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マンドリニストの群れ  作者: 湯煮損
第9章「先輩たちの全国大会」
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第51話「ズレのない演奏」

 西田高校マンドリン部は全国大会の演奏を終えた後、会場である文化会館の屋外にある公園で団欒の時間となった。

 この時間は演奏が終わったばかりの先輩たちとそれぞれ好きに語り合ったり写真を撮ったりする時間で、緊張の抜けた先輩たちは肩の荷が下りたように高いテンションだった。奈緒は先ほどの演奏の感想を3年生副パートリーダーの三河彩花に言った。

「先輩!さっきの演奏本当によかったですよ!私感動で涙出てきました!」

 三河はそれを聞いてニッコリ笑って答えた。

「ありがとう!緊張したけど楽しかったよ!写真とろ!」

 三河は1stのメンバーで最もユルく、奈緒からは特に懐かれている。

「ありがとうございます!先輩大好きです!」

 奈緒は喜んで写真に三河と共に写真を撮った。

 奏太は先輩たちの満足そうな表情を見ながら小野に聞いた。

「先輩お疲れ様です。先輩たちの演奏をホールで聴いたの初めてだったのでとてもカッコ良かったです!どうでしたか?」

 小野はニッコリ笑って答えた。

「ありがとう。演奏前はみんなえげつないほど緊張してたけど演奏はあっという間で今はただ終わっちゃったことが信じられないくらいだよ!」

 それを聞いて、奏太は驚いて返した。

「先輩方が緊張するなんて想像もつかないです…。僕らも来年そういう感じで本番をむかえるんでしょうか…」

「あはは!そりゃ私たちだって緊張くらいするよ!そうだね、これからは君たちが和田ちゃんを支えてあげる番だからね。期待してるよ〜未来のコンミス!」

 小野は笑って答えた。

「ちょ、それまだいじるんですか!?」

 奏太はコンミスと言われて苦笑いして返した。そんな二人のもとに高橋がやってきて手招きした。

「ん?私?」

「いや」

 小野が反応すると、高橋は首を振って奏太の手を掴んだ。

「ソウタ!あっちでマンドリン部男子写真撮ろうぜ!」

「あー!なるほど!そうだね!ソウタくん行っておいで!」

 高橋に手を引かれ、奏太は他の男子たちのもとに合流した。

 そこには3年生男子4人、2年生男子2人、1年生男子5人が集まり、一緒に集合写真を撮った。全学年で揃って男子写真を撮るのは初めてだったため、奏太は少し嬉しかった。

 男子写真を撮り終えると、高橋が男子全員に言った。

「そいじゃこれで俺たち3年生はこれで引退だ。これからはマンドリン部男子は7人になる。一時はサトシが学年男子1人になるかと心配もしたが、来年以降はもっと安定して男子を勧誘してくれ!7人これからも仲良くな!先輩からは以上だ!」

 高橋が話し終えるのを待って、他の女子たちが高橋に写真を撮るように求めた。

「はは、さすが人気だな部長。」

 横で山下も笑うと、1、2年生に向けて言った。

「まあそういう訳だから、マサノリが戻ってきてくれて、俺としても指揮者の後任が君で安心だし、とにかく、これからも頑張ってな!」

 そんな先輩たちの声を聞いて、奏太は糸成に言った。

「いい先輩たち持ったな」

「ああ、マンドリン部男子、結束していきたいな!」

 糸成もそう答えた。


 しばらくして、トイレから戻ってきた先輩が言った。

「みんな〜!今やってる団体の次郷園だって!」

「え?もう!?」

 郷園中学高校の演奏順は20番目だ。プロ候補の剛田旋も在籍する同じ県出身の強豪校であり、西田高校の生徒たちには特に見ておきたいと思う学校だ。

 糸成が無言で奏太の方を見ると、奏太も真面目な表情をしてうなずいた。

「観に行こう。」


 こうして西田高校の生徒たちは団欒のひとときを終え、再び会場に向かった。





 ホールに戻ると、ちょうど19番目の学校の演奏が終わり、郷園中学高校が入場を終えたところだった。席がまとまって空いている場所に着席し、奏太はステージを見た。

「セン…」

 コンマスの隣に座っている剛田旋を真剣な表情でじっと見つめた。(いくらプロ候補とはいえ、旋はまだ高校1年生であるため、パートリーダーに関しては年功序列で3年生が座っている。とはいえ、楽器を弾いている時間は旋の方が当然長いため、パートリーダーや他の2、3年生にかかるプレッシャーは凄まじい。1年生がサブトップ席に座っていることも十分異例だが。)


