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マンドリニストの群れ  作者: 湯煮損
第10章「新たなスタート」
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第60話「根本的な問題」

「今のままじゃ無理ってどういうことですか?」

 高橋の思いの外厳しい一言に敦は少し呆気にとられていた。

「もちろんそのままの意味だよ。根本的な問題を除去せず、今の状態のまま続けてもハルハルの負担は減らないということさ。」

 高橋はそう静かに答えた。

「なるほど、つまり平山さんの意識を変えないといけないということですか?」

 高橋の説明を受けて敦が相槌を打つと、すかさず高橋が訂正した。

「いや、変わらないといけないのはむしろアミンの方だ。」

「えっ?山口先輩の方ですか?」

 その意外な内容に敦と奏太はギョッとした。その横で美沙だけは納得したような様子でいた。

「その顔、ミサミサは意味がわかるね。」

 高橋は美沙の顔を見て言った。美沙は高橋に言われて落ち着いて答えた。

「はい。なんとなくですが。」

「えっ!?紺野さん!どういうことだ?俺たちにも説明してくれよ!」

 奏太が尋ねると、美沙は頷いて説明を始めた。

「うん、はるかちゃんは音楽初心者でね、コントラバスが初めてなの。それでパート内に同期はいない、同じパートの先輩も杏実先輩だけでその先輩は中学の頃からコントラバスをずっとやっててものすごく上手。自分が1ヶ月個人練して弾けなかったものを先輩は1日で弾いちゃうとどうしても申し訳なくなってきちゃうって。」

「そうだな、アミンはコントラバス歴が長く、弾けなかった頃の記憶が薄い、だから教えるのがあまり上手くないんだ。中学の頃の経験からコントラバスが学年1人ってのにも慣れてるからハルハルの感じている心細さにも気づけていないんだ。」

 高橋の説明した通り、山口は高校でマンドリン部に入る前、中学でも吹奏楽部のコントラバスパートにいた。当時から学年1人で演奏してきた経験がある。

「なるほど…つまり平山さんの気持ちをそれとなく山口先輩に伝えて山口先輩がそれを理解した上で教えないと問題は解決しないということですか?」

 高橋の説明を聞いて敦がまとめると、高橋は静かにうなずいた。

「そうだな、そういう方法でもいいと思う。とにかくハルハルの心細さを解消した上でないと練習してもあまり効果は望めないと思うぜ。」

 高橋の助言をもとに3人は遥花の抱える問題を理解し、改めて解決策を考えることにした。




 高橋の助言を受けて、奏太たちは遥花の様子を見に行った。すると音楽室の外で杏実と共に練習をしている様子だったので気づかれないようにあえて音楽室の中から様子を伺うことにした。

「高橋先輩が杏実先輩はあまり教えるのが上手くないって言ってたからどんな感じか先輩が教えている様子見てみよう。」

 美沙はそう言って二人のパート練の様子を伺った。


「ハルカちゃん!1年生合奏の曲はどう?」

 杏実は眺めながら優しく尋ねた。それを聞いて遥花はしょんぼりして答えた。

「ごめんなさい、正直楽譜から全くイメージが湧いてこなくて…苦戦しています。」

「湧いてこない?」

「ええ、マンドリンとかだとメロディを弾いているからわかりやすいですけど、コントラバスの音は原曲を聴いてもいまいちイメージが湧いてこないんです。」

 遥花はそう説明すると、ぎこちなく楽譜に書いてある音をさらってみた。それは演奏と言うより音を鳴らしてみただけというように聞こえるようなモノで、音価 (=音の長さのこと)などは全く合っていない。遥花の言うとおりコントラバスパートは多くの場合ベースラインやルート音をなぞるなど、メロディとは異なる動きが書かれていることが多く、楽曲として必要な音であることには変わりないのだが、曲のメロディ中心に聴く聴き方をしていると、特に初心者の頃はイメージが湧きにくいパートであるのだ。

「あー確かにそうね。まあでもとりあえず書いてある通りの長さで弾いてみると自ずとイメージは湧いてくるよ!原曲を聴いたり同じ動きをしているのを聴いてそれに合わせたりするのも手かなあ。」

