第46話「全国前出発式」
校庭に着くと、3年生と2年生はすでになんとなく円状に並んでおり、状況が分かっていない1年生は出遅れはしたものの先輩たちの様子を見ながらそれとなく近くに寄った。
いつもは野球部が練習で使っている時間だが、この日は日曜ということもあり、校庭には他に誰もいなかった。
最後に高橋と先生がやってきた。高橋は少し戸惑っている1年生を見ると笑って話し始めた。
「ごめんごめん!別にサプライズのつもりじゃなかったんだけど1年生のみんなには説明してないからわからないよね、今から全国大会の出発式を始めます!と言っても出発は明日です、でもこのタイミングで出発式を行うということは…?つまり!明日ではできないことをするんです!…そうですよね?先生!」
高橋はそう明るく説明してから先生の方を見た。
「…そうですね。何をするかというと、みんなで叫びます。」
「…叫ぶ!?」
先生の突然の説明に1年生は思わず驚いた。
「私たちマンドリン部は普段はインドアですが、そんな大人しいようでは全国大会で全国の強豪校に張り合うことはできません。ですから全員で大声を出して力をみなぎらせます。高橋くんがセリフを考えてきてくれたようなので今からみんなでそれを叫びましょう。」
全員で叫ぶ、割とベタな展開だが、奏太にはそれがとても楽しく予感され、ウキウキしながら高橋の発表するセリフを待った。
高橋は大きく咳払いをして、少し照れながらセリフを言った。
「はい!じゃあ叫ぶよ!お、俺が“西田のメリア!!”って叫んだらみんなで“全国に轟かせるぞ!!”って叫んでくれ!」
「うわっベタ…!」
セリフがあまりにありがちで小野は思わず笑ってしまった。
「言うな!それにまだ続きがあるんだ!2、3年生はメリアの14番からそれぞれ自分のパートの音を大声で歌って合唱するんだ!」
「それも去年と同じじゃない!」
大声で叫んでから演奏曲を再現するのは毎年恒例らしい。
「うるさい!これでも昨日寝ないで考えたんだ!最後まで終わったら俺がもう1回“優勝するぞ!!”って言うからそしたら1年生も入って“おー!!”って叫ぶんだ!準備はいいか!?」
高橋は小野の指摘に顔を赤くしながら説明を終えると、すぐに例のセリフを最初から言い始めた。割といきなり始まったが、全員で大きな声を出して叫んだ。よくあるチープな流れではあるが、演奏にでない1年生も含め、このチープさを楽しんでいるフシがあり、全員の大きな声が校庭に響き渡った。
最後まで叫び終えると、先生が満足そうにうなづいて言った。
「うんうん。咄嗟に始まってもついて来れるいわば“適応力”!これなら本番も何があっても大丈夫だね。」
「本番中急に新しいことしたりしないでくださいよ指揮者!?」
先生のうなづく顔が妙にニヤニヤしていたので思わず2、3年生全員で突っ込んだ。
「で、ですよね〜俺はそう思ってちょっと照れた演技をしたのですよ!」
「あんた普通に慌ててただろ!」
こうして大声で叫んだ後はパートごと用意したプレゼントの交換やそれを含めた記念写真撮影を行なった。1stパートは1、2年生が用意したお守りを3年生に渡し、3年生もお返しでミサンガをくれた。奏太はてっきり3年生に一方的にサプライズで渡すと思っていただけに3年生からも逆にもらえることに本当に驚いた。
写真撮影はもちろん大会期間中にも撮るわけなのだが、大会直前の学校での撮影ということでとても楽しく、色々なメンバーで写真を撮った。こうして出発式は薄暗くなるまで続き、学校での大会前最後の練習日は幕を下ろした。
…そして、7月25日月曜日、いよいよ大阪に向けて出発する日の朝がやってきた。
2022年7月25日、全国大会を明日明後日に控え、この日はいよいよ西田高校マンドリン部の大阪に向けた移動日である。とはいえ、3年生の補講は今まで通り実施されているため、この日も午前中は1、2年で練習、移動は午後になる。(全国大会中は補講は公欠扱いとなるのでもちろん大阪滞在中は休める)全国大会は大阪のホールで実施されるため、西田高校マンドリン部はバスを使って前日に移動する。そして前日練習をしてから一泊し、翌日はいよいよ本番となる。
午後、補講を終えた3年生たちが音楽室に集まり始め、いよいよ大阪への移動の時間が近づいてきた。
「おーい!バスが来たみたいだから手あいてる人積み込みに来て〜!」
2年生の部長である水島が取り仕切る。3年生の引退を控えていることもあって全国直前は2年生中心で演奏以外の仕事を行う。3年生は補講と演奏だけに集中できるようにという配慮である。大阪に持っていくものは楽器や楽譜、個人の荷物の他、宿での練習用に譜面台なども持っていく。重いものの積み込みは男子の出番で、1、2年生合わせて7人が活躍する。(朝から部活が始まっていたおかげで大喜は出発に間に合っていた)
奏太たちが荷物を積み終えて戻ってくると、3年生が全員集まっていた。先生も音楽室にきて、いよいよ出発となる。全体で集合し、パートごと点呼をとった。
「1st!」
「全員いるよ!」
「2nd!」
「いまーす!」
「ドラ!」
「大丈夫!」
「チェロ!」
「OK!」
「ギター!」
「います!」
「…よし!Bassも大丈夫だ!」
部長の高橋が全パートのパートリーダーに確認をとり、チェックを済ませた。そして…
「…ガリ!」
「い、いますよ〜!!」
最後に遅刻癖のひどい大喜をもう一度チェックしてからニヤリと笑った。
「はは!すまんすまん!」
それを見て笑いが起こった。
点呼を取り終えてから高橋は全体を見て話をした。
「そいじゃ全員いるということで!今から移動です!俺めっちゃワクワクしてます!話長くなると悪いので続きはバスで話します!じゃあそれぞれもう一度忘れ物を確認してもらってバスに乗り込むように!バスの中でもう一度点呼を取ります!」
高橋はそう手短に済ませると全体を解散させて自分の荷物を確認した。
奏太たちは自分の荷物をまとめ、もう一度確認すると、深呼吸をしてバスに乗り込んだ。全員が乗り込んだのを確認してから高橋が運転手さんに挨拶をし、部員全員が続けて同じ挨拶をした。運転手さんはニッコリ笑って頷くと、大阪に向けてアクセルを踏み込んだ。
「いよいよだな全国」
外の景色を眺めながらそう呟いた糸成に対し、奏太も答えた。
「ああ、どんな演奏が見れるか楽しみだな…!」
ここで奏太たちが3年生に渡したお守りは第37話で2年生から材料が配られたものです。3年生の先輩からもお返しがもらえている描写がありますが、私の高校でも3年生は受験前というのに贈り物を作ってました。




