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マンドリニストの群れ  作者: 湯煮損
第9章「先輩たちの全国大会」
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第50話「メリアの平原にて」

 アナウンスが鳴り終わり、会場全体が演奏が始まるのを今か今かと待ち構える。山崎先生は全体を見回し、全員の表情を確認する。演奏者たちも山崎先生の顔を見て、静かに微笑みかえす。教師と生徒の絆を感じさせるこの無言のやり取りの後、山崎先生は静かに頷いて、両手を大きくかかげた。演奏者も同時に両手を構えて、演奏の体勢を取る。張り詰める緊張感の中、山崎先生は指揮棒を大きく振りかざして演奏を始めた。


 最初の全員の重音が会場に響きわたり聴衆の心を一気に掴む。そして次の瞬間一気に音量が下がり、囁くような小さな音でメロディを奏でる。ここのメリハリは4月に奏太が聴いた時と比べても随分迫力を増している。最初の場面ではその後も大きい音と小さな音が交互に繰り返し、2、3年生の絶え間ない練習の成果と山崎先生の絶妙なコントロールにより、そのしっかりと管理されたバランス感は聴き手の心を鷲掴みにする。


 そして速いパッセージが終わると、一気に穏やかな場面に変化する。ここの変化も見事で前の場面のイメージを引きずらない。マンドリンの安らかなリズムに一音ごと音量バランスが研究されたギターの和音が乗り、心地よい。そして、次の瞬間、その平穏さを打ち破るかのように低音系の素早いパッセージが割り込んできて音楽は再び最初の不穏さに帰結する。奏太たちにとっては何度も聞いた場面だったが、本番に、ちゃんとしたホールで演奏するという事実もあってか、ここの場面転換には鳥肌が立った。


 全体のトレモロによって大きく変わった流れは、次なる場面に向かう。ここでは転調したメロディが再び穏やかに歌う裏で低音楽器のスタッカートのアルベジオが静かに駆け巡る。さらに転調を繰り返しギターのアルペジオに捲し立てられるようにして素早さを取り戻し、再び速い場面となると、曲はより厚みを持って堂々と歌われる。その後はCelloパートによる新しいメロディが高らかに歌われ、曲は再び活気を取り戻し、大小や緩急などのメリハリを何度も繰り返してから最終局面に入る。ラストは山崎先生の指揮のリードによって転がるようにテンポを上げ、大きく盛り上がった後、全員のトレモロの和音で派手に幕を下ろした。


 最後の音が会場にこだまする中で、山崎先生はパッと指揮棒を下ろし、全員に起立する合図を出すと、聴き手の方を向いて、深くお辞儀をした。聴衆からは拍手が巻き起こり、彼らの熱意のこもった演奏を受け入れる。その様子を見て頭をあげた山崎先生は満足げに顔を緩めた。

 演奏が終わった後は舞台の前に整列し、審査員の講評を聞く。講評ではやはり演奏の間の緊張感とそのコントロール、演奏から感じられる熱気や雰囲気などについて概ね褒められ、ちょっとばかり技術的な観点で指摘を受けていたようだったが、まだ楽器を始めたばかりの奏太たちにはあまり意味が分からず、演奏を終えた先輩たちを凝視していた。審査員の先生が最後に「素晴らしい演奏でした」と言っていたことだけは記憶していた。


 講評が終わると部長の高橋が合図をし、全員で挨拶をすると、深々と頭を下げた。その様子を見て、聴衆からは再び大きな拍手が巻き起こった。高橋の表情は今までで一番清々しい様子で、挨拶の声も一番力が込もっていた。

 演奏を終えた先輩たちの様子を見て、奏太は心の底から思った。


「来年の全国では自分もこんなすごい演奏をしてみたい」と。




 西田高校の演奏が終わった後は写真撮影があった。奏太たち1年生も日程表の指示と中川の案内で撮影場所に向かった。撮影場所に着くと、高橋が出迎えてくれた。

「おうみんなお疲れさん!雛壇の空いてるところに並んでおくれ!」

「いやお疲れ様ですは先輩ですよ」

 糸成はそう言って指示通り雛壇に並んだ。他の1年生も後ろに続いて、雛壇の最後列に並んだ。

「全員いますか〜?そいじゃお写真撮りますよ〜!1枚目は笑って〜!」

 写真屋さんはそう言うと、1枚目の写真を撮影した。

「オッケー!ありがとう!じゃあ次2枚目撮影します!なんかポーズ決めて!」

 2枚目の撮影に移る前に次の撮影のポーズを決めるように促した。

「ポーズだって、なんか案ある人〜?」

 高橋がそう言って確認すると後ろから意見が出た。

「そこは高橋ポーズでしょ!」

「え〜?そのポーズまだ生きてたのか〜てっきりみんな忘れたと安心してたのに!」

 高橋はそう言って少し渋った。彼の反応を見るに、高橋が考えたポーズというわけではなく、高橋の何かしらの行動を他の人がポーズと呼んでいるものなのだろう。

「でもカズキ今年で最後なんだしいいでしょ!」

 小野が笑いながらそう言うと、高橋は諦めてニッコリ笑うと、

「いいでしょう!」

 と言って変なポーズをとった。

「ほら!1年生もカズキの真似をして!」

 小野に促され、1年生も高橋の姿勢を真似た。高橋ポーズは確かにかなり変なポーズで、一部の1年生は笑顔というより苦笑いのような表情で写真に写った。

 2枚目を撮り終えた後は、写真屋さんにお礼を言い、楽器を控え室に片付けた。そして、この後は演奏後の団欒の時間となる。

今回の引用楽曲の「メリアの平原にて」については第5話の後書きに詳細が書かれていますが、参考音源を再掲させていただきます。

参考音源

https://youtu.be/OnKhaKi-_MU



やはり演奏シーンを文章で描くというのはなかなか難しいところがありますね。うまくお伝えできたか不安も残るところです。先輩たちの練習風景をほとんど描いてきておらず、「ここの場面を誰が苦戦していた」系統の見せ場の作りがなかったため割と曲の説明に徹さざるを得なかったという感じがします。

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