから直ぐに車で義仁さんが来た。いつも通りの和服だ。毎度毎度暑くはないのだろうか。綾斗は何一つ疑問は抱いていないようだが……。


 義仁さんは感謝をいろいろと述べたあと、また家に遊びに来てくれと言って帰っていった。車に乗っていくかも聞かれたが、それは断っておいた。


 もうすっかり暗くなった空の下、来た道を戻るように帰途についた。


「はあ、また札を作らないといけないのか……」


 そんな愚痴を溢しながら。

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