表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マンドリニストの群れ  作者: 湯煮損
第12章「初めての県大会」
94/357

第82話「郷園の音、剛田旋の音」

 「全体を通してとてもよく考えられた演奏ですが...」

県大会の会場ではある学校が演奏を終え、審査員による講評が行われている最中であった。演奏を終えた生徒たちは舞台の前方に一列に並び、緊張した面持ちで講評を聞く。その間、後ろでは次の学校の演奏に備えて椅子が並び替えられる。


 客席で見ていた奏太達は講評が行われている間も後ろの準備に釘付けであった。というのも...


ー 次はいよいよあいつらか...“厚い演奏”ってやつを是非とも見てやろうじゃねえか...


そう、次に演奏をするのは剛田旋たち、郷園中学高等学校だからだ。奏太達だけでなく、他のお客さんも皆そわそわとしながら彼らの出てくるのを待っていた。


 そして、

「プログラム、12番...」

アナウンスが始まると共に郷園のメンバー達が入場してきた。プログラム12番、今回のコンクールで最後の演奏である。高校3年生が引退し、中学1年生が参加したため、若干メンバーは変化しているが、人数は定演や全国大会で見た時と同じくらいに見えた。


「! セン...」

奏太は全体を見てから、最前列のコンマスの横に座っていた剛田旋に気づいた。彼は周りの音に合わせてチューニングし、さらっと確認してから落ち着いた様子で指揮者の顔を眺めていた。彼の手で輝くマンドリンを見ながら、奏太は静かに眉をひそめた。


 引き続きアナウンスが流れる。

「私立郷園中学高等学校。曲はラウダス作曲、“ギリシャ狂詩曲”です。」

指揮者の生徒は緊張したような様子で全員の表情を確認すると、大きく指揮棒を振り上げ、演奏を始めた。


 演奏は驚くほど迫力があった。最初の1音目から全員の意識がピッタリと合った説得力のあるフォルテシモで聴衆の心を一気につかむ。合奏でありながらも、“狂詩曲”という形式をよく理解した自由な表現はもちろん、全員の個性をしっかりとまとめあげる指揮者の手腕には舌を巻く。人数が多くとも、コンマ1秒のズレもなくピッタリと音を合わせて合奏ができる遺伝子は代替わりをしようとも健在であった。旋ひとりに限らず、演奏者全員の個人の実力も申し分なく、惹き込まれる音で演奏を組み立てている。さすがは中高一貫校、技術レベルの高さに定評があるだけのことはあった。

 

 これだけの人数が全くのズレなしに一つの演奏を作り上げているという事実に、奏太は唖然とした。

ーくそ、やっぱり上手いな...これが、センの言ってた“全員が全体に貢献する厚い演奏”...


 奏太の横で演奏を聞いている糸成も冷静に分析をしながら演奏に集中していた。

ーなるほど、すごいな、これがコンクールの演奏...悔しいが確かに俺たちの演奏の数段上を行っている...



 突然、曲の緊張感を保ったまま音が途絶えた。


ーなんだ?


客席に緊張が走る。指揮者が指揮棒を振り上げると、低音楽器の不穏なロングトーンの和音が静かな風のように流れ、そして、マンドリンのはっきりとした音が入ってくる...


ソロである。


ーなんて綺麗なトレモロ...聴衆の目を一気に奪い去る...弾いているのはコンマスか?...


そのマンドリンの音に誘われるようにして1stの座席を見て奏太は驚いた。


ー違う...!セン...


見ると、ソロを弾いていたのはコンマス席に座っている高校2年生ではなく、その横に座っていた高校1年生の剛田旋だった。






 曲の一瞬の静寂によって一気に高まった緊張感の中を、滑らかに泳いでいくマンドリンソロの音、これまでとは明らかに異質な雰囲気によってグッと聴衆の視線を集めたのは剛田旋のマンドリンだった。


ーコンマスじゃなくてセンがソロを...

その数珠玉のように輝く音の一つ一つに心を奪われながらも、奏太は旋がソロを務めていたことに困惑した。


旋は目を閉じてうっとりとした表情で豊かな表現をつけていく。その演奏はもはや今までの合奏の場面で郷園高校が表現してきた表現の幅を超えており、旋ひとりの技術の高さをこれでもかと知らしめているようであった。トリルやグリッサンドなど、装飾的な技巧も完璧にこなし、着実に表現していく。これはまさに旋だからなせる技であった。


ーなるほど、アイツは自分がソロを演奏するよりも、剛田旋に任せる方がいい演奏ができると踏んで、ソロを任せたか、コンマスとしてするには悔しい結論だっただろうに、いかに全体のことを考えているかの現れだな...

演奏を聴きながら、中川は旋の横でソロの演奏を聴きながら静かに待機するコンマスの心中に思いを巡らせた。

ーこのコンクール、彼なりに本気で勝ちに来ているということなんだろうが、果たして結果はどう出るかな?




 奏太はその旋の美しいソロの音を聞いて、かなり奮い立てられたが、その後のことは正直あまり覚えていない。旋のソロは1分ほどかけてじっくりと展開された後、終わりを迎えたはずなのだが、そのソロの演奏が衝撃的すぎたためか、ソロが終わってから曲が終わるまでの時間はほとんど放心状態だったためだ。


「ソウタくん...!ほら、ソウタくん!」

ふと気づくと、目の前で和田が呼んでいた。

「え?なんかぼーっとしてる!頬でも叩いてみようかしら。」

「やめてさしあげろ、首がもげるわ。」

「え?」

奏太は和田と中川のやりとりに気づき、ようやく気を取り戻した。

「あれ、俺...さっきセンのソロを聴いてて、それからどうなったんだ?和田先輩!演奏は、郷園はどうなったんですか?」

正気になって取り乱す奏太を見て、和田はクスクスと笑うと、説明した。

「あはは!ソウタくんめっちゃ真剣に聴いてたみたいだもんね。もう演奏は終わっちゃったよ。すごい演奏だったよね。それで、今は結果発表待ちの時間!結果が出るまではかなり時間があるから、今から顔合わせ。移動するわよ!」

「顔合わせ?」

“顔合わせ”、そう聞いてもなんのことかわからないという顔の奏太を見て、中川が呆れた顔で口を開いた。

「お前な、昨日先生から説明あったしスケジュールにもあったろ。合同コンサートに向けて、他校の生徒との顔合わせがあるんだよ!もうすぐ始まるから行くぞ!」

「合同コンサート...?」

今回の楽曲引用です。

・「ギリシャ狂詩曲」(Rhapsodia Ellenica)はNikolaos Lavdas=ニコラオス・ラウダス/ギリシャ:1879-1940)が作曲したマンドリンオーケストラ曲です。

重厚で物々しい雰囲気で曲が始まり、低音の効いた不穏な印象で曲が進んでいきます。不穏な中にも繊細な表情も感じさせる楽曲で、途中でマンドリンのカデンツァが入るなど技巧的な場面もあります。


参考音源

https://youtu.be/ehhwPnHN5fM



用語解説

・フォルテシモ=「強く弾く」と言う意味。フォルテより強い。

・狂詩曲:自由な形式の曲のことで、民族的なものや抒情的なものが多い。「ラプソディ」とも言う。

・グリッサンド=1つの弦の上で特定の音から別の音へ、指を滑らせて音程を変える奏法のこと。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