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マンドリニストの群れ  作者: 湯煮損
第8章「大阪へ」
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第45話「コンマス」

 小野の話を聞いて岡村は奏太を見た。

「彼が?それはどういうことだい?」

 小野は一息おいてから話し始めた。小野は中川が奏太と会い、指導をするようになったこと、さらに後には奏太の説得によって学生正指揮者となった一連の経緯を説明した。岡村は小野の説明をじっと聞いていた。そして最後まで聞き終えてから奏太の方を見て呟いた。

「そうか、君が彼を助けてくれたんだね。」

 “助けてくれた”という表現を聞いて奏太は思わず聞き返した。

「え、助けたって…」

「ああ、俺にも中川の本心はわかるよ。退部してからは随分様子が変わってしまったようだったが、それまでのあの熱心な中川を見ていたら全てを投げ出して退部することの不自然さは小野より短い時間しか関わってなかった俺でもわかる。彼は手の怪我や自分のプレイスタイルのことで周りとの間に距離を感じていたからそれが重なって一度はあのような結論に至ってしまった。しかし、周りのメンバーは彼のことを大切に思っていた。君が間に入って退部した中川と他の2年生たちを引き合わせてくれてそれが伝わったから中川は戻ってこれたんだ。演奏のメンバーとして入るよりも指揮者に専念して全体の音楽を作っていく方が彼には合うんだろうな。素晴らしいアイデアだよ。」

「えっ、あ、ありがとうございます。」

ー最初に考えたのは俺じゃなくて糸成なんだけどな…

 奏太はしみじみと中川のことを語る岡村に圧倒されて小さめの返事をした。

「それにしても岡村先輩は引退して結構経っているのに定演後に部活を退部した中川先輩のことをよく知ってらっしゃるんですね。」

「ああ、小野から相談を受けたもんでね。定演の直後から連絡無しに部活に来なくなって2日後には突然の退部宣言、その後も説得を試みたがダメだったって当時結構経緯を聞いたよ。」

 岡村は当時を思い出しながら言った。

「そうなの。だから奏太くんとかが体験に来てた時も実は裏で色々揉めてたのよ。1年生には伝わらないように顔に出さないの苦労したよ〜!中川くんの説得をしたり、いなくなった場合の1st2年生の欠員をどうするか考えたり…和田ちゃんがコンミスは自信ないっていうもんでそっちの説得も苦労したなあ〜」

 小野もそう苦笑いして付け加えた。


「…だから君もどうしても困ったことがあったらOB・OGにだって相談していいんだよ。今後、3年生が引退してからは少ない2年生で困ることも多いと思う。でもその時に3年生の先輩に相談したっていいんだ。もっとも3年生は来年まで受験生だから君さえ良ければ僕だって相談に乗る。僕は西田高校マンドリン部の今後を応援してるからね。」

 岡村はそう言ってウインクをした。小野も付け加えた。

「中川くんの時みたいな問題は勘弁して欲しいけどね〜」

「…ありがとうございます!」

 二人の温かい言葉に奏太はハキハキとお礼を言った。




「じゃあ俺はそろそろ帰るよ。長居しても悪いしね。」

 岡村はそういうと荷物をまとめ出した。

「えっ?もっといてくださってもいいのに!」

 小野がそう言って引き止めると岡村は手を止めて言った。

「しかし今日は移動日前、練習のあとは()()をやるんだろう?」

()()って何ですか?」

 岡村の“あれ”という言葉を聞いて奏太が首を傾げると、小野がにこりと笑った。

「この後のお楽しみよ。楽しみにしていていいやつだから!」

 岡村もうなづいた。

「奏太くん、名前は覚えたよ。君はきっとすごい奏者になる。これからのマンドリン部を期待しているよ。君はコンマスになるんだろう?」

 岡村の期待を持った言葉の中の“コンマス”という言葉を聞いて奏太はハッとした。

「…!はい!ありがとうございます!頑張ります!」

 しっかりとお礼を言って岡村の顔をみた。岡村も微笑んで荷物を持ち上げると建物の外に出て行った。




 15時半、別室で自主練をしていた1年生の元にいつもより早い時間に連絡が入り、音楽室に戻るよう指示された。普段音楽室に呼ばれるのは16時になってからなのでいつもより30分ほど早かった。

「今日の集合は随分早いですね。」

 奏太が不思議に思って呟くと、中川が補足した。(中川は手の怪我の都合で演奏パートには割り振られておらず合奏に参加しないため、一緒にこの部屋で1年生の練習のサポートをしていた)

「明日から大阪に移動だし色々説明することがあるんだろう。」

「なるほど、それもそうですね。」

 奏太は中川が少しニヤニヤしているのを不審に思ったが、言わないことにした。




 音楽室に戻るといつも通り部長の高橋が取り仕切り、全体での連絡をした。さらにこの日はやはり中川の言う通り明日以降の流れについて山崎先生から説明と資料配布があった。資料には明日以降のタイムスケジュールのほか会場や宿での注意事項、様々な役割の分担などがリストになっているものも載っていた。


 説明は資料にしたがって丁寧に行われたが、さすがに早めた30分もかかるわけではなく、10分くらいで終わった。この後は何をするのだろうと奏太が考えていると高橋が再び全体を取りまとめ、指示を出した。

「それでは今から全国大会に向けた出発式を行うので準備をしてください!」

 “出発式”、初めて聞く言葉に奏太は驚いて中川の方を見た。

「出発式?そんなのあるんですか?」

 中川は笑うと答えた。

「そうだよ!さあお前も早く準備して行くぞ。」

「行くってどこへですか?」

「決まってるだろ校庭だよ!」

 涼しい顔で準備を進める中川を見て奏太は慌てて聞いた。

「校庭ですか!?そんなところで何をするんですか?」

 奏太が質問すると、横から小野が話に入った。

「言ったでしょ“お楽しみ”って!すぐにわかるわ!」

 小野はそう言ってクスリと笑うと音楽室の外に出て行った。

 何をするのかわからず混乱していた奏太だったが、先輩たちに置いていかれないように慌てて着いて行った。

お分かりいただけると思いますが第14話で登場した時の岡村への小野の相談の時に登場した「彼」は無論 中川のことだったのでした。あと作中ではかなり前のことのように語っている「中川の退部騒動」ですが冷静になって考えてみるとほんの3ヶ月前の出来事なんですね。

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