第48話「全国の演奏」
「えっ?」
入場してきた1校目の生徒を見て、奏太は思わず疑問の声をあげた。理由は2つある。1つ目の理由は人数があまりにも少なかったからである。全部で6人という超小編成の学校だ。こんなんで上手い演奏をするのだろうか、失礼にも奏太はこの時素直にそう思ったのだった。2つ目の理由はマンドリンを持っている生徒がいなかったからである。このことについて奏太は横にいた小野に尋ねた。
「先輩、あの人たち全員ギターを持ってますよ!マンドリンの大会ってギターだけでも出れるんですか?」
それを聞いて小野は笑って答えた。
「あはは、違うよ!この大会はマンドリンの全国大会だけど同時にギターの大会でもあるの。ほら、ギター・マンドリン全国コンクールって書いてあるでしょ?だからあの人たちが演奏するのはギター合奏なの!よく見て!ギターの大きさが違うでしょ?」
小野の説明を聞いて見るとなるほど、確かにギターの大きさが一つ一つ違った。合奏用ギターと言って様々な音域に合わせたギターがあり、最初に演奏する学校はそれを用いてギター合奏をする学校だったのだ。
「なるほど、知りませんでした!」
ギター 合奏は奏太にとって初めて聴くジャンルで、面白いと思って聴いていたが正直あまり印象に残らなかった。自分が初めて先輩たちの「メリア」を聴いた時の印象とは随分違うというか、迫力があまり感じられないと思った。それで奏太は思わず小野に確認した。
「全国ってずっとこんな感じなんですか?これだったら先輩たち圧勝に感じてしまうんですが」
それを聞いて小野は静かに答えた。
「そんなことないわ。これからもっとすごい学校が山ほど出てくる…マンドリンに比べると迫力がないって感じたかもしれないけどこの後ギター合奏で上手い学校もどんどん出てくるわ。マンドリンもギターも上手な学校は日本全国あちこちにあるのよ。」
その小野の顔はこの後くる本当の強豪校の演奏を楽しみにしているような、でもどこか緊張しているような微妙な表情だった。
「特に3番目、篠ノ咲中学高校なんて去年は2位をとった学校よ。きっとびっくりすると思うわ…!」
小野の説明を聞き、奏太は少し緊張してパンフレットを見つめた。奏太はこの時まだ知らなかった、全国大会の本当のレベルを。
「続いては3番、篠ノ咲中学高校です。」
アナウンスが鳴り、小野から聞いた強豪校の番になった。入場してきた生徒たちを見て奏太は小野に耳打ちした。
「全員女子…!この人たちが全国2位なんですか?」
それを聞いて小野は静かに答えた。
「ええ、そうよ。篠ノ咲中学高校は女子校なの。でも女子だからって侮ってはいけないわ。彼女達の演奏はものすごいのよ。そして当然のように中高一貫なの。」
マンドリン部は吹奏楽部や他の運動部などと違い、普通の中学校にはほとんどない部活なだけに大会では中高一貫校の存在感が強い。そういう学校以外の、高校から楽器を始めた生徒にとってその3年分の差は大きいのだ。また、6年分の生徒を有するだけに生徒数が多いのも特徴で、その人数をうまく活かせる学校が大会で強いというのも理由だ。
小野の説明を聞いて、奏太はまだ完全には腑に落ちていない様子だったが、黙ってステージの方を見た。
アナウンスが学校の説明を終え、曲名を読み上げた。
「曲は鈴木静一作曲、劇的序楽“細川ガラシャ”です。」
指揮者が指揮台の上に上がると、全員の様子を確認しうなずいた。指揮者の女子生徒は小柄で大人しそうな雰囲気だった。緊張しているのかその振る舞いには少し弱々しさを感じる。その様子を見て、コンミスやパートリーダーが少し合図をして微笑みかけると、少し緊張がほぐれたようでうなずいてから姿勢を正した。客席からは見えなかったが、指揮者も演奏者に微笑み返したのであろうことは容易に想像できた。
その後指揮者は指揮棒を高く持ち上げた。(勢い良かったが、小柄なためどうしても可愛らしく見えたが)そして、深呼吸をすると、演奏を開始した。
その後のことは奏太に大きな衝撃を与えた。1音目は全体のフォルテッシモでの豪快なトレモロで、音の大群がものすごい迫力で聴衆に襲いかかってきた。先ほどまで可愛らしく見えた演奏者たちの姿は一転、何かが憑依したかのような表情と気迫で聞き手を圧倒する。あれほどぎこちなく見えた指揮者も演奏を開始した途端に別人のような堂々とした体の動きで、男顔負けといった様子だった。
