第47話「全国大会の審査」
西田高校マンドリン部を乗せたバスはサービスエリアで何度か休憩を挟みつつ、大阪のホテルに到着した。到着した時には夕方になっており、荷物の積み下ろしをし、バスの運転手さんに全体で挨拶を済ませた。他のお客さんの邪魔にならない形でホテルのロビーに集まって座った。
「皆さん長距離の移動お疲れ様です。今から部屋の鍵を配ります。各自以前配布したプリントに書いてある部屋番号を確認し、前まで取りに来てください。」
山崎先生は全体に指示を出し、鍵の番号を順番に呼んだ。鍵を受け取った後で糸成は奏太の横にやってきて奏太の鍵の番号を見た。
「おうソウタ!男子みんな同じ階みたいだから一緒に荷物置きに行こうぜ」
「オッケー、他の人も一緒に行こう」
奏太はそう答えると、他の男子も集めてエレベーターに乗った。
部屋に荷物を置いた後は食堂で早めの夕食を取った。夕食はくじ引きで席が決まったのでそれぞれ近くの人と話をした。
食事の後は2、3年生は練習、1年生は自由時間となった。練習は宿の大きな多目的ホールを一室を使わせてもらっている。毎年この宿を使っているため、ご厚意で練習場所を貸してくれているのだ。この期間だけ部屋の近くの客室を空けるなど音漏れ対策もしっかりされており、夜も合奏練習ができる。
2、3年生が合奏をしている間、奏太たちは中川の部屋に集まり、全国大会について話をしていた。中川は2年生だがパートに属さず、合奏に参加しないため、1年生と同じく応援メンバーに入っている。そのため、2、3年の合奏の時間は自由時間になっているのだ。
「去年はどんな感じだったんですか?」
糸成が中川に去年のことについて聞くと、中川は静かな顔で答えた。
「去年の結果発表後はバスの中がお葬式ムードだったよ。」
「…特別賞を逃すのってそんなにまずいことなんですか?」
お葬式ムードと聞いて大喜が尋ねると、中川は話を続けた。
「そうだな、もちろん学校によって違うが、うちの学校の場合ここんとこずっと特別賞を逃したことがなかったからな、去年特別賞が取れなかったのは結構ショックだったんだよ。」
「…そうだったんですか」
マンドリンの大会では各学校の順位に応じて努力賞、優良賞、優秀賞のどれかが必ず与えられる。(吹奏楽の金賞・銀賞・銅賞のようなものである)そして優秀賞の学校のうち、特に優秀な上位数校にはさらに特別賞が与えられる。特別賞とは「文部科学大臣賞」や「新聞社賞」「市長賞」などの賞のことで西田高校は毎年これらの賞をもらうことができていた。しかし、昨年2021年度大会において最近では唯一特別賞の受賞を逃した。
「当時3年生だった学年は13人、あんま関係ないと俺は思うがその時2年生だった今の3年生は15人だったから当時の編成は2年生の方がわずかに多かった。だから今の3年生には当時自分たちのせいで先輩の代の特別賞を逃してしまったって感じている人も多くてな、それで今年はなんとしても特別賞をもぎ取るって気持ちが強いんだ。」
「なるほど、どうりで気合が入っているんですね。」
奏太はそうしみじみとうなずくと練習している3年生たちのことを考えた。そしてそれと同時に明日の本番に思いを馳せた。
全国大会前日の夜の練習は20時頃に終わり、後は2、3年も自由時間となった。それぞれ入浴したり歯磨きをするなど自分のことを整えてから翌日に備えて早めに就寝した。演奏に参加しない1年生もこの日ばかりは早く寝た。
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そして翌日、再びくじで決まった座席で朝食を取ったが、この日は本番前の緊張感からか、周囲の人と会話している者はほとんどいなかった。朝食を食べ終わると高橋が全体に指示を出した。
「み、みんな!緊張しているのはわかるけど泣いても笑っても今日が本番です!今から身支度を整えて会場に出発します。今日は全力で演奏頑張ろう!テンション上げていこう!」
さすがの高橋も昨夜は緊張で眠れず、今も気をひきしめている様子が見て取れた。
高橋が話を終えた後、楽器の積み込みを行い、いよいよ全国大会の会場に向けてバスに乗り込んだ。
バスが会場に到着すると、先輩たちは俄然緊張感を高め、バスから降りた。奏太もバスから降りると、静かに建物を見つめた。
「…ここが、全国大会の会場…!」
