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マンドリニストの群れ  作者: 湯煮損
第12章「初めての県大会」
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第76話「大会の朝」

 2022年11月12日。ついに県大会当日だ。この日の朝、普段と比べても随分興奮していたためか、朝は当初の予定より早く目が覚めた。

「まだ全然時間あるな...あれ?」

 目を擦りながら奏太は自分の携帯に通知が来ているのに気づくと、確認した。

「イトナリ...」

 見るとそれは糸成からの連絡で、奏太と同じくずいぶん早く目が覚めてしまったという意味の連絡であった。やりとりの末、予定より早く合流して学校に向かうことを約束してから奏太は自分の部屋を出てリビングへと向かった。

 リビングには両親がおり、奏太が起きてきたことに気づいた。

「あら、ソウタ。ずいぶん早いじゃない。」

「おはよう、目が覚めちゃったから早めに行くよ。」

「あら、そうなの?まだご飯の用意できてないから先に着替え済ませちゃいなさい。身だしなみ整えて、今日は人前で演奏するんでしょ?」

 奏太の母はそういうと台所に向かい、朝食の準備を始めた。

「ごめん母さん。そうするよ。」

 奏太がそう言って部屋を出て行こうとすると、机で新聞を読んでいた奏太の父、(ひろし)が奏太に声をかけた。

「ソウタ、今日は初めての大会なんだろ?」

 奏太は振り返って頷いた。

「うん。」

「緊張してるか?」

「うん、初めてだしそりゃあね。」

「そうか」

 浩は奏太の答えを聞いてから新聞を畳むと、話し始めた。

「懐かしいな、俺の時も大会となるといつも緊張したよ。」

 奏太の父、大橋浩は西田高校のOBであり、およそ40年前にマンドリン部に所属していた。奏太たちの現在の顧問、山崎昌人とは同期にあたる。彼らが2年生の時にはそれまで西田高が成し遂げることができなかった全国大会への初出場を果たした。

「演奏前には今までで一番のプレッシャーを感じると思うけど、...あまり気にするな。多分マサトも緊張してるだろうからさ。」

「山崎先生も?」

 普段堂々と指揮を振っている山崎先生が緊張するなど奏太にとって全く想像がつかず、思わず聞き返してしまった。それを見て浩は笑って言った。

「ハハハ、そりゃそうだろ。あいつも現役の頃から指揮する時はいつも緊張してたぜ。大会なんて緊張して当然。きっと出る奴はみんな緊張してると思うからあまり心配せずいつも通り弾くといい。」

「父さん...」

「以上、西田高校マンドリン部伝説の代のOBからのささやかなアドバイスだ。応援してるぜ。」

「伝説の代って...」

「実際伝説だろ!」

 にっこりと笑う浩の言葉を聞いて奏太は苦笑いをしつつも少し緊張がほぐれたのか、晴れやかな表情になった。



 その後、待ち合わせ場所で糸成と合流すると、糸成は奏太の表情を見て言った。

「おうソウタ!お前早く目が覚めた割に意外と今は緊張してないんだな!俺なんてもうすでに心臓がバクバク言ってるよ。」

「もちろん緊張はあるよ。...でも」

 糸成に言われて奏太はそういうと、少しためて続けた。

「ーいい緊張だ。」

 奏太の言葉を聞いて糸成もフッと口元を緩めた。その表情を見ながら奏太は再び大会への気合を入れた。

「今年は全国大会15年連続優秀賞がかかってる。今までの先輩たちの意志を継ぐためにもまずは第一歩。県大会を突破してやろうぜ!」

「おう!そうだな!」

 こうして二人は元気に学校へと向かった。




 2022年度の県大会の会場は県内の県民会館だ。奏太たちの通っている西田高校からは高速道路で1時間ほどのところにある。朝登校してからあらかじめチャーターしていたバスに楽器を積み込み、会場へと向かった。

 バスが駐車場に着くと、会場に受付をしに向かった山崎先生の代わりに水島の指示に従い、生徒全員で楽器の積み下ろしを行なった。積み終えたところで建物から山崎先生が戻ってきた。

