第五話 文化祭の出し物、デートはいらない
「それで、あの子が?」
「そう、昼休みにちょっと見たときなんかはもみくちゃにされてたよ」
「うわ、変態」
「どうしてそうなる⁉」
昼下がりの部室で、いつも通りに将棋を指す二つの影があった。あんなことがあって普通に接することが出来るのかと心配にもなったが、蓋を開けてみれば何も変わらなかった。
「それにしてもシュールね。あんなに目立つものがあるのにみんな見えていないだなんて」
「そうだよなぁ、しかもあれ実体もないみたいだからカバン突き抜けてるし」
友達もできているようで少し安心する。
一昨日書いていた書類は転入手続きのためのものだったようで、昨日から紅華はこの日向丘高校の一年生として生活している。
「それで、庵はどこに行ったんだ?」
「ああ、あいつね。授業が終わったらすぐに帰っていったわ。妖魔がどうとか言ってたから多分討伐なんでしょうけど……いっそ百円とかだったらいいのに」
「庵も……妖祓師だったんだな」
やはりよく知っていたはずの人のことを何も知らなかったのだと思うと、どこか寂しかったり悲しかったり、悔しかったりする。
「まあね。妖祓師になれる人間なんて百人に一人くらいはいるのだからいるところにはいるものよ。とはいってもこの地域には十人くらいよ」
「そうなのか?てっきりもっといるものかと」
「そうよ。たくさんの人間にほいほい力を与えていても神様がもたないじゃない。それに妖魔もそんなにいるわけでもないしね」
そりゃそうだろうな。そんなことを思いながら自販機にあったココアを飲む。
「こんな時期によく飲めるわね、そんなに温かいのを」
「仕方ないだろ、おいしいんだから」
七月も中旬のこの時期は、ちょうど梅雨が明けて本格的に夏の暑さがやってくる時期だ。現に今の気温は三十五度で、この部屋にチョコレートがあれば溶けていくだろう。
「ええっと……何の話をしてたんだっけ」
「綾斗の変態度についてよ」
「ああ、そうだった……わけがないだろ‼」
危うく流れに騙されそうになった。今日は庵のいない分が少し回ってきていることをひしひしと感じる。
「それで、文化祭の出し物をどうするか、だったわね」
「ああ、そうだったね……」
最初からそう言ってくれと切実に思いながらそう返す。
「前回みたいに将棋をやってみよー!みたいなので良いと思うのだけど」
「それで滑った結果が今じゃないか……」
前回それでいった結果、今年度の新入部員数は零人だ。因みに今年度の部員数は五人。そのうち三年生が二人、二年生が僕たち三人だ。つまり、今年中に部員を一人は増やさないと来年度までに将棋部は潰れる。
というわけで、今年の文化祭に将棋部の命運がかけられているのだ。
「とは言っても……将棋関係で出来ることもあまりないわよね。……いっそ運動部みたいに縁日みたいなことをするっていうのもありよね」
「そうだなぁ。他の部活はこんなことをしてるみたいだけど」
そう言って唯に学校のサイトを開いたスマホを見せる。
「へえ、お化け屋敷にたこ焼きねえ。たこ焼きって形が崩れるんじゃないのかしら」
「ああ、野球部のか。小束が夏休みに週一回野球部でたこ焼きパーティ開くて言ってたぞ」
「材料費が凄いことになりそうね」
と、唯がスマホの画面を少し驚いたような顔をする。
「どうかした?」
「これってどういうことかしら」
「どれ?」
その視線の先には学校主催企画のコーナーと書かれてるものがあった。
「ああ、今年から学校主催の部対抗の出し物大会をするんだってさ。審査は生徒と外部の客で二日目の最後に結果発表。……って先週先生が言ってなかったか?」
「聞いてなかったわ。それで、これに参加したらいいんじゃないかしら。優勝すれば入りたがる人も一人は出てくるでしょう」
聞いていなかったことに悪びれるようすもなかったが、それよりもとんでもないことを聞いてしまった気がする。
「これってダンス部とかも出るし……まず歌って踊ったり出来るの?」
「……無理ね。まあひねくれ野郎に丸投げしてたらいいのよこういうのは」
「まあそうなるよな……」
庵には少し悪い気もしなくはないが、背に腹は代えられない。というか庵は昔からこういうのを考えるのは得意だったはずなので何も問題はないだろう。
「今日も先に帰るわね」
いつの間にか持ち物をカバンにしまっていた唯はそう言うと立ち上がり、部室を出ていこうと扉に手をかけたところで立ち止まった。
「そうだ、週末空いているかしら」
「まあ何もないけど。どうして?」
「週末一緒に買い物でもどうかと思って。別に嫌ならいいのだけれど」
「それって……」
心臓の鼓動が激しくなり、少し体温が上がる……わけもなく、僕は極めて冷静に質問を返す。
「で、何が目的なんだ?」
「来るときはその稲葉さんとやらも連れてきてね」
僕の質問は無視して唯は今度こそは帰っていった。
まあ十中八九紅華と話をしたいだけだろう。その時は紅華がどうかにもよるな。そんなことを考えながら僕も無人になった部室を後にした。