 郷園中高のメンバーは中学2年生から高校3年生までが全国大会に出場し、全部で60人ほどいる。最年少は高校1年生の奏太たちよりも若いが、彼らより楽器経験の長い生徒しかいないため、5月の定演の時には奏太に大きな衝撃を与えた。そんな彼らの演奏を再び聴ける。思えば奏太が旋を意識するようになって初めて、彼が一奏者として参加する合奏を聴くのである。(前に聴いた時には最後の曲である協奏曲の独奏者として出てきた時に初めて奏太は彼を認識した。)



 演奏が始まってからは前回感じたことと同じレベルの、だが全く異なる種類の衝撃が奏太を襲った。

 まず、郷園の演奏は相変わらず60人全員の音がわずかのズレも無くぴったりと合っており、見事だ。それを実現できるだけの能力を持った人材が60人も集結しているという事実も信じがたい。しかし奏太が驚いたのはそうではない。このレベルの、そしてこの人数の演奏の中でも剛田旋の音は彼と分かるほど別格なのだ。前回の協奏曲での独奏のように意識的に別パートを弾いているわけでもないのにこれほど旋の音が存在感を持っているという事実は改めて彼の技術の高さを奏太に感じさせたのだ。

「…やっぱりすげえな、あまりにも遠すぎる…」

 彼のあまりにも圧倒的な技術に奏太は思わずため息を漏らした。

 ちなみに奏太自身は気づいていないが、このことに気づいたということはある意味奏太の聴き方が変化したという風にも言える。以前のように演奏の内容にただ圧倒されるだけで無く、ある程度の冷静さを持って演奏を聴けるようになったという点で奏太は自身の成長を感じて良いのだが、彼はこの時喜ぶどころかむしろ自分と旋の差を今まで以上に痛感し、悔しがっていた。


 演奏が終わると、とても大きな拍手が会場を包んだ。奏太も衝撃が抜けきらないままだったが、拍手の音でようやく我に帰り、後から手を叩いた。講評が終わり、郷園中学高校が退場を済ませると第2部の終わりのアナウンスと第3部の開始時刻が告げられ、休憩となった。

 多くの聴衆が演奏の感想を話しながら席を立つなか、じっと座ってパンフレットを眺めている人も一定数いた。プロマンドリン奏者にして剛田旋の父親である剛田正幸もその1人だった。それを見つけて1人の若い男性が声をかけてきた。

「剛田先生!」

「おお!山田くん!久しぶりじゃないか!…君が北海道に転勤になってからだから8年ぶりくらいか?よく大阪なんてこれたじゃないか。」

 正幸はその男性の顔を見て立ち上がった。

「ええ、実は今年また転勤でこっちに来まして、それで久しぶりに高校生の演奏でも聴こうかなって思って…」

 その男性、山田はかつて剛田正幸にマンドリンを習っていた弟子である。山田は転勤について説明した後、続けた。

「すごかったですよ今の演奏!確か息子さんが出てるんですよね?」

「ああ。前と全く変わらないだろ。学校の部活に入ると聞いたときはどうかと思ったがああ見えて本人はなかなか楽しんでるようだよ。」

 正幸はそう苦笑いしながら答えた。


 その話を聞いて山田は笑った後、別のことを尋ねた。

「…ところで娘さんはマンドリン部には入っていないんですか?」

 正幸はそれを聞かれて少し表情を変えると、静かに答えた。

「ああ、あの子はマンドリン部には入っていないよ。今高校受験前だからね、今回は聴きに来ていないんだ。」

 それを聞いて山田は少し意外そうな顔をした。

「へえー意外ですね。受験ってことは郷園の生徒でもないんですね。」

「ああ、センの時はマンドリンに集中できるように中高一貫に行かせたがあの子は兄と同じ中学には行きたくないと言い張ったものだから普通の中学に進学させたんだ。」

「あーそうでしたか。」

「今回も勉強には余裕があるからせっかくだし聴きに来なさいと言ったんだが聞かなくてね。娘の兄嫌いには困ったもんだよ。」

 正幸はそう呟くとため息をついた。

終盤では剛田正幸の教え子、「山田」が出てきましたが、名付けのやる気のなさをみていただければ分かる通りおそらくもう出ません笑

彼は北海道に転勤する8年前まで剛田正幸のマンドリン教室でマンドリンを習っており、旋やその妹の演奏はよく聴いていました。正幸のことを強く慕っており、今でもメール等のやりとりが続いていましたが、今回8年ぶりに再会した模様です。ただ、上にも書いた通り「山田」自体はそんなに重要なキャラではないので多分覚えなくても大丈夫です笑

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