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マンドリニストの群れ  作者: 湯煮損
第9章「先輩たちの全国大会」
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第57話「報われた3年生」

 大会史上初となる2連覇を成し遂げ、3連覇目を狙っていた龍門中学高校がまさかの2位、驚きの結果に会場全体の視線がステージに集まる中、ついに優勝校、文部科学大臣賞の受賞校が発表された。


「18番、覇英(はえい)高校です。」



 結果発表に覇英の生徒の歓声が巻き起こる。

「…覇英?」

「覇英高校なんて聞いたことないわよ…!?」

 小野は慌ててパンフレットをめくる、そして演奏順18番のところを確認し、驚いた。

「…は、初出場!?」


 そう、覇英高校は今回初出場を果たした学校であった。そのため、名前も全く知られておらず、ほとんどの観客はマークしていなかった。事前に全く話題に上っていなかったからこそこの結果はあまりにも衝撃的だったのだ。

 覇英高校が賞状を受け取っている間、結果に呆気にとられて会場のほとんどはぽかんとしていた。1つに、龍門が優勝を逃したということ、次に、その龍門より上手い演奏をした学校があったということ、さらにこの発表によって同時に篠ノ咲高校が特別賞を逃したということが明らかになったこと、覇英高校という初出場の学校が優勝を果たしたこと、あまりに波乱な結果に驚かない訳が無い。


「…初出場で1位って取れるもんなんですか!?」

 奏太が小野に尋ねると、小野も混乱しながら答えた。

「…そりゃ仕組み上は取れるでしょうけど、初出場だなんて過去の演奏も聴いたことなくて未知数の実力で優勝できるなんてそうそうあるもんじゃないはずよ、覇英高校…私たちの2つ後だったから演奏聴けてないけど相当インパクトのある内容だったんでしょうね…!!」

 そう、18番ということは西田の2つ後、この時間は写真撮影をしていて演奏を聴いていなかったため、覇英高校の演奏がどれほどのものだったのか全く分からないのだ。

 こうして2022年度の全国大会は衝撃的な結果で幕を下ろしたのだ。




 結果発表の後はエンディングテーマとして合唱があった。代表校のマンドリン伴奏に合わせての合唱で編曲は審査員の作曲家が担当している。各学校空き時間等に歌の練習をしており、良い成績を修めた学校は特に大きな声で歌う。西田高校も肩を組んでご機嫌で歌っていた。

 歌の後は解散となり、西田高校の生徒たちはロビーに向かい、舞台から戻ってきた高橋と三吉を迎えた。

「お〜!みんな!トロフィー持ってきたぞ〜!」

 高橋はトロフィーを持ち上げてニッコリと笑った。

「今覇英のCD買おうと思って物販に行ったけどもう売り切れてたよ〜」

 三吉が苦笑いして言った。

「私が買っておきましたよ。後でかけますか。」

 三吉の後ろから声をかけたのは山崎先生だった。

「えっ先生!本当ですか!?」

「ええ、どうせ特別賞CDに収録されますが、皆さんなるべく早く聴いてみたいでしょうから。」

 山崎はそう言って微笑んだ。

 「じゃあ、みんな!今年は去年獲れなかった特別賞を獲ることができました!本当によく頑張りました。3年生のみんなは去年の雪辱を晴らすために本当に頑張ったと思うし、2年生のみんなはそれによく着いてきてくれました。そして1年生のみんなも自分のことのように心から応援してくれて僕らは本当に頑張れました。みんな本当にありがとう!」