そこは大阪にある文化会館で、とても大きな建物だった。奏太たちの高校の近くにはこれほどの大きさの文化会館は無い。
「…ここに全国のマンドリン部が集まってるんだな…!」
後ろから来た糸成も奏太と目線を合わせて呟いた。
「ああ…!来年はきっと俺たちも…」
「こらこら西田高のみんな!他の学校のバスが控えてるから早く積み下ろし済ませちゃうよ!ほらそこの二人も手伝って!」
奏太が気合いをいい終わる前に和田が二人を注意した。
「あ、すみません!」
奏太たちは慌てて返事をすると、積み下ろしに加わった。
「あっ!あれ西田高校じゃない?」
「ほんとだ!今年は何演奏するんだっけ〜?」
積み下ろしてる彼らの周囲から声が聞こえた。
それを聞いて奏太が中川に耳打ちをした。
「先輩!俺ら注目されてますよ!俺たちひょっとしてちょっとした名物なんじゃ?」
「そうだな、昨日も言ったが西田高校は特別賞受賞経験も多いから確かに他校にも知ってる人多いよ。ありがたいことだな」
「そうですよね〜!なんだか照れるなあ」
「でも、大事なのは今だ。先輩たちの結果は先輩たちの結果、現役の結果は現役の結果。周りの評価なんて聞いても仕方ないさ。」
中川はそうクールに答えると、黙々と作業を続けた。
「そ、そうですよね、俺が照れるのはおかしいですね…!」
奏太は中川の切り返しを聞いて顔を赤くした。
「ってあっちには郷園高校も来てるぜ!!」
「うっわ剛田旋いるかな?」
再び他校の声が聞こえ、奏太たちも思わずそっちを見た。
見ると奏太たちの2つ隣のバスで郷園高校の生徒が積み下ろしをしていた。
「郷園…セン…?あいつらもちょうど同じ時間に来てたのか…」
周囲の生徒たちはあっという間に視線を西田高校から郷園高校に移し、積み下ろしをしているメンバーの中から旋を探していた。その様子を見て中川はニヤリと笑って奏太に言った。
「ほらな?聞いても仕方ないって言ったろ?」
「そうですね…人の心は移ろいやすい…」
奏太も苦笑いをしてそう答えた。
バスから荷物を下ろした後は楽器を控え室まで運んだ。全国大会の会場ではその日の演奏団体用の控え室が用意されており、楽器などはそこに置いておく。演奏順に近くなってきたらそこから楽器を運び出してリハーサル室に行き、直前練習ができる。これは演奏順によって学校ごとに当日の練習時間の差が出ないようにという配慮である。西田高校は16番目なので演奏は午後に入ってからである。まだ練習を開始できるまで時間があるということで、自由時間となった。とはいってもほとんどの生徒はホールに行って開会式を見る。開会式では、審査員の紹介や偉い人の話など形式的なことが続く。だから参加しなくても特に問題はないということで開会式が終わってから会場に来る学校もある。(2日目に演奏する学校の中には1日目には会場にすら来ずにその分練習に時間を割く学校もあるくらいである)
先生の指示で奏太たちは一箇所にまとまって開会式の様子を見た。審査員が発表される度に高橋が小声で1年生にその人について説明してくれた。審査員はマンドリン奏者の他にギター奏者、作曲家など様々なジャンルから7人がおり、意外とマンドリン奏者が多くないことを奏太は少し意外に感じた。
大会ではそれぞれの審査員が、10点満点で点数をつけ、その点数の合計値の高い順に順位をつける。そしてその点数の高い方から概ね20校ずつ優秀賞・優良賞・努力賞に分け、さらに優秀賞の中でも特に点数の高い学校から順に、
「文部科学大臣賞」(1校1位)
「新聞社賞」(2校同率2位)
「全国知事会賞」(2校同率3位)
「開催都市市長賞」(2校同率4位)
「大使館・総領事賞」(3校同率5位)
という風に特別賞をつける。この審査で特別賞を取ることが西田高校マンドリン部の目的であり、その中でも1位にあたる文部科学大臣賞こそ長年の目標なのである。
開会式が終わると、早速1校目の演奏が始まる。全国大会で聴く最初の演奏ということで奏太は緊張しながら彼らが入場してくるのを待ち構えた。そして、アナウンスが鳴り、1校目が入場してきた。
いよいよ全国大会が始まったのだ。
特別賞の名前は一応配慮して濁してあります(笑)実際は実在の社名や開催都市の名前が入ります。
また、今回説明を入れた「全国大会の審査システム」は実在する全国大会でも概ね同じような形でおこなわれています。