「積み下ろしお疲れ様です。今受付を済ませてきました。まずは楽器を控室に運びましょう。」

 控室、そう聞いて奏太は少し武者振るいをしてきた。

「控室...いよいよ大会が始まるんだな。」

 バスの運転手さんにお礼を言い、見送ると、山崎先生の後に続いて楽器を運び始めた。


「あ、おっとっと、うわっ!!」

 大きなコントラバスの長い距離の運搬に慣れていないのか、1年生の遥花がよろけた。それを見てすかさず中川が楽器を受け止めた。

「大丈夫か?重いだろうから俺が代わりに運ぶよ。」

「...!あ、ありがとうございます!か、代わりに先輩の荷物持ちますよ!」

 中川にそう言われて遥花は少し焦りながらも頭を下げて後を着いていった。

「あら、中川くん優しいじゃない。私のコントラバスも持ってくれない?」

「流石に二台は無理だって!車輪ついてるし2年生なんだから自分で運べるだろ!」

 ニヤニヤとしながら自分の楽器を持たせようとしてきた山口を見て中川はそうツッコんだ。中川の言う通り山口のコントラバスケースには車輪が一組着いていて押しながら少し楽に運ぶことができるようになっている。

 二人の様子を見ていて困った遥花が間に入って言った。

「そ、それなら私が山口先輩のを運びますよ!!」

 ...

「...平山ちゃん、それ、俺が持った意味なくない?」




 控室に着くと、それぞれ楽器を置いた。

「...今回の控室はこうなんですね。」

 控室の様子を見て奏太がそう言うと和田が苦笑いして答えた。

「あはは、そうなんだよ。最近は毎年この会場なんだけどね、団体分控室が分かれてなくて大きな部屋にそれぞれの学校の楽器があるんだよ。音出し禁止だしそんな学校数も多くないからこういう形になってるみたい。」

 和田の言うように各日団体ごとに控室が用意されていた全国大会の時とは異なり、控室は一箇所に全団体が共同で楽器を置く形になっている。そのため、周りにはすでに他の学校の楽器があり、何人か他校の生徒や教員がいるような状態だった。

「なんか、こうしてみると、周りの奴らはみんなライバルなんだな。」

「ああ、負けられないな」

 奏太と糸成はそう言って周りの生徒を見回した。周りの学校もそれぞれ自分の団体の中で話をしたり準備をしたりしていたが、やはり緊張感からか周りの学校をチラチラと見て気にしている様子だった。(楽器の演奏は禁止されているため、控室で音を出す者はいないが)



 「それでは、この後の指示を出しまーす!この後9時30分から開会式があるのでそれまで自由時間です!時間になったらホールに来てね!1校目だけ演奏聞けるけど、その後は私たちのリハーサル時間があるので2校目の演奏が始まる前に、リハ室に集合してください!」

 水島の指示を受け、一度解散となると、奏太はムズムズしながら言った。

「あ〜くっそ〜!控室音出し禁止なのムカつくなあ〜!今めっちゃやる気出てきたのに!」

「あはは!仕方でしょ。出演順によって練習時間に差が出ないようにって配慮なんだから!」

「そりゃそうだけどよ〜!」


 こうして楽器の側で奏太が奈緒と雑談をしていると、近くから突然知らない人の声が聞こえてきた。

「あれ?めっちゃ可愛いコがいる!!君名前は何て言うの?」

「え、わ、私?」

「ん?」

 二人は異変に気づき、周囲を見渡して顔をしかめた。

「美沙さん!!」


 見ると美沙に他校の男子生徒が絡んでいた。

奏太の父、浩が久しぶりの登場です。父として、そして何よりOBとして応援の声をかけてもらった奏太は改めて大会へのやる気を燃やします。奏太の言うようにこの年は全国大会15年連続優秀賞を達成できるかどうかの大切な年。そのためにはこの県大会の突破が不可欠です。


その後、いよいよ県大会会場に着いた奏太たち。途中で説明のあったように演奏順によって当日のリハーサルの時間に格差が生じてはいけないと言う配慮から演奏の練習のできる時間は限られています。(全国大会のシーンで説明したか忘れてしまったので再度書きます)

実在の大会においてこれが何校前の演奏時からだったかについてはちょっと忘れてしまいましたので、今作内のルールとして「自分たちの演奏を除いて4つ前の演奏開始時から練習できる」というルールにします。つまり、奏太たちは6番目の出番ですので2校目の演奏開始時から練習が可能ということになります。

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