そんな豪快な演奏も曲の雰囲気によくマッチしていた。途中から雰囲気が変わり、教会風な旋律が高らかに歌われる横で印象的な鐘の音が鳴り響く。ここも序盤の緊張感を全く解かず、聴衆の耳を掴んで放さない。不穏な場面を挟んで再び現れるテンポの速い場面では全員の音が力強く豪快さをより増してこれでもかというくらいにまくし立てる。結局最後の残酷な和音が減衰し、自然に消える瞬間まで最初の緊張感が保たれていた。アクビひとつ許さないようなその豪快な演奏に聴衆は完全に飲まれ、正気に戻るまでの時間が少しあいてから思い出したように大きな拍手をした。
奏太はあまりの衝撃に拍手すら忘れて呆然としていた。審査員が何か講評を言っていたが、何を言っていたかなんて全く聞こえなかった。ステージでは部長が号令をし、全員がそれに続いて挨拶と深い礼をすると再び大きな拍手が起こった。この時には指揮者も演奏者達も元の可愛らしい女子高生の様子に戻っていた。
小野がボーッとしている奏太に声をかけた。
「どう?私の言った通りすごい演奏だったでしょ?」
それを聞いて奏太はやっと我に還ると答えた。
「は、はい…!あんなに緊張感のある演奏初めて聴きました…!それに女子だけであの迫力を出すなんて…俺、圧倒されちゃいました。」
「あはは!驚きすぎだよ〜!この学校は女子校でありながら力強い大迫力の演奏をするのが特徴で演奏中のものすごい集中力から来る底知れない緊張感もえげつないんだよ。自分たちの個性をよく理解しているから選曲も抜群だしね〜!」
奏太の隣にいた糸成も感心していた。
「そうですね、演奏も凄かったですが僕は何より曲に驚きました。マンドリンの曲にあれほど和の雰囲気を持った曲があったなんて…」
すると、後ろの席から中川が話に入ってきた。
「そうそう!鈴木静一は和風な曲とか多いんだ。冒頭の迫力あるトレモロはもちろん中間部の寂しげな旋律や琴を思わせるギターの和音…!あとはガラシャがキリスト教に由来しているところから賛美歌っぽい要素も取り入れて、打楽器やフルートも惜しみなく組み込んでいるにも関わらず邦人マンドリン作品ならではの楽曲に昇華させているのがすごい...!」
「…中川先輩いきなりスイッチ入りましたね…」
「ん?そうか?」
「あはは。中川くんは元々クラシックにも詳しくてマンドリンの曲は1年生の頃からいろんな曲を聴いて分析したり調べたりしてたからね!」
小野も微笑んだ。
中川の迫力のある解説を聞いたあとも演奏は進み、色々な学校の演奏を聞いたが、プログラム3番の篠ノ咲中学高校の演奏や中川の解説の迫力を聴いた後ではどうしても霞んでしまうように感じた。
そして、昼食を取った後、いよいよ本番前最後の直前リハーサルの時間になった。
作中で説明したように大会ではマンドリン合奏だけでなくギター合奏も演奏されます。
この文章からどう伝わってしまったか若干不安ではありますが、人数や演奏形態がどうだからと言って演奏のレベルがどうだとかいうことは一丸には言えません。ギターの音は確かにマンドリンの音より小さいですが、ギター合奏だからと言って必ずしもマンドリン合奏より迫力がないわけではないですし、人数が少ないからと言って必ずしも多い人数に比べて劣るというわけではありません。私の立場としてここははっきりさせておきたいと思います。
そして篠ノ咲高校というこれまた新しい学校が出てきました。ここまでくれば大体わかって頂けると思いますが、学校名、及び街の名前はほぼ適当につけており深い意味はありません。実在の学校名でないということ以外特に気にせずその場のノリでつけてます。西田高校が何県にあるのかすら決めてません笑
そこは今後もフワッとしたまま進むと思います笑
さて、今回引用した楽曲の紹介です。
劇的序楽「細川ガラシャ」(鈴木静一/1901~1980:日本)
日本人の作品です。マンドリンの作品としては日本人で最初期にあたる方の作品です。いわゆる和風な作品を多く作られている方でとても迫力があって聴きやすいのが特徴です。
「細川ガラシャ」とは歴史上の人物です。明智光秀の三女で、本能寺の変をきっかけに反逆者とされ、キリスト教に入信したり追手に追われるなど、非業な死を遂げる最期までの彼女の生涯をそのまま音楽にした本作は鈴木静一の代表作で演奏頻度もとても高いです。重いテーマを扱っていますが、作品自体はとてもカッコいいのでマンドリンを聴いたことがない方にもおすすめの作品です。
参考音源
https://youtu.be/qOvXlqWTDtQ




