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マンドリニストの群れ  作者: 湯煮損
第1章「西田高校マンドリン部」
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第5話「本気の演奏」

「さて、じゃあ今から今年の全国大会で演奏する予定の曲を披露します。ポピュラーソングとは随分違う曲だけどメンバー全員が本気で取り組んでいる曲だからぜひ聴いてもらいたい。曲名は“メリアの平原にて”です」

 そう言うと山崎先生は振り向いて演奏者に合図をすると演奏の準備を始めた。




 先輩たちの顔つきは先ほどとは全然違った。ポピュラー音楽を演奏していた時の楽しげな表情から一気に真剣になり、その雰囲気に演奏が始まる前から圧倒された。後ろ姿だったが指揮棒を握りしめる先生も真剣な表情であっただろうことは見なくてもなんとなくわかった。

 

 先生は指揮棒と左手を勢いよく左右に突き出して構えるともう一度全員の顔を確認して思い切り振り上げた。

 その後起こったことは全ての新入生にとって大きな衝撃だった。


 先生の指揮棒とともに聞こえる、空気を裂くような鋭い呼吸、のしかかるような1音目の音圧、そして一瞬で減衰して一気に高まる緊張感、そこからじわじわと音量を上げていく流れのなかで生まれてゆく緊張感も鳥肌もので、大きな音と小さな音のメリハリが強烈だった。


 先ほどポピュラーの演奏を聴いた時感じた驚きの10倍、いや100倍の衝撃があった。先ほどの演奏では単に裏で伴奏としてメロディを引き立てることに徹していたチェロとコントラバスがこの曲に関してはこれでもかというほど主張する、と思ったら小さくあるべきところではちゃんと他に譲る、といったようにメンバー全員の息がぴったりとあっていた。

 この演奏がとてつもなく緻密に作り上げられているということは素人目に見てもわかった。


 速いパッセージが終わるとゆったりとした穏やかな旋律が流れる場面に変わった。ここでも先ほどの雰囲気から一瞬で一転して美しいメロディが心地よかった。そして時々打つ伴奏パートの音量も考え抜かれており、メロディをしっかりと支えていた。

 全員が指揮者をしっかりと見ているのだ。山崎先生の指揮も的確で「次に来るべき音」をわかりやすく手で表していた。


 この曲はその後も様々な展開を見せ、その演奏に新入生たちはただただ圧倒されるだけであり、ラストでテンポが上がって最後の音を指揮者が左手で止めた後も言葉が出なかった。

 演奏が終わった後はメンバー全員が立ち上がって挨拶をしたが、新入生たちは驚きのあまりすぐに拍手ができなかった。




 これをもってその日の新歓は終わったが、奏太と糸成はすぐには立ち上がることができず、その場に座っていた。その様子を見ていた美沙が話しかけてきた。

「今の演奏凄かったよね!低音がカッコ良くて、私マンドリン体験してたけどチェロも気になっちゃった!」

 奏太も呟いた。

「俺もびっくりした、あんなに大きい音どうやったら出せるんだ」

 それを聴いて糸成も言った。

「大きい音も凄かったけど小さい音も息をのむようだった。あの人数であれだけの音量幅を作れるっていうのが驚きだったね」

 それを遠くから聞いていた石原が楽器を片付けて駆けてきた。

「え〜ミサちゃんチェロに浮気〜!?でも入る前にチェロのカッコよさに気づくなんてすごい見る目あるよ!私なんて2年生になってから気づいて、チェロにしとけばよかったってちょっと後悔する時もあるもん!」

 美沙は微笑んで答えた。

「私低音がかっこいいって感じたの初めてなんです!次体験に来たときはチェロもやってみたいです!」

「うんうん!いろんな楽器があるから入るまでにひと通り体験するといいよ!ふたりは他に気になった楽器あった?」

 急に話を振られて奏太と糸成は少し焦ったが奏太が答えた。

「正直まだ演奏の迫力に圧倒されてて整理できてないんですが俺はやっぱり目立ちたいから1stをやりたいなと思ってます!でも皆さん全部カッコよかったです!」

 それを聞いて糸成は笑いながら言った。

「ははは、お前それ答えになってないぞ。僕はギターの弾き方に興味を持ちました。自分がやってたときはピックで弾いてたので今日指で弾いてるのを見てちょっと新鮮でした」

 それを聞いて石原は笑って返した。

「大橋くんはやっぱり“コンミス”狙いなんだね〜!春日くんももし気が向いたらギターやってみてもいいと思うよ!指弾き初めてだとしてもギターの経験者が入ってくれるとこっちとしても心強いから!」

「先輩ちょっとやめてくださいよ〜コンマスですってば!」

「ははは」

 コンマスとコンミスの言い間違いで再びいじられる奏太を見て一同は再び笑った。



 その日の新歓が終わり、奏太と糸成は歩いて学校を出た。

「どうだった?マンドリン部」

 糸成が奏太に聞く。奏太は笑って答えた。

「最初はマンドリンなんて聞いたことないしあまり期待してなかったけど実際見てみるとすごいいい部活だって素直に思ったよ。紺野さんの登場にはビビったけど」

 それを聞いて糸成は爆笑した。

「ははは!お前緊張してたもんな!」

 笑われても奏太は決まり悪そうな素振りもなく少し微笑んで答えた。

「でも、誘ってくれてありがとな、紺野さんのこともだけど先輩たちの演奏を聞いた時、普通に部として魅力を感じる部活に出会えた感じがする。俺ここで頑張ってみたいってなった」

 それを聞いて糸成は満足そうに返した。

「そっか!納得してもらえたならよかった。これから練習頑張ろうな」

 こうしてふたりは今後のことについて話しながら家に向かって歩くのだった。

作中で登場した楽曲

「メリアの平原にて」(Sulla Piana della Melia)

はGiuseppe Manente(=ジュゼッペ・マネンテ/イタリア:1867~1941)が作曲した楽曲です。(引用という形で登場させていただいております。)

マンドリンオーケストラの代表的なレパートリーの一つでメリハリのあるとてもかっこいい楽曲です。


参考音源

https://youtu.be/OnKhaKi-_MU


次回から第2章となります。

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