第63話「県大会の曲」
三送会を終えた翌日、西田高校マンドリン部では正式に新体制での部活が始まった。朝の会では今まで高橋がやっていた司会を新部長のDola2年の水島咲子が引き継いだ。
「皆さん昨日はおっ疲れさまでした〜!三送会前だとバタバタしてできてなかったので、遅くなりましたが新体制での役員を発表したいと思いま〜す!!」
「はは、この部活の部長は相変わらずユルいな」
高橋ばりにおちゃらけた司会に益田が苦笑いした。
「えへへ!でも高橋先輩が引退の時に言ってた理由がいいなって思ったし私はこういう性格だから楽しく部活回していけたらって思ってまーす!もちろんこれから気を引き締めなきゃいけない時も多いけど真剣にやることと明るいノリは両立できないものではないでしょ?だからできる限り笑顔でぶちょーしまーす!みんなよろしくね〜!」
水島が話を終えるとまるで彼女を部長として承認するように全員から温かい拍手が起こった。
「わーありがとう!そいじゃ!早速第63期マンドリン部役員の発表に移りま〜す!」
水島はそういうと紹介を始めた。(これまで紹介していなかったが、水島たちの学年は西田高校の63期であり、つまり奏太たちは64期という事になる。)
「まず、1stパートリーダー!和田美恵ちゃん!」
水島から紹介を受け、和田は立ち上がってお辞儀をした。和田を見て、全員が大きな拍手を贈った。そのあと、2ndを飛ばして全パートのパートリーダーが紹介された。パートリーダーはそれぞれ1人ずついる2年生で、それぞれ気合を入れた表情でお辞儀した。2年生のいない2ndパートについては特にパートリーダーという役職は選出せず、しばらくは1年生の練習進度の様子を見るということが説明された。
続いて学生正指揮者、コンサートミストレス、副部長の紹介に移った。指揮者は以前話し合った通り中川雅典が引き受ける。復帰からまだ1ヶ月ほどしか経っていないが、彼も改めてもう大分馴染んだという感じがあり、2年生一同はそれをかなり安心していた。とはいえ指揮者として活躍した三送会以外ではあまり関わりがない1年生が多いのも事実であり、指揮者として彼の本領が発揮されるこれからの長期間の活動に大きな期待がもたれている。
コンミスについては1stのパートリーダーがやるということで和田美恵になった。
副部長は益田智に決まったようで、発表されてから大きな拍手が起こった。
こうして新体制の役員が発表されたところで、水島からさらにもう一つ発表があった。
「そして!新体制での活動として早速ではありますが」
水島は全体を大きく見渡してから続けた。
「県大会の曲を発表します!」
西田高校では毎年県大会の曲はその年のトップである2年生が話し合いで決定する。話し合いは基本的に2年生のみで行われるため、曲が何になったかは決定するまで1年生には知らされない。選曲には山崎先生や都川先生がアドバイスをする。選曲は三送会が終わるまでに決めるというルールになっており、この時期の2年生は全国大会前の練習、全国大会後は三送会の準備、練習、1年生の指導などと並行して選曲を行うため、非常に忙しいのである。県大会は毎年11月に実施され、地域のマンドリン部及びギター部が集まる。県大会を突破する上で選曲は非常に重要な要素となるため、話し合いは毎年かなり難航する。2年生の人数が少なく例年に比べて特殊な編成もあり、この年も県大会の選曲にはかなり難航した。そんなのち決定した曲の名前が、今水島の口から発表される。
「県大会…!」
「いよいよか…!」
県大会の曲が決まったという知らせに1年生は少しざわついた。
そして、いよいよ水島が曲名を口にした。
「県大会の曲は“マンドリンの群れ”に決定しました!」
“マンドリンの群れ”そのタイトルを聞いて再びざわつきが起こった。
「“群れ”?」
「どんな曲なんだろ?」
どんな曲か気にしてざわつく一同を前にし、水島はスマホをスピーカーに繋ぎながら苦笑いした。
「あはは!そうだよね、1年生のみんなは知らないと思うから今から曲を流すね!」
“マンドリンの群れ”はマンドリン合奏曲の中ではとても有名な曲の一つである。C.A.ブラッコという作曲家が作曲した曲で、美しい旋律とめまぐるしく変化するテンポや調性、マンドリンオリジナルの合奏曲ということで奏太たちが今まで演奏してきたポピュラー曲に比べて難易度もかなり高いが、聞き応えのある人気曲である。
“マンドリンの群れ”というなんとなく曲調のイメージの湧きにくいタイトルに若干ざわついていた奏太たちも演奏録音を聴くうちにだんだん曲にのめり込み、曲を聴き終わる頃にはワクワクしていた。
「かっこいい曲ですね!“メリア”みたいな感じでメリハリもあって、俺頑張って練習します!」
