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マンドリニストの群れ  作者: 湯煮損
第8章「大阪へ」
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第49話「舞台裏の緊張感」

 直前リハーサルの時間、演奏に参加しない1年生はステージで演奏を見ていた。西田高校の2つ前の演奏が始まる頃、アナウンスを聞きながら奈緒が呟いた。

「先輩たちそろそろリハーサル終わったかな?うー私演奏しないのになんかすごい緊張してきたよ〜。」

 奈緒の言うように各学校は自分たちの演奏の2つ前の学校が始まるタイミングでリハーサルを終えて舞台裏に向かうという手筈になっている。普段元気な奈緒の不安げな表情を見て、横に座っていた美沙はニッコリと微笑んで優しく言った。

「大丈夫だよ。先輩たちすごい頑張ってたもん。きっとうまくいくよ。」

 美沙の励ましを聞いて、奈緒は落ち着いてを入れて答えた。

「うん、ありがとうミサ。そうだね。私たちの先輩だもんね。」



 ちょうどその頃、リハーサル室では最後の合わせを終え、会場に向かう準備をしていた。最後の合奏練習には講師のマンドリニスト、都川先生も参加しており、山崎先生と話をしていた。

「いい仕上がりだと思いますよ。本番楽しみにしています。」

「それならよかったです。今年も1年間のご指導ありがとうございました。」

 都川先生は山崎先生との話を終えると、全員に合図をして、一足先に客席に向かった。(ホールでは演奏中はドアの開け閉めができないため、早めに向かわないと間に合わなくなるおそれがあるからだ。)

 都川先生を見送った後、山崎先生は全体に指示を出した。

「この後すぐ次の団体がここを使います。速やかに元の形に戻して舞台裏に向かいましょう。いよいよ本番です。」

 それを聞いて全体は大きく返事をすると、いっそう気合を入れて片付けと準備に力を入れた。


「ありがとね中川くん、手伝ってもらっちゃって。」

「いえいえ、復帰した時から皆さんのサポートをすることが僕の仕事だと思ってますから。」

 中川は演奏に参加しないため、1年生と同じように会場にいていいと言われていたが、2、3年の手伝いのためにリハーサル室に来ていた。練習中は気が散らないようにと外でこっそり待っていて練習が終わったのを確認してから混ざって片付けの手伝いをしていたのだ。

 片付けを終え、山崎先生は全体を確認するともう一度全体に指示を出した。

「さて、それではもうあまり時間がありません。ここを出ましょう。」

「待ってください。」

 山崎先生の話に止めに入ったのは高橋だった。山崎先生は理由を察し、答えた。

「時間はあまりありませんが…いいでしょう。」

 高橋は会釈をし、話を始めた。

「どうもありがとうございます。手短に済ませます。皆さん、いよいよ本番です。舞台裏では叫べないのでここで円陣を組みます!丸くなりましょう!」

 高橋の申し出に全員がニッコリ笑って、円になった。先生と中川も含め、22人で円陣を組んだ。全体が準備できたのを確認してから高橋は大きく声を出した。

「そいじゃ!演奏頑張りましょう!全国1位とるぞ〜!!!」

「おー!!!」

 全員で思いっきり叫び、改めて気合いを入れ直し、楽器を持って舞台裏に向かった。






 西田高校の二つ前の学校が終わり、入れ替わりのタイミングで、客席の奏太たちのもとに中川がやってきた。

「あ!中川先輩!随分遅かったですね!どこ行ってたんですか」

 中川は昼食後からずっと2、3年のリハーサル室のそばにいたが、奏太たちには行き先を言っていなかった。だから、彼らは不審に思いつつも座席を一つ開けて待っていたのだ。

「ああ、いやちょっとね、あいつらにガッツを入れてきたよ。」

 中川はそう言って座ると、話をそらした。

「それより今の演奏が終わったらいよいよウチの学校だ。あいつらは割といいコンディションだったから大丈夫だろう。前の学校とも曲調は被らないし去年と比べて条件もいいな」

