第73話「チーム奏発表会」
10月11日、この日はチーム奏発表会の前日練習ということで全体の合奏は無く、パート練習とチーム奏練習が中心となった。チーム6では、水島が来るなり、理恵に昨日の練習のことを謝った。水島の謝罪を聞いて、1年生も改めて2年生にかかっているプレッシャーや葛藤などを実感し、特に部長という立場にある水島の心中には改めて同情した。そして、改めて練習面や運営面、アイデア面でも、人数の少ない2年生の力になりたいと感じたのだった。
この日の練習は気を使っていたのか、水島の指導は驚くほど優しく、また丁寧になっており、昨日の練習とは全く空気が違った。こうしてチーム奏発表会前最後の練習が終わった。
そして、翌日。ついにチーム奏発表会の日がやってきた。この日は水曜日で、本来部活は休みの日であったが、この日は特別に部活が実施され、その分翌日木曜日が休みになった。音楽室ではチーム奏の発表をするための設営が施された。先輩の指示に従って設営をしながら奈緒が奏太に言った。
「いやー、緊張しちゃうね。椅子並べるとわかるけど本当に各パート1人ずつで弾くんだね私たち。」
奏太も答えた。
「そうだな。先輩や1年のみんなが見るんだもんな。」
「私なんて1番目だからもうすでに手汗半端ないよ〜!」
奈緒はそう言って椅子を置いて手を擦った。
「え、そうなのか。楽しみにしてるぜ。」
奏太にそう言われて奈緒はため息をついた。
「...6番目は呑気でいいわねえ。まああなたの場合ずっと練習が続いてほしいと思ってるんでしょうけど!」
「ずっと?どういうことだよ?」
「だってそうすればずっとミサと練習できるでしょ?」
「んなっ...そ、そんなこと...!」
奈緒にからかわれて奏太は思わず顔を赤くした。
「あらあら顔赤くしちゃって。本番が楽しみね。」
奈緒はそうケラケラと笑って楽器を取りに行った。
「...ったく高見め...からかいやがって。」
去っていく奈緒を見て鼻を鳴らす奏太のところに和田がやってきた。
「どう?奏太くんは、練習はばっちり?」
「あ、和田先輩。はい、できることはやってきたつもりです!先輩は何番目なんですか?」
「私は5番目と7番目だよ。1stは全部で6人だから私だけ2回出番があるの。どっちも丁寧に準備してきたからぜひ聴き比べてほしいな。」
和田はそう言うと、ニッコリと笑った。
しばらくすると水島が全体に呼びかけた。
「みなさん、今日はチーム奏発表会です。それぞれのチームで色々準備をしてきたと思うのでその成果が出せるように頑張ってくださいね!!」
水島の後、山崎先生からもコメントがあった。
「今回のチーム奏発表会は個人の技術アップだけでなく、これまでじっくり読んできた演奏曲の客観視という点でも非常に大きな意義があります。それぞれのチームのアイデアや表現を意識して聴いてみてください。また、自分が聴く時は匿名でコメントを記入していただきます。自分の演奏にもらったコメントを参考にしてこれからの1ヶ月の練習に役立ててください。それでは今日はいい演奏楽しみにしています。」
先生のコメントを聞いて生徒たちは大きな返事をした。
こうしてチーム奏発表会が始まった。
ーすごい緊張感だな...
その演奏を聴きながら中川は思った。今は県大会に向けた練習の一環として行われるチーム奏発表会の1チーム目の演奏が行われている最中である。チーム奏発表会では各パート1人ずつのアンサンブル形式で発表を行い、演奏するチーム以外の部員と先生で演奏を聴くのだ。つまり普段は合奏を取り仕切る指揮者すらいない形、テンポや間の取り方をも含めた表現の全てが完全に各チームに委ねられるのだ。山崎先生は演奏を聴きながらそれぞれのチームの表現やアイデアを読み取り、時折頷いたりしながら腕を組んで聞いていた。
演奏を行なっているチーム1のメンバーはトップバッターということもあり、物凄く緊張して演奏しており、それが聴き手にも伝わるほどだった。普段はおちゃらけているCello2年生の永野も今回は特に真剣な表情だった。
ー聴き手全員が曲を知ってる中での演奏...やばいやばい...
奈緒は弾きながらそう思い浮かべ、余計に腕に力が入った。
ー..ハルカちゃん...がんばれ...!
演奏を見ながらBass2年の山口は自分の後輩の方を見てそう祈った。コントラバスを演奏する遥花の表情はこれまでで一番こわばっており、往復する弓の動きはカクカクとかなり固まっていた。
ー聴き手まで苦しくなってしまうほどの緊張感...これが全体を通して保たれるのは問題だが、...しかし確かに冒頭はこのくらいの緊張感があってもいいのかもしれない...
山崎先生は演奏を聴きながらそんなことを考え、何かを思いついたのか楽譜に書き込んでいた。
チーム1の演奏が終わると、その場にいた全員から拍手が起こった。演奏したメンバーたちはやっと緊張から解かれ、どっと押し寄せた疲れで椅子に伏した。
その後、交代のためにチーム2のメンバーがやってきてそれぞれ自分のパートのメンバーを激励していた。
「お疲れ様!よく頑張ったよ!」
山口がそう言うと、遥花は目を回して山口の肩に倒れかかった。
「あ、ありがとうございます...でも、これがあと2回...」
それを見て山口は笑って言った。
「あ、あはは。人数少ないから仕方ないよ...とりあえず私の演奏見て休んで。」
遥花は山口に頭を撫でられ、満身創痍で客席へと向かった。
その後、チーム2、チーム3が同じように演奏を済ませた。そしてチーム4。ここで美沙の1度目の出番がやってきた。美沙の演奏ということもあり、今までは自分のパートである1stを中心に聴いていた奏太も思わず彼女の演奏に気を取られていた。奏太にとって美沙の演奏している姿を聴き手として聴くのは初めての経験で、彼女の一生懸命、それでいて冷静に演奏する姿は美しく、息を飲んだ。演奏を聴きながら、以前一緒に練習したパッセージに差し掛かると二人で何度も練習したことを思い出した。
ー美沙さん...、別のチームで弾くとこうなるのか...
奏太は練習の日々を思い出しながらも今までチーム6としてした練習とは別に彼女がしてきたであろうチーム4の練習に思いを馳せた。
ーみんな俺が思っている以上に練習しているし、チームごとにそれぞれの表現を追求しているんだ...
美沙の演奏を聴きながらそんなことを思うのだった。そう。今回のチーム奏発表会はいわば自分たちのチームで作り上げた表現を発表する場。複数のチームで演奏するメンバーはチームごとに弾き分けなくてはならないのだ。ひとチームだけで練習してきた奏太にとってそれは計り知れないほど難しいことに感じられた。




