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マンドリニストの群れ  作者: 湯煮損
第12章「初めての県大会」
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第79話「マンドリンの群れ」

 「ープログラム6番...」

 会場に流れるアナウンスを浴びながら奏太たちは楽器の調整をする。舞台に注目するお客さんの静けさを前にして、入念に調弦を行う音とアナウンス音だけが会場に響き渡り、なんとも言えない緊張感がこだまする。

「西田高校。ブラッコ作曲“マンドリンの群れ”。指揮は山崎昌人先生です。」

 アナウンスが終わっても山崎先生は全員のチューニングが終わるまで奏者の方を見守りながら待っていてくれた。そして全員の準備ができたのを確認してから、もう一度全員の顔をみて、静かに微笑むと頷いた。

 

 ー全国大会の時には客席で見ていた先生と生徒とのアイコンタクト...今度は自分がその一員に。あの全国大会を掴むために...今、俺たちはここにいるんだ。


 奏太はそんなことを考えながら溜まっていた唾を飲み込むと、先生の指揮棒に注目した。


 先生は全員の表情の確認を終えると、さっと指揮棒を持ち上げた。先生の動作に合わせて全員が楽器を構える。しんとした会場に張り詰める緊張感の中、その静けさを破るように指揮棒が振り下ろされ、一気に演奏が始まる。


 最初はDolaとCelloのトリルがピアノの音量で奏され、引き締まった雰囲気で曲が始まる。冒頭でありながら描写的にも感じられるフレーズは曲のタイトルになっている“群れ”の印象を表現するのにうってつけ。ざわざわとした群れっぽいサウンドにこだわりながら何度も練習した部分だ。


 ーよし、うまく入れたみたいだ。


 DolaとCelloの音が練習の通りに演奏されたのを確認しながら1stが最初の音を入れていく。奏太も和田の横の席で集中して音を鳴らしていく。


 すぐに奏太がチーム奏で美沙と何度も練習した部分がやってくる。


 ー美沙さんに言われたように、...美沙さんに、DolaとCelloのトリルに合わせてトレモロの音を入れていくんだ!!チーム奏の時もできた...!今日だって...!!


 奏太は全体の音を意識しながらトレモロで音を鳴らし、全体の流れにピッタリと合わせて音を出すことができた。パッセージのアクセントがトリルの音の上に綺麗に重なり、まさに群れのような統一感で曲は主題部へとなだれ込んでいく。


 客席で演奏を聴いていた聴衆はその演奏の迫力に思わず冒頭から引き込まれていた。誰もが演奏者の緊張が伝わってくるような鬼気迫る演奏に注目していた。

 それは一番後ろの席で演奏を聴いていた剛田旋も一緒だった。彼は演奏を聴きながらニヤリと笑うと静かにつぶやいた。

「...なるほどね。すごい緊張感だ。」




 県大会の演奏をしながら、コンミスの和田は全国大会の時に先代コンミスの小野と交わした会話を思い出していた。




 ・

 ・


_____________________


「次は和田ちゃんたちの番だね。」

 “優秀賞”と書かれた賞状を持ってニッコリと微笑みかける小野に対し、和田は苦笑いして答えた。

「はは...!先輩みたいにできるか、今から不安ですよ」

 愛想笑いをする和田を見て小野は和田の肩に手を当て、ガッツポーズを見せた。

「心配しなくても大丈夫だよ!いつも通りしっかりとやれば大丈夫!奏太くん含め1年生もやる気あるし、きっとうまくいくって!」


____________________



 ・

 ・



 ー小野先輩も大丈夫だって言ってくれた、コンミスの私が怯えてどうするのよ。


 入場前は中川に強気な姿勢を見せていた和田だったが、演奏しながら自分が緊張していることに気づき、奮い立たせようと力を込めた。演奏が中間部にはいり、ゆっくりとした場面がやってくる。マンドリンの刻みの上でチェロが歌い上げる場面だ。曲の不穏な和音を奏でながら、和田の脳裏に小野の言葉が反射する。


 ー“1年生もやる気あるし”


 ー小野先輩は私が自分たちの代を不安に感じるたびに1年生がやる気だから大丈夫って度々言ってくれてた。私の負担を減らそうとしてくれたんだと思うし、実際それにかなり救われてきた。


 ーけど、そうじゃない!


 小野の言葉の意味を分析しながら和田はどんどん演奏に力を込めていく。


 ー()()コンミスなんだ!中川じゃなくて、私がコンミスになった!だから、私が頑張らないとだめなんだ!!1年生に頼っちゃダメ!私がみんなを引っ張らないと!!


 突然2ndから1stに異動が決まり、かつてはコンミスになることを不安がった和田だったが、この時はコンミスとして合奏を引っ張っていく自分の役割を改めて強く受け止め、演奏に力を込めるようになった。


 ーみんなの手本になるような演奏をするんだ!伝統を受け継いで15年連続優秀賞を達成するために、全国で優秀賞を勝ち取るために、コンミスとしてこの県大会の演奏を成功させなくちゃいけないんだ!


 舞台袖で演奏を聴いていた中川はこの時、異変に気づき、小さな声でつぶやいた。

「...和田、背負うものが多くて緊張するのもわかるが、少し力を入れすぎだ。...どうした?」




 ー和田ちゃん...

 ーそうだ、私たちは先輩たちのバトンをつないで演奏を成功させる...


 ー勝たなきゃいけないんだ!!


 演奏している他の2年生たちも和田の気迫に気づき、バランスをとるように演奏するうちに少しずつ全体の音量が上がり始めた。曲は熱気を帯び、会場全体が演奏の緊張感に包まれた。

 山崎先生も2年生たちに少しずつ力が入り始めていることに気づいて、指揮者として全体を整えようと指示を出したが、2年生の演奏はより力が入る一方だった。



 ー...演奏が変わり始めた。

 客席で聴いていた旋も変化に気づいていた。

 ー2年生が、どこか怯えてるのか...?


 他の観客も徐々に異変に気づき始めた。

 ーなんか2年生の気迫が...

 ーなんだか聴いていてなぜか疲れる...



 こうして演奏が終わった。

旋は久々の登場ですが、県大会ですから当然彼ら郷園高校も出演します。


今回の引用楽曲、マンドリンの群れについては第63話の後書きに詳しい説明が載っています。

演奏シーンということで参考音源を再掲させていただきます。

参考音源

https://youtu.be/rjaQgo_uOWw

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