 遥花にとって山口のアドバイスは正直あまり意味がなく、顔を下げたまま続けた。

「でも1年生合奏では先輩も一緒じゃないですしもう明日から練習が始まります。同じパートの人が他にいないと怖くて音が出せないんですよ…」

「…怖いか〜、そうね。確かにその気持ちもわからなくはないけど…でもね、まだ最初だし間違えても誰も気にしないからとりあえず音を出してみることが大事だよ。今のうちにその怖さは克服しないと後々苦しくなってくるからね。」

 “怖い”という遥花の言葉を聞いて山口は冷静に返した。はたから聞いていた美沙たちには少し冷たい印象を与えた。実際遥花は小さい声で返事をして完全に塞ぎ込んでしまった。

「…確かに杏実先輩の教え方ちょっとあれだね…間違ったことは言ってないけど…初心者のはるかちゃん的にはああ言われてもちょっと困っちゃう気が…」

 二人のやり取りを見ていて美沙たちは呆気にとられた。





 次の日から1年生合奏の合奏練習が始まった。2年生の先輩が全く入らない合奏をするのは初めてになる。奏太たちは昨日の遥花の様子を見ていたため、そちらを気にしつつ演奏をした。1年生だけとはいえ、楽譜の配布から個人練習の時間は1ヶ月くらいあり、練習は割とじっくりしてきており、初回ということもあってテンポも落としていたので、多くのパートのメンバーは音を出すことについてはある程度満足にできている様子だった。それを見ながら学生正指揮者の中川が指示を出したり、直したりする。

「うん、大体音はだせてますね。しっかり練習できていて感心します。まずは自分がメロディを弾く時は少し主張する感じでお願いします。」

「はい!」

 中川のアドバイスを聞いて奏太たちは元気よく返事をした。


「問題は、伴奏ですね…メロディと違って分かりにくいから時々自信なさそうに聞こえてくるところがあります。合っていますから自信を持って音量を出してください。」

 中川はそう言って伴奏をしている低音系の方を見た。

「まず、コントラバス。1年生だけで合奏するの初めてだし他にメンバーがいないから緊張するのもわかるけど、とりあえず音を出してみよっか、今は一度も音を出せずに楽譜を眺めているだけになっちゃってたから。先輩に教えてもらいながら練習しないと時間も限られているからね。」

 中川はそう言って腫れ物に触るように恐る恐る遥花に指摘した。遥花は相変わらず申し訳なさそうな決まりの悪い顔で俯いてしまった。美沙は振り返りながらその様子を心配そうに眺めた。奏太も遥花の方を気にして美沙と顔を見合わせた。

「あと、チェロ。ベースラインによく似た動きで合奏を下から支える土台のような役割を持ってるからもっと欲しいな。リズムは取れてるから自信持って。」

「はい!」

 美沙は中川のアドバイスを聞いて元気よく返事をした。何かに気づいたのか少し表情が明るくなった。その表情の変化を奏太は見逃さなかった。



 その日の練習が終わった後、部室で自主練の準備をしていた奏太のもとに中川がやってきた。

「練習お疲れさん!1stいい感じだな!あの調子で頑張ってな!」

「え?ありがとうございます!」

 奏太は突然褒められたのを呆気に取られたが喜んでお礼を言った。すると、

「中川先輩!」

「ん?」

 見ると、中川を呼んだのは美沙だった。彼女は中川の元まで駆け寄った。

「1年生合奏の総譜見せてくれませんか?」

「総譜?いいけど…」

 中川はそう言って楽譜を手渡した。美沙は総譜を受け取ると素早くパラパラとめくり、その後ニコッと笑って呟いた。

「うん!やっぱり…!」

「どうしたんだ?紺野さん!」

 奏太は状況がよく理解できず、美沙に尋ねた。美沙は笑顔で答えた。

「はるかちゃんが練習をしやすくなる方法がわかったの!」

「えっ!?」

「総譜」とは、全パートの動きが一つの楽譜に収まっているもののことを指します。

合奏では個人が持っている楽譜は自分のパートの動きだけが書いてある「パート譜」であることが多く、「総譜」は主に指揮者や指導者が使います。演奏者もわかりづらい動きのところや他のパートの動きを確認するときにこれを確認します。

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