第54話「大人顔負けの学生団体」
午後の部が始まり、引き続き様々な学校が演奏をした。午前の部は昨日の夜更かしの影響でほとんどしっかり聴けていなかった奏太たちだったが、今度は食後という理由でまた寝ぼけながら演奏を聴いていた。ボンヤリしている奏太に横から中川が声をかけた。
「おい、ソウタ!今から龍門の演奏始まるぞ。」
龍門と聞いて、奏太は慌てて目を覚ました。
「えっ?もうですか!?」
慌てて飛び起きた奏太を見て、中川は呆れて答えた。
「そりゃもう午後の部始まって結構経ってるからな。」
奏太以外の多くの1年生の生徒はいくら優勝大本命の龍門の演奏といえど、眠さに耐えきれずまだ寝ぼけている様子だった。
「プログラム50番。東京都、龍門中学高等学校。アレクサンドル・ボロディン作曲、歌劇“イーゴリ公”序曲。」
アナウンスにより、これまでのように演奏曲名が読み上げられ、指揮者が指揮台にのぼる。演奏者たちは緊張しているそぶりを全く感じさせない堂々とした態度で指揮者の方を見て、指揮者の合図に合わせて楽器を構える。そして、指揮者がゆっくりと指揮棒を持ち上げ、演奏が始まった。
演奏の内容は凄かった。これまで聴いてきた様々な学校のどの「凄さ」とも違う「凄さ」だった。篠ノ咲中学高校のようなものすごい集中力と緊張感から来る迫力のある演奏というわけでも郷園中学高校のようなズレのないピッタリと合った演奏というわけでもないが、感動する、心に強く迫るものがあるのだ。楽曲の内容も相まっているのだろうが、序曲という形式に沿って様々な場面を詰め込んだ楽曲の転換に合わせて適切に雰囲気を変える演奏、その切り替えが絶妙で聞き手の心を強く打つ。楽曲冒頭の不気味なトレモロの伸ばしからきちんと聴き手の心を掴む。迫力ではなくジットリとした雰囲気でもって掴むという力が流石だ。そうして掴んだ心を次のテンポの速い場面への素早い転換でしっかりと引き込み、華やかな場面やじっくりと歌い込む場面で強く魅了する。特にこの盛り上がる場面では先ほど寝ていた1年生たちも目を覚まし、目の前で起こっている出来事に目を奪われていた。
奏太もこの演奏には衝撃を受け、曲が終わりを迎える頃には眠気が完全に吹き飛んでいた。演奏が終わると、あちこちから感動のため息が漏れ、会場は大きな拍手に包まれた。
龍門の演奏の後は休憩になった。この休憩が開けた後の2日目第4部はこの大会の最後の部となる。演奏の衝撃が抜けきらないを見て、中川が声をかけた。
「おい、奏太!どうした?随分気が抜けちまってるみたいだけど。」
奏太は中川に言われてようやく意識を取り戻した。
「はっ、す、すみません。今の演奏がすごすぎて驚いていました。」
「ははは、龍門は今年も本当にバランスがいい演奏をしていたな。1音に至るまでしっかりと考えが巡らされていて、確かな歌心でもって演奏をしていた。郷園や篠ノ咲があくまでも“とてつもなく上手な学生団体”なのに対してあの学校は本物、大人顔負けの内容だった。楽曲の内容と要求に対して圧倒的な説得力でもって会場を震撼させていた。」
中川の言う通り、郷園がぴったりと合わせることに集中し、篠ノ咲が迫力と集中力で演奏を組み立てているのに対し、龍門の演奏はまさに正統派。全体的な質のバランスがよく、偏りなしに全ての内容がしっかりと整った完璧な演奏と言った印象だった。
周りを見ると、他の1年生の生徒たちは目を覚ました途端に凄まじい演奏が目の前で繰り広げられていたという事実に感情が追いついていないと言う様子だった。奏太はそんな同級生をじっと見てから、
「でも、それを超えなきゃ優勝はないんですよね。」
と、呟き、真剣な表情で会場を眺めた。横で中川はニヤリと笑って答えた。
「当然そういう事だ。」
これまで郷園や篠ノ咲に感じてきた衝撃以上のものを龍門に感じた奏太だったが、全国優勝への気持ちは強まるばかりであった。
休憩の後は全国大会最後の部となる2日目第4部が開催され、10校のマンドリン部とギター部がそれぞれ演奏した。いずれも全国出場という事でまずまずの演奏だったのだが、第3部最後に龍門中学高校の演奏を聴いてしまったためか、どうしてもインパクトは弱く感じた。
そして、最後の学校の演奏が終わり、ついに閉会式、審査結果の発表がやってきた。ステージには各学校の部長・副部長、さらに今回の審査員や係員の方々が一挙に並んでいる。
審査結果の発表はまず努力賞・優良賞・優秀賞の発表がある。これは吹奏楽部でいう銅賞・銀賞・金賞のようなもので、全ての学校の審査結果に応じて20校ごとにその学校の演奏がどの段階に該当するかを決める。この後発表される特別賞を獲得するためには、ここで優秀賞を獲得していることが不可欠である。
「いよいよですね、先輩!」
「うん、優秀賞を取らないとね。」
奏太が小野の顔を見て言うと小野は落ち着いた顔で答えた。
「プログラム1番…」
アナウンスがそれぞれの賞についての説明をし、演奏順に基づいて賞を発表していく。
「努力賞。」
1番目の学校と2番目の学校はいずれも努力賞であった。そして…
「3番、篠ノ咲中学高等学校…」
迫力満点の“細川ガラシャ”を演奏した強豪校、篠ノ咲高校の番だ。
「…優秀賞。」
アナウンスの発表と共に歓声が上がる。ステージでは篠ノ咲高校の部長と副部長が賞状を受け取り、歓声の上がった方を向いて笑顔を見せていた。
60校もの学校がある為か、発表は速いペースで進んでいく。そして…
「16番、西田高校。」
西田高校の番が回ってきた。
今回の楽曲引用は以下のとおりです。
・「歌劇「イーゴリ公」より“序曲”」(Prince IGOR “Overture”)はAlexander Borodin=アレキサンドル・ボロディン/ロシア:1833-1887)が作曲したオペラです。
吹奏楽などに編曲されることも多いので知っている方も多いかも知れません。マンドリンでも上級のレパートリーの一つとして度々演奏されており、実在する全国大会でも演奏される機会が多いです。データが確認できる過去の大会の優勝回数が唯一2回と多いということで今回絶対王者 龍門 の演奏曲に選びました。
参考音源
●原曲
https://youtu.be/6w3VlUwO4lk
●マンドリン編曲版(編曲者により細部は異なる場合があります)
https://youtu.be/SFMujCtt5Do




