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マンドリニストの群れ  作者: 湯煮損
第11章「県大会に向けて」
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第72話「それぞれの不安」

 半月が過ぎ、10月に入った。10月10日、マンドリン部では普段の練習メニューに加え、2日後に迫るチーム奏発表会に向けての準備は最終局面を迎えていた。


 奏太が所属するチーム6でも練習は仕上げに入り、掛け持ちしているメンバーが他のチームから戻ってくると2年生の水島や山口を中心に合わせ練習をしていた。この日も普段通り、まず最初に合わせを行った。最後まで弾き切ったところで、水島が色々と気づいたことを指摘するというのが普段の流れであるが、この日の練習ではいつもと様子が違った。

 「リエちゃん。」

「は、はい。」

 水島に呼ばれて2ndの富永理恵は少し緊張して返事をした。


「全体的にもっと大きな音で演奏できない?」

「は、はい、わかりました、がんばります。」

 理恵は慌ててそう答えると楽譜に書き込みを始めた。

「私、今までも言ってきたよね?」

 理恵の返事を聞いて水島はすかさず追求した。水島の言う通り、理恵はこれまでの練習でも何度も水島から音量のことを指摘されていた。他パートの音に比べて理恵の音はあまり大きくなく、全体のバランスを考慮してもう少し大きな音を出す必要があった。理恵も頑張ってはいるものの、その変化はあまり大きなものではなく、水島から見ると、まだ十分には感じられないようである。

「はい、すみません。引き続き頑張ります。」

「サキコ、場合によっては私たちが下げてもいいんじゃない?」

 山口がそう言ってフォローするも、水島は首を縦に振らなかった。

「いや、だめだよ。2ndは唯一2年生がいないパート。個人の音量が大切。チーム奏といえど、常に大きな音を出す訓練をしておくべきだと思うの。」

「そっか、そうね。理恵ちゃんできる?」

 水島の確固たる姿勢を見て、山口はため息をついて納得すると、理恵の方を見て尋ねた。

「はい。できます。本番までに!」

 理恵はそう答えて楽器を強く握りしめた。


 「だめよ。」

「えっ?」

 理恵の素直な返事を受け止めないという水島の予想外の反応に一同は驚いた。

「“本番まで”じゃない。チーム奏までになんとかして。」

 水島はそう言って理恵に真剣な視線を向けた。

ー水島先輩...

 周りでやりとりを聞いていた奏太たちは普段のフワフワした様子からは予想もつかない水島の厳しい口調に思わず面食らった。

「サキコ、気持ちも分かるけど、チーム奏って明後日じゃない。いくらなんでもすぐには...」

「いえ、今そんなこと言ってたらきっと本番前にも同じ妥協をするわ。気づいた改善点はすぐに直さないと。」

 山口の反論にも屈せず、水島はあくまで厳しい姿勢を保ってから最後に普段のような笑顔に戻って尋ねた。

「そうでしょ?できる?」

「は、はい...できます。」

 そんな水島の凄みのある態度に圧倒され、理恵は思わず返事をした。

「よろしい!それでは練習を続けましょう!」

 理恵の返事を聞いてから、水島は普段の明るい様子で全体に掛け声をかけると、再び練習に戻った。この日の練習ではこのように水島がいつにもなく厳しい態度を見せることが何度もあった。

 まもなくチーム奏の発表会がやってくる。






 この日の練習の後、音楽室の片付けが終わると、奏太、糸成、美沙はチーム奏のメンバーである理恵のもとへ行った。

「今日の水島先輩、いつになく厳しかったな。大丈夫だった?」

 奏太がそう尋ねると理恵はうっすらと作り笑顔を浮かべて答えた。

「うん、びっくりしたけど、大丈夫。みんなに迷惑かけないように練習するから。」

 美沙も心配そうに続けた。

「私、あんなに怖い水島先輩初めて見たよ。普段の優しい様子からは想像もつかなかったからびっくりしちゃった。」

 3人の会話を聞きながら糸成も考え込んでつぶやいた。

「何か理由があるのかもな、大会まで1ヶ月ちょっと。時期的にもかなり佳境だし、2年生の中でも色々葛藤があるのかもしれない。」

「私、急にチーム奏が不安になってきたよ...」

「理恵ちゃん...」

 先程まで心配をかけないようにと元気に振る舞っていた理恵の表情が曇ってきたのを見て、美沙は心配そうに様子を眺めた。




 ・

 ・




 その頃、部室では山口と水島が話をしていた。コントラバスの手入れをしながら山口が水島に言った。

「サキコ、さっきは随分強い口調だったじゃない。」

 言われて水島はため息をついて答えた。

「うん...ごめん。私も言いすぎたと思ってるよ。」

「...何かあったの?」

 山口が尋ねると、咲子は楽器を置いて話を始めた。

「うん、まあね...実は山口先生から他の学校の様子について話を聞いて...ほら、昨日都川先生のレッスンがあったでしょ?その時に都川先生が山崎先生に話したみたいで。雄ヶ座(ゆうがざ)江沢(えざわ)も調子いいみたいで、正直このままだとうちの学校は厳しいらしいの。」

「そっか、」

 水島の不安そうな言い方を聞きながら山口は静かに頷いた。

「私、先生からそれを聞いて、部長としてもっと立派になって、完璧になって、頑張ってみんなを引っ張らないとダメなんだって思ったんだけど、どうしていいか分からなくて。1年生にとって県大会って初めてで不安だと思うのにあんな言い方しちゃ余計不安になっちゃうじゃんね...何やってんだろ私...、ドラパートの練習でも強く当たっちゃった...」

 水島は俯いてそう気持ちを吐き出した。


「...前の部長、高橋先輩もこういうことで悩んでたのかな...」

 そんな水島の様子を見ながら、山口は少し考えてから話し始めた。

「...そうね、確かに私たちは2回目の県大会で1年生よりも経験がある。けど、“2年生としての県大会”は初めてでしょ?だから私は不安に感じるのは仕方ないと思う。だからこそみんなで協力して練習するしかないと思うよ。あなたが不安なのはわかった。でも、一人で頑張る必要も完璧になる必要も無いと思う。だって私たちがいるでしょ?」

「アミ...」

 水島は顔をあげ、山口の方を見た。

「あなた一人で背負い込まないで、みんなでどうしていくか考えればいいんだからさ。」

 山口はここまで言ってからニッコリと笑った。そして最後に一言付け加えた。

 水島は山口の話を聞きながら元気を取り戻すと、言った。

「ありがとうアミ、楽器を教えるのは下手だけどすごく相談上手だね。やっぱり結局はパートリーダーに向いてるのかも...」

「一言余計だわよ。」

 山口は水島に呆れ顔で返すと、クスッと笑って言った。そんな返事を受けて水島は笑顔を浮かべて言った。

「私、明日の練習でちゃんと謝って、それからまたみんなで頑張りたい!」

「そうね。それがいいわ。」

 山口は水島が元気になったことが素直に嬉しいと思うのであった。

途中で出てきた「江沢」も「雄ヶ座」同様高校の名前です。都川先生が教えている学校でいずれ本格的に登場します。

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