表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マンドリニストの群れ  作者: 湯煮損
第9章「先輩たちの全国大会」
67/357

第58話「次の目標」

 その日の夜は真面目な話のあと、トランプをして終えた。敗者は自分の好きな人を発表するというペナルティがあったため全員が本気で取り組んだ。奏太は自分が負けないようにしつつも、恋愛相談協定を結んでいる奈緒のため、糸成を負かせるように仕向けようと頑張ったが、うまくいかなかった。


 罰ゲームを提案した言い出しっぺの高橋が負け、小野と付き合っていることが正式に発表されたが、露骨すぎてもはや全員察していたのであまり興味を示さなかった。




 翌日は大阪滞在最終日となったが、西田高校マンドリン部は毎年半日間の大阪自由旅行時間が与えられている。短い時間ではあったが、奏太たちは1年男子で大阪の街を探索し、道頓堀でたこ焼きを食べた。


 そして午後2時ごろ、宿に戻って荷物をまとめ、バスに乗る時間がやってきた。遅刻が心配された大喜も奏太たちと共に行動していたため時間に間に合い、この日は予定通りに大阪を出発することが出来た。こうして奏太たちは大阪を後にした。


「来年、また来れるように頑張らないとな。」

 バスの座席で糸成が奏太に言った。

「ああ、これからは2年生と俺らでやらなきゃいけない。先輩たちがつないできたものをしっかり次につなげようぜ。」

 奏太もそう言って気合を高めた。この日は自由旅行に備えて前の日に早く寝ていたこともあって朝から元気な部員たちだったが、4日間の疲れが出てきたのか、移動の後半になるとほとんどの部員が寝ていた。学校に到着する頃には起きていたのは高橋だけで、彼も無言でイヤホンを耳につけて音楽を聴き、じっと何かを考えるように遠くを見つめていた。


 学校に着くと、積み下ろしを行い、音楽室に戻った。たった3日あけただけなのにずいぶん久しぶりに帰ってきたような感覚だった。それだけ大阪で見たり聴いたりしたものが濃かったのだと言えるだろう。


 片付けを終えると、音楽室の椅子に集まって座った。それぞれ疲れてはいたが、この大会を総括する時間、真剣に聞く態勢を全員がもっていた。



 部長の高橋が前に出て、話を始めた。

「いやぁ〜!みんなお疲れ様!この4日間の遠征は本当に濃かったと思うよ!俺も久々に音楽室に着いたらどっと疲れが押し寄せてきたよ!今から、部長としてちょっと話をするけどなるべく短く済ませるつもりだからしっかりと聞いてね!」

 高橋はいつものような軽いノリで挨拶をしてから全体の表情と後ろに立っている山崎先生の顔を見てから真剣な表情になって話を続けた。

「正直今回の大会はすごく不安でした。去年あれだけ頑張って、いい感触だったのに特別賞を逃した、あの経験がすごく大きなものとして自分の中にあってこの部活を来年引っ張っていく部長という立場に立つのが怖かった。同じ失敗はできない。みんなの代表としてやっていく上で責任みたいなものが重くのしかかっていて心理的にはかなり追い詰められていました。」

 高橋はいつにも増して真剣な表情でこれまでの心境を告白した。

「でも、部長として切羽詰ってる感じになるのは嫌だったからこの1年間はとにかく明るく振る舞うことに努めていました。特に1、2年生みたいな後輩に俺たちの個人的な緊張感を必要以上に押し付けたくなかった。だから時々緊張感がなく見えたりうざく感じたりした人もいたかもしれない。それに関しては本当に申し訳なく思っています。しっかりしなきゃいけない部長という立場を自分が完璧にこなせていたかどうかは、俺自身では判断できません。」

 高橋はそう言っていたが、誰もそんなことを思ってはいなかった。彼は部長としてこれ以上ないほどにこの部活を支えていたからだ。高橋は話を続ける。

「でも、今年は特別賞を取れました。これはみんなで勝ち取った賞です。去年は成し遂げられなかったけど今年またこうして4位を獲れたのは本当に嬉しいことです。みんな本当によく頑張りました。」

