第81話「薄い演奏と厚い演奏」
久しぶりに会った剛田旋、自身にとってのライバルであり目標の彼を前にして、奏太は鋭い表情で返した。
「“あんなもん”とはなんだ?俺たちは精一杯やったぜ?」
奏太の不満そうな表情を見ながら、旋は表情を変えずにバッサリと言った。
「そりゃあね、はっきり言って予想外だったから」
「んな...!?」
旋にそう言われ、奏太は思わずカチンと来て声を張り上げた。
「あの演奏が予想外...!?」
「ああ。奏太くん、文化祭で見た君はもっと面白い奴だと思ったし、中川さんに習って今日の演奏では文化祭の時と比べていかに変わったかと期待して見ていたけど、今日の合奏は全く期待外れだった。あれで全力なのか?」
「...なんだと!!?」
旋に言いたい放題言われ、奏太はさらに苛立ちを増した。
「まあまあソウタ落ち着け。」
どんどん激昂していく奏太をなだめ、糸成が冷静に尋ねる。
「剛田旋くん。もう少し具体的に言ってくれないか?今日の僕らの演奏に何が足りなかったのか?」
糸成の質問を受けて、旋は真面目な顔で答えた。
「君たちに圧倒的に足りないもの。それは“技術”さ。」
“技術”...、そう言われ、一同の表情は一気に変わった。
「そもそも、“精一杯演奏していること”はコンクールの評価にはならない。コンクールで必要なのは圧倒的な説得力だ。」
「説得力...」
旋の論理を聞きながら一同は真剣な表情で反復する。
「そう。この曲をこういう風に演奏するのは音楽的だって思わせるだけの説得力を見せることがコンクールでは大事なんだ。そして、そのためにはそれを伝えられるだけのしっかりとした技術が必要なんだ。」
一同の注目が集まっていることを見ながら旋は説明を続ける。
「君たちも分かっていると思うが、君たちの学校は2年生の人数が圧倒的に少なく、人数比で言っても1年生が4分の3を占める団体だ。おそらく先生達もそれは承知して、それを意識して練習しているとは思うが、まだ足りない。」
旋はそう言って、自身の見解を話す。
「あの演奏では2年生の存在感が大きすぎて、1年生の音がほとんど聞こえてこない。」
「全体で30人近くとそれなりの規模に見えるだけに、あの音圧では薄っぺらく聞こえてしまうんだよ。」
薄っぺらい...厳しい評価を突きつけられ、奏太達は戸惑いを覚えた。
「俺たちの演奏が...薄っぺらい...!?」
「あのチーム奏練習だけじゃ足りないというの...?」
「それなら...俺たちはどうすればいいんだ?」
先程まで激怒していた奏太も少しずつ冷静さを取り戻し、旋に質問した。
「それは...」
旋は少し溜めてから自分の考えを述べた。
「君たちが全体を支えることを目的に練習することだ。今の君たちに必要なのは1年生だから、2年生だからって考えを捨てることだよ。音量的にも、技術的にも、全員が全体に貢献するつもりで演奏することできっと厚い演奏ができるようになるよ。」
「厚い演奏...」
「...確かに私たち、自分がしっかりと弾くことにばかりとらわれて、全体を支えてるって意識がなかった...」
「それができれば、厚い演奏ができるようになるのか...」
旋の言った“厚い演奏”と言うキーワードを奏太たちは噛み締めるように反復した。
「さて、この後俺たち郷園の演奏がある。“全員が全体に貢献する厚い演奏”ってのはどういうことか、コンクールの演奏とはどういうことか、見せてやるよ。」
「...悔しいけど、お前のいうことは分かった。そんなに言うなら見せてもらうぜ!この後、楽しみにしてるよ。」
最後に自分たちの演奏を宣伝して去って行った旋を見て、奏太も真剣な顔で答えた。
