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マンドリニストの群れ  作者: 湯煮損
第11章「県大会に向けて」
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第64話「パート練と合奏」

 2022年8月19日金曜日、この日は奏太たちは地域の老人ホームに来ていた。西田高校マンドリンクラブでは夏休みや冬休みなどの長期休みに地域の介護施設に立ち寄ってミニ演奏会をするというボランティア活動を毎年行なっている。そのため、実は全国大会が終わる前、テスト後の練習の時点で1年生に簡単な楽譜が何曲が配られていた。全国大会前、彼らが練習していた三送会の曲が3年生にばれなかったのは3年生のいる場ではこの曲の練習をするようにしていたからなのである。ボランティア演奏では「赤とんぼ」「荒城の月」「ふるさと」などといった日本の民謡や歌曲のほか、昔の演歌歌手の歌などを演奏する。楽譜の難易度は「マンドリンの群れ」や彼らがこれまでにやってきた他のポピュラーソングなどと比べるとかなり低いが曲数が多い分、練習はとても大変だった。


「お疲れ様。奏太くんは今日の演奏どうだった?」

 この時間は演奏が終わった後で、控室にて介護施設の職員さんからお礼のお菓子をいただいているところだった。煎餅を割りながら質問する和田を見て、奏太は満足げな顔で答えた。

「文化祭や三送会に比べてもうまく演奏できました!今までで一番緊張せずにすみましたよ!」

「そう!よかった!」

 和田はニッコリと笑った。


「文化祭は初めての本番、三送会は3年生に向けた演奏、お前が今までやってきた演奏会は緊張する要素がかなり高かったからな。今日みたいな本番はかなりやりやすかっただろうな。それと和田ちゃん煎餅粉々になってんぞ。」

 二人の会話を聞いていた中川はそう奏太に行った後で和田の手で爆散する煎餅の粉を見て苦笑いした。中川は演奏メンバーには入っていないが、指揮者としてボランティア演奏に参加していた。中川に言われて、奏太は気合いを入れて答えた。

「俺もそう思います!これからも緊張なしにリラックスして演奏できるように頑張っていきます!」

「そうだね!これから本番もどんどん増えてくるから慣れながら頑張っていってね!」

 “緊張なしに”という奏太の言葉を聞いて、和田は苦笑いして答えた。

「でも、明日の合奏はきっととっても緊張すると思うよ。」

「明日の合奏…!」

 明日の合奏、そう聞いて奏太は翌日に意識を向けた。そう、翌日はついに初めての「マンドリンの群れ」の合奏練習日になっているのだ。





 2022年8月20日、この日は夏休み最後の練習日だった。夏休み明けのテストまではテスト前ということで休みになる。そしてこの日こそ県大会で演奏する曲「マンドリンの群れ」の初合奏日である。午前中はパート練習とポピュラー曲の合奏、そして午後は再びパート練習をやった後、山崎先生の指導で「マンドリンの群れ」の初合わせとなる。

 午後の1stのパート練習では午前中の合奏の状況を踏まえての練習を少しやった後、「マンドリンの群れ」の練習を中心に行った。パート練習は和田がメトロノームの音を聴きながら棒で全体にテンポを示し、そのほかの生徒が楽器を弾くという形で進む。2年生が和田1人だけなので必然的にパート練で弾くのは1年生だけとなっている。パート練を進める中で、和田は棒でテンポを叩きながら1年生にアドバイスをしていった。

「最初!テンポ通り弾けているけど移弦の時に少しもたつくから指を考えてね!後同じような動きが3回出てくるけどだんだん高くなっていってるから少しずつ音量に変化つけて!クレシェンドは文字で書いてあるところと記号のところで上げ方に変化つけて!記号の方は一気にフォルテまで上げるからかなり幅あるよ!」

「はい!」

 奏太たちは大きく返事をすると楽譜にそれぞれ指示を書き込んだ。

「それにしてもみんな1年生だけでここまで弾けるなんてすごいよ!まだ始めたばかりなのに!上達早い方だと思うよ!」

 和田はそう言って褒めると、再びテンポをとり始めた。

「それじゃもう一回!夏休み明けたら徐々にテンポ上げてくと思うから指だけ回るようにしてってね!」

 1stパートではこの後も同じ形で練習が進められた。


「―2ndだからって遠慮しないでな!」

「―ドラは半音の音もっとざわざわした感じで欲しいな!」

「―スタッカート意識してゴリゴリで!」

「―そこの移動セーハ使うともう少し楽になるよ」

「―そうね、そうよ。そんなに難しくないわ(私は)」

 このように他のパートでも最初の合奏に向けて2年生が1年生の練習を支援しながらパート練習が進められた。(2年生が不在の2ndパートではパート未所属の中川が指導を行なっている。)