 前の学校の演奏曲は現代の新進気鋭の日本人作曲家の代表作で、西田高校が演奏する戦前のイタリア人作曲家ジュゼッペ・マネンテの「メリアの平原にて」とは全く違う種類の作品だ。曲調も大きく異なるため、審査の内容に影響が出ることはほとんどないだろう。(もちろん審査陣もプロなので曲順などはなるべく影響しない評価を心がけているのであろうが、人間である以上完全とは言えない。その点、今回の曲順はそうした心配をせずに済むのだ。)

 


 そして、いよいよ西田高校の直前の演奏が始まった。舞台裏では2、3年生たちのこの上ない緊張感が漂っていた。そんな中で、高橋や小野など一部の3年生は平然として自分の演奏を待ち詫びていた。

「うっわ、“風のプレリュード”か、速弾きエグい曲選んだな〜」

 2ndパートリーダーの石原が前の学校の感想を小声で呟くと、横で和田がささやいた。

「先輩!やばい緊張感ですね…!私ちゃんと弾けるか今さら不安になってきました…!私たちも失敗したらどうしましょう…!」

 前の学校が、最後の速弾きで大きく乱れた様子を裏で聴いて余計に不安になったのか、初めて立つ全国大会のステージにいつも以上の緊張を見せる和田を見て石原が微笑んだ。

「大丈夫だよ和田ちゃん!今までの練習でちゃんと弾けるようになったんだから!それより和田ちゃんはこの演奏が終わったらコンミスになるんだからもっと自信もって!きっと大丈夫だから!」

 中川の退部騒動の後、1stパートに移動した和田も全国大会の曲だけは、2ndパートのまま参加している。西田高校は2月の地方予選の際に弾いた曲をそのまま仕上げ直して全国大会で演奏しているため、今さらパート移動ができないということ。また、中川が抜けても1stパートは3年生が3人おり、残ったメンバーだけでもバランスを保つことができたため、移動する必要がなかったことなどが理由としてあった。

「はい、ありがとうございます!今できる限りのことをします。」

 石原に励まされ、和田はそうお礼を言った。

 ちょうどその頃、ホールでは前の学校の演奏に対する講評が始まり、スタッフによる演奏者分の椅子の並び替えが完了した。ステージから戻ってきたスタッフの合図を見て、舞台裏入場口のドアマンが高橋たちに声をかけた。

「それではステージの準備が整いましたので入場の準備をお願いします!」

 それをきいて高橋は返事をすると、山崎先生とコンタクトを取ってから全体に指示を出した。

「じゃあいよいよ始まるよ。みんなよろしく!ドアマンさん、お願いします。」

 ドアマンは静かに頷くと、入場口扉を静かに開けた。ステージの照明が鋭く差し込み、とても眩しかった。高橋は静かに決心すると、コントラバスを持って堂々と入場を始めた。後に2年生の山口が続き、続けてギターパート、チェロパート…と順番に入場した。そして、最後に先生が入る。

 前の団体の講評終わり、一列に並んで挨拶をしている後ろで椅子に座り、体制を整える。前の団体が退場したのを確認してそれぞれ入念なチューニングを始める。


「プログラム16番、西田高校。ジュゼッペ・マネンテ作曲、“メリアの平原にて”。指揮は山崎昌人先生です。」

 アナウンスを聞いて実感する。ついに西田高校の演奏順が回ってきたのだ。

直前練習には講師の都川恵美子先生も駆けつけました。奏太たち1年生がまだ合奏指導を受ける場面がないため、忘れがちですが彼女の指導を受けながら2、3年生は全国大会の「メリア」を練習してきたわけです。都川先生が本格的に登場するようになるのは全国大会が終わってからなのでもう少しかかりそうですね。


実際はアナウンスで高校の所在都道府県を言ったり学校紹介のコメントを読んだりするんですが、西田高校の所在県を特に決めてなかったり(←笑)いろいろな都合で省略しています。雰囲気で味わってください(笑)


以下2021年9月1日追記


今回の引用楽曲

・風のプレリュード(末廣健児)

丸本大悟さんと並び、学生に大人気の作曲家、末廣健児さんの作品です。

速弾きが多く、合わせるのが非常に難しい楽曲ですが、ぴったり合うとすごくカッコよく、疾走感あふれる作品です。


参考音源

https://youtu.be/DRHTgPXcV0g

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