戻りながら、旋は自身の助言を振り返った。
ー今の西田に足りないもの、もう一つを言い忘れたな。...しかし“2年生のプレッシャー耐性の無さが問題だ、彼らは人数バランスのことを気にしすぎず、精一杯練習通りを本番で出せなきゃいけない。”なんて、1年生に伝えても仕方ないか。1年生自身でなんとかできることを伝えただけよしとしよう。これできっと地方予選ではより面白い演奏が聴けるだろう。ライバルを名乗るんならもっといい演奏してもらわないと困るしな。
...いや、
ー地方予選の前にまだあれがあったっけ...そこではどんな演奏が聴けるか楽しみだな。
「すまんな、糸成。」
「え?」
旋がその場を去ってからしばらくして、奏太が糸成に謝った。
「さっきは急にキレたりして、お前にフォローしてもらった。あの時はちょっと大人げなかったよ。」
「バーカ。お前の気持ちなんかわかるよ。俺は分析屋で幼馴染だからな。」
糸成はそう言って茶化すと、真剣な表情になって答えた。
「...あの時は、俺も悔しかった。絶対次は驚かせてやろうぜ!」
「ああ!」
二人はこうして、改めて気合を入れ直した。
「あんたらかっこつけすぎ!」
そんな二人を見ていて奈緒はそう呟いて糸成の背中を叩いた。
「...でもその前に彼らの演奏見なきゃでしょ?」
「...ああ!そうだな。県大会はまだ終わってない!」
こうして、一同は再びホールに向かった。
午後の部はまもなく始まる。いよいよコンクール後半だ。
午後の部、指揮者の力強い指揮棒捌きに会場全体が目を奪われる。指揮台の上でまさに踊りを踊るかのように楽曲の荒々しさを表現するその指揮者の様子はまさに乱舞の如き。
しかし、演奏者の音もその迫力に劣らず、指揮者の表現力をそのままに音に変換して会場を鳴らしている。
ーすごい...さすがは男子校。全員の気迫、執念、そして自信が音に詰まってひとつ残らずこちらに襲いかかってくる。去年から腕を上げたわね。
演奏を聴きながら、和田はその演奏の迫力に、気を引き締めた。
ーおいおい冗談じゃねえぜ...、確かにあいつの言う通りえげつない演奏だ...
奏太も目を丸くしながら歯を食いしばった。
ー 見事だな。一見すると、荒々しさや迫力のようなものに目が行ってしまうが、その表現の底にはしっかりとした分析や訓練の跡が垣間見える。去年1年間でつけた確かな実力を余す所なく活かすための計算し尽くされた表現、それでいて男子校ならではの伝統を大切にしている。こりゃあ強敵だぞ。
中川も演奏を聴きながら静かに分析し、目を細めた。
演奏をしているのは全員が男子。パワフルな奏法を武器としつつも、その部分を引き立たせるための穏やかな場面の演奏もこだわり抜いた、まさに名演であった。
楽曲が華々しいラストを迎え、演奏が終わると、立ち上がった彼らを惜しげもない拍手が包み込んだ。お客さんを眺めながら、生徒のひとり、相田快人は自信満々に心の底で叫んだ。
ー見たか!これが俺たちの演奏だ!共学なんかに負けないぜ!!
拍手をしながら奏太はつぶやいた。
「ちっ、やるじゃねえか...」
演奏は県内の男子校、雄ヶ座高校。曲はP.ラコンブ作曲“交響的序曲”。プログラム8番目であった。
久しぶりに引用楽曲の紹介です。
・交響的序曲(Symphonic Overture)(Paul Lacombe=ポール・ラコンブ/1837~1927:フランス)
元々は管弦楽曲のようですが、マンドリンでの演奏が有名です。力強くかっこいい楽曲で、男子校である雄ヶ座高校のイメージにぴったりな楽曲でしたので選ばせていただきました。
参考音源
https://youtu.be/47dwYOZ7I6k




