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日蝕の日  作者: 川霧 悠
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第一話 全ての始まり、もしくは続き

 それは夜と見誤るほどの大雨の日のことだった。


 伏している少女に、その横で崩れ落ちている少女。そして、何かを泣きながら叫んでいる僕がいた。


紅く染まった水たまりが広がり、雨脚は一層強まっていく。


血が止まらないからと、どれだけ手で押さえようとも意味はなかった。


誰でもいいから助けてくれと、どれだけ願おうともそんなものは来ない。


背後で起こった物音に振り向くと、先ほどまで必死に尻尾を巻いて逃げ出していた相手だった。不思議と、恐怖はなかった。それは、恐怖よりも大きな感情があったから。


僕は何かを叫んでいた。それがいくら雨音にかき消されようとも関係なかった。


大きな感情を伴う言葉は、等しく大きな力を持つ。


そこからのことは覚えていない。いや、そう言ってしまうと語弊がある。


そこまでのことは覚えていない。


だから、これはもう失った記憶。


一つ言えることは、これが僕に大きな傷跡として残ったということ。




僕は奇跡を、神を信じない。








「やっと着いた……」


 登り始めて一刻は経っただろうか。この炎天下での登山はかなりきついものがある。事実今僕の額には大粒の汗が貼り付いている。


乾ききって少し鉄のような味がする喉を、温くなった生茶が癒していく。


取りあえず適当な椅子を探し、そこに座る。


眼下の景色を見て、だいぶ変わったなと思う。十年前の大震災でこの街は一面瓦礫だらけになったという。写真で見たりしたその光景は、一昔前という印象を受けたりした。ここから見える景色が瓦礫まみれ、か。かなりひどい光景だろうな。


「ちょっと散策するか」


 何もすることなく変えるのは少し嫌だったので、徐に立ち上がると鳥居の方へ入っていった。


 ここには年に五回は訪れているだろう。別に特段珍しい理由があるわけではない。ただ、父さんがこの神社の神主を務めていたというだけだ。そのまま順当にいけば僕が神主になっていたかもしれないが、そうはならなかったことが幸いだ。誰が好き好んで自分の信じていないものを崇めるだろうか。


 その時、それまで明るかった空が、少し暗くなっているのに気が付いた。夕立だろうか。


 僕は雨催いの空を一瞥した後、そのまま帰ることにした。待っていて夜になるとたまったものではない。そして荷物を持ち、走り出そうとしたとき、視界の端で何かが動いた。ただ、顔を動かしてもそれらしきものは何もなかった。


 何だったのだろうと、僕が近づいてみるとそこには一匹の狐がいた。その瞬感体はどうすればよいのかを理解した。


 バッグの中からスポーツタオルを取り出すと、傷口の周りに巻き付ける。いつのことだったか、何故かこういったことを想定して対処法を覚えていた。本当に動機は不明だったが、役に立つとは思っていなかった。


 確かここの麓に動物病院があったはずだ。


 狐を抱えて立ち上がろうとすると、肌を冷たい感覚が走った。空を見上げると天候はかなり悪化していた。急がなければ。


「ごめんね、早く助けるから」


 狐に言っても通じないとは思うが、それでも声をかけずにはいられなかった。ただ、少し安どの念が狐から送られてきた……ような気がした。


「急がないと」


 走り始めてから数分と経たずに雨は本降りとなっていた。地面を踏みしめるたびに泥が飛び散る。出来るだけ安全に、早く降りていった結果、麓までは三十分ほどで着いた。


 動物病院についたときには、受付の人から本気で心配されてしまった。


 そこから出た時には、もう雲の端から夕陽の光が差し込んできていた。

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