 こうして各パートそれぞれの形で練習を行ったのち、ついに合奏の時間がきた。山崎先生が音楽室に入ると、1、2年生たちが椅子に座り、それぞれ個人練を行っていた。山崎先生は大きく全体を見渡したのち、全体に言った。

「それでは合奏を始めましょうか。」

 それを聞くと、水島が号令をし、挨拶をした。

「きりーつ!」

「よろしくお願いします!」

 先生はニコリと笑った後、メトロノームでテンポを測りながら話し始めた。

「最初の合奏ですね。1年生は初めてだと思います。大会などでは私が指揮をします。よろしくお願いします。」

 1年生は緊張した声で返事をした。

「最初のテンポは四分音符120とお伝えしていたんでしたね。この速さです。」

 先生はメトロノームに合わせて棒を叩くと、全体を見ると、

「それでは、早速やってみましょうか。」

 と呟き、腕を構えた。いよいよ初めての大会曲の合奏練習がはじまるのだ。





 山崎先生の合図に合わせて「マンドリンの群れ」の合奏が始まった。先生の棒の音に合わせて音を出していく。

ー!すごい…!俺たちの音が…周りの音の中にうまく合わさってる…!ゆっくりだけど合わせるとこれでもすでにかっこいい…!

 これまで「マンドリンの群れ」では自分のパートの音しか聴いたことがなかった奏太たちにとって、周りの音がいる状態で音を出すことはとても新鮮であった。選曲が発表された際に聴いた録音と比べるとまだテンポも遅く、駆け出しの状態だが、初めて合わせたマンドリン合奏曲の練習はこれまでのポピュラー曲の合奏と比べても格別であった。


ーなるほど、俺たちが休符のところを補うように1stが16分音符で入ってくるんだな…!

 糸成も演奏しながら周りの音があるという合奏ならではの状況を楽しんだ。


ー8分音符の下降スケールは他のパートとしっかり合わせて…!

 マンドロンチェロは高校で初挑戦とはいえ、吹奏楽部での合奏経験がある美沙は当時の経験を生かして周りの音をよく聴き、音を鳴らした。


ーミサちゃんが教えてくれた、周りのパートの音を聴ければ怖くない…!

 コントラバスパートの遥花は三送会時に克服した感覚を生かして合奏で積極的に音が出せるようになっていた。


ーうっわ…奏太くん弾けてる…!すごいなあ…私は食らいつくので精一杯なのに…あ、あれっ!?今どこ弾いてる!?しまった!見失っちゃった!

 奈緒は自分の前に座っている奏太の演奏の様子に気を取られ、弾いているところを見失ってしまった。


ーやっぱり他のパート音量大きいな…!僕たちのパートは1年生だけだからもっと音量出さないと…!

 2ndの学は他のパートの特に2年生の迫力に圧倒されながらも自分のパートの主張を強めた。



 リタルダントがかかり、場面転換の直前まで演奏したところで先生が演奏を止めるように合図を出した。

「はい、ここまでで大丈夫です。ありがとう。」

 合図を聞いて、生徒たちは速やかに演奏を止めると、先生の第一声を緊張して待ち構えた。


ーさあ…どうだ?




 先生は少し考えてから楽譜を最初のページに戻すと、一言呟いた。


「一つ質問をします。皆さんはこの曲をテンポ何で練習してきましたか?」

今回はかなり音楽の内容的な話題が多い回でした。下に軽く用語解説を載せておきますね。


・テンポ=音楽の速さを表す指標のこと。(数字を使って表す場合、例えば「四分音符60」は1分間に四分音符が60回鳴る速さを表す。)

・メトロノーム=音楽のテンポを図るために使う機械。最近は電子タイプのものが増えてきたが、音楽室にあるものは従来の針が動くタイプのもの。

・クレシェンド=音量を徐々に上げていくという意味。(文字で書いてある場合と記号で書いてある場合があり、前者は長いクレシェンド、後者は比較的短いクレシェンドを表す場合が多い)

・フォルテ=「強く」という意味がある。(ピアノ=「弱く」の対義語にあたる)具体的な基準は特になく、「その楽曲内において強い箇所」というニュアンスで使われる。

・スタッカート=短くポツポツと音を切って演奏すること。

・セーハ=ギターの演奏において、複数の弦を一つの指で押さえる方法。原則として人差し指で行う。

・リタルダント=少しずつゆっくりにしていくということ。楽譜では「rit.」と書かれる。


また、各パートのパート練習模様はそれぞれの2年生の性格がかなり出てると思います。誰が話しているか書いていませんが、上から2nd中川、ドラ水島、チェロ永野、ギター益田、コントラバス山口の順です。山口なんかわかりやすいと思います。(教えるのが苦手というのが出ていてクールに振る舞っているが内容は薄っぺらいです笑)

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