 高橋はそう言って賞状をもう一度全体にかざしてから側においた。

「とはいえ、俺たちがもともと目指していたのは1位です。今年は獲れなかったけどこれからはここにいる1、2年生のみんながまた来年の全国大会に向けて頑張ると思います。君たち自身で次の目標を決めてその達成に向けて頑張ってください。3年生はこれでおしまいだけど西田高校マンドリン部はまだまだ続いていくはずです。これからのみんなの活動に期待と精一杯の応援の気持ちを込めて部長としての役目をおわらせていただきます。」

 高橋はそう締めくくると深々とお辞儀をした。一同からは盛大な拍手が漏れた。「部長として本当に楽しかったです!みんなありがとう!!」

 高橋は顔をあげた後最後にこう付け加えてからもう一度長く頭を下げた。彼は目にうっすらと涙を浮かべていたが、わざと全体からは表情が見えないほど頭を下げていたため、気づいたのは小野だけだった。小野は拍手をしながら無言で表情を緩めると、自分も目に浮かんだ涙をちょっと拭いた。

 高橋が話を終え、席に戻ると、山崎先生が全体の注目を集めてから改めて話を始めた。




 山崎先生は全員の顔、特に3年生の顔を中心に確認してから話し始めた。

「皆さん、本当にお疲れ様でした。高橋くんからもあったように3年生の皆さんは、去年の結果を受け止めた上で、同じようなことにはしたくないと強く思って、頑張った結果の4位だったと思います。先生としても今回の結果には安心しましたし、私自身とても嬉しかったです。皆さん本当にお疲れ様でした。」

 3年生の先輩たちは特に真剣に先生の話を聞き、その言葉を噛みしめた。

「毎年のことですが、この部活は学校でも一番引退が遅く、周りが受験勉強に集中し始める中で、不安感を感じていた人もいたことでしょう。」

 受験と聞いて、一部の3年生は苦笑いした。


「でも、今日までの皆さんの頑張りが大会でこうして実った。その集中力と根性は必ず受験勉強に活きてきます。これから大変だと思いますが、今までの先輩たちもここから結果を出してきました。ぜひ受かった自分を想像して頑張ってください。」

 先生はそう一度話をまとめると、今度は1、2年生の顔を見て話を続けた。

「さて、そして明日からは1、2年生が中心になって演奏をしていきます。今年は2年生が少ない分、1年生のサポートが大きな鍵となります。2年生は1年生の練習をしっかりと支え、1年生は2年生をしっかりとサポートしてください。」

 先生の話を聞いて、1、2年生は大きな声で返事をした。


「皆さんが次にどんな目標を立てるかはまだわかりませんが、1位を目指して頑張ってきた結果が今年の4位でした。次も演奏をとにかく頑張らないと目標はそう簡単には達成できませんよ。」

「うっ…」

 珍しくチクッとした山崎先生の言葉を聞いて、1、2年生は苦笑した。


「水島さん。」

「は、はいっ!」

 突然名前を呼ばれて水島は思わず返事をした。

「2年生の中で、次の代の目標を決めておいてください。1年生はそれに従う形にはなってしまいますが、部活として全体の方向を固めることは大事です。」

 山崎の説明を聞いて、水島は威勢よく答えた。

「はいっ!もう決めてあります!去年と同じく全国1位です!人数の少ない代ではありますが、例年と同じ目標で頑張らせてください!」

「そうですか。ではこれまで以上に頑張らないといけませんね。明日から早速県大会を見据えて準備をしていきましょう。」

 山崎先生はニッコリと笑ってそう返した。


 こうして部長の高橋と顧問の山崎先生の話でこの日は解散した。2022年の全国大会が終わり、3年生15人が引退した。翌日からは次期部長である水島を中心とした2年生の代が幕を開けるのだ。

 今回で3年生の引退となりました。出番の多かった小野や高橋などと比べ、名前が出て以降あまり活躍の場面がなかったキャラクターが多かったのが残念でしたが、3年生という非常に大きい存在がここで一旦退場となります。3年生の中には名前すら出てない人もいましたが、今後何かしらの形で出番が用意できればいいなと思っています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