そんな奏太を見て、和田はニッコリと笑って答えた。
「奏太くんはやる気満々だね!この後楽譜を渡すから頑張ろうね!難しいよ〜!」
曲を聴き終えると山崎先生が補足をした。
「“マンドリンの群れ”は正直1年生が大半のこのメンバーで演奏するには難易度が高めの曲ですが、県大会をどうしても突破するという2年生の熱意を汲み取り、決定しました。うまく組み立てることができればとても聴きがいのあるものに仕上げることのできる曲です。夏休み中には合奏練習に入れるように頑張っていきましょう。」
「はい!」
山崎先生の言葉に対し、メンバー全員で声を合わせて返事をした。
こうして県大会に向けて“マンドリンの群れ”の練習が始まった。
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「…それじゃ、パート決めしよっか!」
「え?」
マンドリンの群れが配られて最初の1stパート練習、和田の言ったパート決めという言葉に1年生たちは思わず聞き返してしまった。
「僕たち1stパートじゃないですか。パート決めってどういうことですか?」
「あ、そっか、言い方が悪かったね!ほら、ここ見て!」
敦が首を傾げて尋ねると、和田はクスクスと笑って答えると、楽譜を指差した。
「え?あー!音が二つある!ここ、トレモロですよね?こ、これどうやって弾くんですか!?」
和田の指差したところには縦に二つの音が書かれていた。マンドリンでは単音では和音や重音を弾くこともあるが、トレモロでは基本的に和音は弾かない。
「そう!こういうのを“声部分け”って言うんだけどね、1stの中でさらに二手に分かれて演奏するのよ!だから今から上か下を決めるわよ!私はコンミスだから基本的に上を弾くけど、1年生の中で上を弾くか下を弾くか決めてもらうわ!」
「声部…分け?つまり、和田先輩と同じパートを弾くか、もう片方を弾くかで分かれるってことですか?」
「そう!だから演奏に自信ある人が下パートに1人はいてくれるとバランスが取れるかな〜!下パートになった人が私の隣で最前列で演奏してもらうから!」
和田はそう言って1年生全員をみた。
「演奏に…自身ある人…!」
奏太はかみしめるように和田の言葉を反復した。
「最前列での演奏…!」
“最前列”というプレッシャーに奈緒は少し怯んだ。
メンバーをどう分けるかで演奏のバランスも決まる、1年生たちは自分がどちらのパートを弾くかを決めるため、相談を始めた。
そして、しばらくして上パートを「和田・奈緒・敦」が、それ以外のメンバーが下パートを演奏するということに決まった。和田の隣で演奏するのは奏太に決まった。
パート決めの後は、楽譜を一通りみて、パート全体で練習計画を立てた。
「すごく難しそうですね…!これはしっかり練習しないと…!」
「音たかーい!これ何?レ?」
「それはミだね〜」
「すごく速そう…」
1年生のメンバーたちは楽譜を見て口々に感想を述べた。そうしたことを聞いて、和田は全体をまとめた。
「それぞれ難しいところはあるけど、一つずつ潰して行こう!今から練習がんばろうね!こんなパートリーダーだけどみんなよろしくね!」
こうして県大会に向けた1stのパート練習が始まった。
作中でも説明しましたが、そういえば奏太たちの学年が西田高校の何期にあたるのか決めていなかったなあと思い、64期にしました!正直この数字にそんなに意味はないんですが、後に進級とかすると○年生呼びでは色々と不便だと感じたため、決めました。今回から部活を引っ張っていく現2年生(2022年時)は奏太たちの一つ上の学年なので63期部員というわけです。
また、今回登場した楽曲“マンドリンの群れ”はこの小説のタイトルの由来にもなった楽曲で、この曲のタイトルをもじって小説タイトルにしたつもりだったのですが、和訳の仕方によっては“マンドリニストの群れ”と訳されることもあるため、同名タイトルみたいになっちゃってます(笑)
県大会に何を選ぶかかなり悩んだんですが、奏太たちにとって初めて演奏するマンドリン合奏曲としてふさわしいと思い、この曲にしました。
マンドリンではトレモロの重音は演奏する事がないとの話がありましたが、厳密にいうと、独奏など重音でトレモロすることもあります。ただ、合奏などでは基本的に本編で説明があったようにパートを分けて対応します。
今回の引用楽曲は以下の通りです。
・小交響詩「マンドリンの群れ」("I Mandolini a congresso!" pezzo sinfonico)(Calogero Adolfo Bracco=C.A.ブラッコ/1860~1905:イタリア)
参考音源
https://youtu.be/rjaQgo_uOWw