 高橋は改めて今日の賞について振り返り、お礼を言って深々と頭を下げると、最後に付け加えた。


「でも、忘れてはいけないのが…」

 高橋は振り返って続けた。

「山崎先生!先生の手厚いご指導のおかげで僕たちはここまで来れました!今までのご指導本当にありがとうございました!」

 高橋のお礼に続いて生徒たちも全員でお礼を言った。山崎先生はそれを聞いて少し照れながら答えた。

「こちらこそ皆さんととてもいい演奏ができて嬉しかったです。去年のこともあって3年生の皆さんは特によく頑張りました。今日はそれが報われたと思います。」

 山崎先生はそう言って3年生全員の顔を見回して微笑んだ。

 会場での話を終え、西田高校の生徒たちはバスに乗り込んだ。こうして西田高校の生徒たちは会場を後にしたのである。




 大会2日目の夜、夕飯では盛大に乾杯をし、緊張感の抜けた様子で楽しく語り合った。

 そのあと入浴や歯磨きなど身支度を済ませ、奏太が自分の部屋でゆっくりしていると扉を叩く音がした。

「おーい!ソウタ!」

 扉を開けるとそこには高橋が立っていた。

「高橋先輩!どうしたんですか?」

「おう!今から俺の部屋で男子会をやろうかと思うんだがこないか?マンドリン部男子会in大阪だ!」

 高橋がそういうと、後ろについていた山下が指摘した。

「“in大阪”って言っても今回が初めてだけどね。」

 男子会と聞いて奏太は目を輝かせ、

「行きます!」

 と返事をして、自分の部屋を片付けた。

「おけい!じゃあ俺はほかの1年男子ズに声をかけてくるから準備ができたら部屋の前で待っててくれ。」

 高橋はそう言ってニッコリ微笑むと隣の部屋のドアをノックしに行った。

ー3年生の先輩たちとはしっかり話ができる最後の機会。楽しまないとな。

 奏太はそう心の中で思い、準備を終えたら扉の外に出た。




 高橋が声をかけ、男子は全員男子会に集まった。全員が部屋の中にいるのを確認すると、高橋は話を始めた。

「さて、昨日今日と大会で慌ただしくて大変だったと思うけど、みんなどうだった?」

「覇英、やばかったですね。」

 中川が答えた。そう、自分たちの演奏の直後だったため、優勝した覇英高校の演奏は生で聴けていないが、山崎先生が録音CDを買ってくれていたため、会場からホテルまでのバスの中で録音を聴いていたのだった。その演奏はやはり龍門にも引けを取らない立派なものであった。演奏を聴いてからは彼らが優勝したというのも思わず納得をしてしまったのだ。

「そうだな、さっきちょっと調べてみたんだが、覇英高校のマンドリン部は少し前までは県大会も突破できない弱小校だったらしい、しかし3年前に顧問が交代してその指導力でめきめきと演奏技術を上げて県大会、地方予選を突破、ダークホース的な存在で地元のマンドリン界ではちょっとした話題になっていたらしい。」

「たった1人の顧問の先生の力で…そんなにすぐ変わるなんて、末恐ろしい。」

「そうなるな、だから場にいたほとんどの聴衆が覇英高校を知らなかったわけだし。まるで漫画みたいな話だよ。」

 高橋はそう言って腕を組んだ。

「曲も初めて聴く曲でしたよね。下手したら審査員も知らないような曲を大会でやるなんて審査の仕方が難しくなるし普通は不利になると思うんですが…」

 中川の分析を聞いて高橋が答えた。

「そうだな、でもあの学校が演奏した曲は作曲者名はペンネームこそ使ってはいるがその顧問の先生が作曲した曲らしい。調べたら本名が出てきた、指揮者の名前と一緒だったからな。」

「…大会のために作曲までするなんて…それで優勝してしまうなんて本当に恐ろしいですね。」

「ああ、まさに前代未聞だよ。大会の過去に優勝した団体の演奏曲や生徒一人一人の得意不得意をを分析し、審査で受ける要素をうまく組み込んだみたいだな。それで破綻しないんだからすごい構成力だよ。」


 男子会といいつつほぼ高橋と中川の会話になっていた現場だったが、ほかのメンバーも話を聞きながら覇英高校の話について衝撃を受けていた。覇英高校、凄腕顧問のもと、まさに大会で勝つための演奏をする学校、とんでもない学校がいるものだと奏太たちは思った。

マンドリン合奏の大会で「合唱」なんて意外と思うかもしれませんが、全国大会のエンディングテーマというのは本当に存在します。実際にも会場全体で歌を歌います。自分はこの曲を笑顔で歌えるために大会でいい成績を目指すという気持ちもあった気がします。


また、名の知れていない学校の突然の優勝に呆然とする会場。

作中で述べられていたように本来審査員にも知られていないような曲を演奏するのは不利になります。(マンドリンの全国大会では審査員は楽譜を見ませんので)知らない曲だとどこを見るかという観点が曖昧になります。すると、審査員の審査の精度も下がるというわけです。そのため、選曲もあまり飛び道具的なものを選ぶと案外刺さらないということが起きます。選曲も奥が深いのです。(もちろん知られていない曲をものすごいインパクトで演奏し、審査員を力技で納得させて1位を取ったというケースも過去にありますし、コンクールは本当に水物です。)

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