第80話「精一杯の演奏」
「お弁当のカラは各パートごとまとめてからこの段ボールに入れてくださーい!」
演奏を終えた西田高校の生徒たちは控室にて配られた弁当を食べていた。プログラム6番目にあたる西田高校の演奏のあとは昼休憩となっており再開まで1時間ほどあった。
「はあ...」
弁当を食べながら和田はため息をついた。
「どうしたの?演奏終わってからずっと元気ないじゃない。」
横で山口が尋ねた。
「なんか、本番あれで本当によかったのかなあって思って...」
和田はもともと進んでいなかった箸を止めてこう言うなり、もう一度ため息をついた。演奏のことはあまり覚えていない。気付いたら舞台の手前に並んでおり、講評が述べられていたのだ。しかし、自分が練習通りに演奏できたかと言われると疑問に思うのだ。
「私ね、あの時ものすごい緊張感に襲われたの。今まではなんとなく受け入れていたけど、いざ15年分の先輩たちの思いを継がなきゃいけないって、そのために演奏しなきゃならないって思ったら怖くなってきちゃって。2ndから異動した私がこの席でコンミスとして役に立てるのかって考えたら、結局一生懸命弾くことしかできなかったの。結果無駄に力入っちゃって空回り、練習と全く違うことをしちゃって、みんなに迷惑をかけたんじゃないかって思ったら元気でなくて...」
和田はそう言って箸を置いた。
山口も手を止めて答えた。
「そうね。確かにいつも通りの演奏ではなかったけど、でも考えても仕方ないでしょ。あなたは精一杯の演奏をしたんでしょ?だったらそれが答えよ。」
「そうだよね、やっぱり私がみんなの演奏を壊したんだとしか...」
こう言って泣きそうな顔になる和田に山口が言った。
「そうじゃなくて、“私たちが和田ちゃんに合わせた”。そうでしょ?」
それを聞いて和田は山口の目を見つめた。
「私たちのコンミスは和田ちゃんだよ。」
「アミ...」
山口にそう言われて和田は少し元気を取り戻した。
そんな二人の会話を近くで聞いていて中川は浮かない顔だった。
ー確かに一生懸命弾いていたと言えば聞こえはいいが、ここはコンクール。評価されるのは“表現として優れているもの”。和田が少し元気を取り戻したのは良かったが、あの様子では 結果次第では今後の演奏に響くな、...さて審査員はあの演奏をどう見る?
「はー!やっと落ち着いてきたよ」
休憩時間中、弁当を食べ終えた奈緒が胸を撫で下ろした。
「あはは!ナオ演奏始まる前すごい緊張してたもんね!」
横で食べ続けながら美沙が笑う。
「そうだよ〜!失敗するんじゃないかってずっと不安だったもん!ようやく解放されたからホッとしてる!ご飯食べたら元気出たよ!」
「高松さんは食いしん坊なんだな。」
二人のやりとりを見ていた奏太がそう言うと、奈緒は腹を立てた。
「高木よ!!」
「ナオ、それもだけど、どっちかというと怒るのそこじゃ無いでしょ?」
「...ほんとだ!女子に向かって食いしん坊とか言うな!!!」
「ハハハ悪い悪い!!」
そんな奏太たちのやりとりの横で糸成は浮かない顔をしていた。それに気づいた奈緒が尋ねた。
「糸成くん、どうしたの?何か引っかかるみたいな顔して...?」
「ああ、いや、今日の俺らの演奏、審査員はどう見たのかなって思って...」
「演奏?」
糸成の返しを聞いて、奈緒は不思議そうに首を傾げた。
「そう、練習通りって感じじゃなかったから、そこがちょっと引っかかってて」
「練習通りじゃなかった?」
糸成の言葉を聞いて奈緒が問い返すと、糸成は奈緒の方を向いて聞き返した。
「そうだよ。気づかなかった?」
「わ、私、自分が弾くので精一杯で、気づかなかったなあ。そんなに違うの?」
糸成が他の人の顔を見ると、奏太や敦も気づいてない様子だった。
「...俺も弾きながらだったから確実なことは言えないけど、全く練習通りだったかと言われると、違ったと思うんだけどなあ。みんなが気づいてないなら俺の思い過ごしかな?」
「結果に影響するかな?」
糸成の指摘を聞いて少し不安になった奏太がそう言うと、糸成は首を振って言った。
「わからない。俺もコンクール的にいい演奏ってまだあまり分からないからなんとも言えないよ。でも、先輩たちの意欲的な主張だ。俺らは信じて着いていくしかないよ。」
「...うっ」
「どうした?ダイキ?」
見ると、大喜が胃を押さえていた。
「ごめん、大丈夫。結果のこと考えたら少し緊張してきただけだよ。」
審査される演奏。1年生にとって初めて経験するコンクールという舞台に対する緊張感にやられたのか、少し悪い顔色の大喜を見ていて、他のメンバーも少し不安になってきた。
「...私もまた緊張してきたわ」
「大丈夫...だよな?」
奈緒や敦がそう言って不安を吐露する。
「分からない。でも俺らの演奏はもう終わってしまった。信じて待つしか無いよ。」
糸成も少し不安げな表情のまま、そうつぶやいた。
「......」
そんなやりとりのなかで、美沙と学は黙ったまま何かを考えている様子だった。
「...だ、大丈夫だろ!」
しばらくの沈黙を破るように奏太が周りを盛り上げた。
「だって俺たちあれだけ練習したんだ!2年生が少ない中で俺たちなりに全力で頑張った!審査員は分かってくれるよ!」
奏太の前向きな言葉を聞いて、周囲も少しずつ元気になってきたようで、ポジティブな言葉が増えてきた。
「そ、そうだな!とりあえずネガティブになるのはやめようぜ。」
「え、ええ!目標は優勝だったもんね」
「そうか、君の全力はあんなもんなのか、ソウタくん。」
「え?」
突然の声に驚いて振り返ると、そこには剛田旋が立っていた。
「やあ久しぶりだね。演奏聴いたよ。」
「セン!?」




