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マンドリニストの群れ  作者: 湯煮損
第8章「大阪へ」
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第44話「去年のコンマス」

 次の日はいつも通り午前中から練習だった。違うことと言えば3年生が午前中から部活に参加していることだ。文化祭以降基本的に3年生は受験に向けた補講が始まり、一部の時間には1、2年生のみで部活動が行われていた。これは夏休みも例外ではなく、午前中に補講が行われていたが、日曜日だけは補講が休みのため、午前中から練習に参加できるのである。そのため、この日は1年生は1日中自主練で三送会の曲を練習することになった。2、3年が“メリア”の合奏をしている音楽室の扉の前にこっそり集まり、音漏れをきく生徒も多かった。明日25日に全国大会の会場となる大阪へ移動するため、この日は学校での練習は最後となっているが、基本的にこの練習のサイクルはいつも通りだった。しかし、ひとつだけいつもと違うことがあった。それは…


「なあ奏太!さっき若い男の人が山崎先生と話をして中に入って行ったの見たか?」

 奏太たち1stのメンバーが自主練の休憩がてら音楽室の部屋の前にくると、すでに来ていた糸成が奏太のところに駆け寄ってきて尋ねた。

「えっ?見てないけど…」

 奏太がそう答えると糸成はもう一度扉の前に耳を当てて中の様子を伺った。(音楽室の扉には窓がないため、中の様子は音を聞いて想像するしかない)

「…山崎先生が何やら話しているけどなんだろう…よく分からないや」


 糸成がずっと扉の前に耳を当てているといきなり扉が開いた。

「うわっ!!」

「なんだ、君たち聴いてたんですか。今から通しをするところです。こんなところも何ですし中に入って聴きますか?」

 扉の向こうから現れたのは山崎先生だった。山崎先生はそう言うと先生の部屋に入った。どうやら指揮棒を忘れてとりに来たらしい。

「あ、ありがとうございます!」

 中で演奏を聴くのを意外にあっさり許可され、糸成たちはコソコソしてたのが少し恥ずかしくなり、苦笑いしながら中に入った。中に入ると2、3年生が合奏の形でズラリと座っており、奏太たちは後ろに並んで様子を見る事にした。先輩たちは先生が戻るまでの間、皆真剣な表情で楽譜にメモをしたりチューニング、自主練をしたりしていた。指揮台の脇にはいつもは無い机と椅子があり、先ほど糸成が見たと言う男の人が腰掛けていた。男の人は緊張しながら入ってきた1年生を一目見て、微かに笑って会釈した。

ー誰だろう…

 その人を見て奏太は不思議そうにそう思った。 (彼の場合誰か分かってもおそらく覚えないが)

 先生が指揮棒を持って戻ってくると「メリア」の楽譜をその男の人の机に置いた。

「今まで忘れていたがこれを見てください。ぜひなんか意見してやってほしい。」

 男の人は照れながら言った。

「いやいやそんな。僕に言えることなんて特に無いですよ。」


 山崎先生は指揮台に上がろうとしてからその男の人をひと目見て、今度は1年生の方を見て言った。

「そう言えばみんなには紹介がまだでしたね。彼はマンドリン部のOBで今大学1年生の岡村翔太くん。去年コンマスをやっていた生徒で実力も抜群だった、みんなの大先輩に当たります。」

 岡村は恥ずかしそうに笑って挨拶した。

「どうも老害ですよろしく〜」

「今日は全国前最後の学校での練習ということで応援に来てくれたんです。きっと何かいい意見をくれると思うから楽譜を渡しました。みなさんいい演奏をしましょう。」

 先生はそういうと、指揮台に上がった。

 “意見”と聞いて先輩たちは少しざわついた。岡村は優しい先輩だったが、やはりどんな先輩でも見にくるとなると現役生はちょっと緊張するものである。

「意見なんてしないからリラックスしてね〜」

 岡村はそう言ってニッコリ笑って訂正した。

「じゃ、休憩前に一回通しましょう」

 先生はそう言うと、全体を見回してから素早く指揮棒を構えた。




 演奏は圧巻だった。奏太たちにとって通して弾いているのを見るのは新歓期以来だったため、久しぶりの大会曲の演奏に感動した。3ヶ月の練習により演奏のクオリティは以前より数段上がっていたのだが、楽器を始めたばかりの奏太たちにはそんなことは関係なく純粋にすごい演奏という印象を持った。そのため、演奏を終えた後先生が気づいた改善点をいくつも言っているのを見て、このレベルの演奏にまだ改善すべき点があるということに驚きを感じた。

 先生は見つけた改善点を全て言い終わると、自分も何かを楽譜にメモしてからOBの岡村を見て言った。

「では、せっかく来ていただいたので岡村くんに少しコメントをもらいましょうか。」

 演奏を見ていたOBの岡村は先生に話を振られてちょっと苦笑いをしてから話を始めた。

「みんなの魂がこもったとってもいい演奏だと思いました。1年前と見違えて、正直すごくびっくりしました。ここ最近で色々なことがあって大変だったと思うけど本番でいい演奏ができるように頑張ってください!応援しています!」

 岡村は話を終えてからニッコリと笑ってお辞儀をした。そのコメントを聞いて2、3年生は全員が拍手をした。1年生もつられて真似をした。その様子を微笑ましそうに見て山崎先生は、

「岡村くん今日はありがとう。私たちもいい結果を出せるようにあと少し頑張っていきます。じゃあ今から少し休憩にします。15分後に再開するからそれまでに戻ってきてください。」

 と言うと、指揮棒をおいて全体を一旦解散させた。




 休憩時間、後ろで演奏の衝撃が抜けない奏太たちのもとに小野がやってきて声をかけた。

「1stの1年生のみんな!岡村先輩に挨拶をするからちょっと集まって!」

「はい!わかりました!」

 奏太はそう返事をして小野に着いて行った。他の1stの1年生たちも続いた。OBの岡村は先生の部屋にいた。

「岡村先輩!」

 小野は岡村のもとに駆け寄った。

「おー小野!久しぶり!郷園の定演以来かな?」

 岡村は小野の顔を見て答えた。そして後ろに続く他の3年生を見た。

「三河に江口!君たちとは卒業式以来だね!」

「ご無沙汰してます先輩」

 先輩たちも岡村に挨拶をした。

 岡村はニッコリと笑ってから今度は後ろの1年生を見て言った。

「この子たちが1年生か!初めまして!」

「初めまして!」

 奏太たちも少し緊張して返事をした。

「そうなんですよ!今年はたくさん入ってくれて1stだけで5人もいるんですよ〜!」

 小野はそう微笑んで奏太たちを紹介した。

「ほんとだ!1stが5人ってことは全部で何人だ〜?差し入れ足りるかな…?」

 人数を聞いて岡村は少し不安そうに紙袋を出した。

「えっ!?差し入れあるんですか?」

 差し入れと聞いて小野が食いつくと、岡村は照れながら差し出した。

「そんな大したものじゃないよ!後で配ってくれ。」

「えーお気遣いどうもありがとうございます!」

 小野はそうお礼を言って受け取った。

「それにしても、安心したよ。去年の入部が少なかった時にはどうなるかと思ったが、たくさん入ったなら安心だね!君たちも初めてのことで色々戸惑うこともあるかもしれないけど楽しんでな!あとは和田を支えてやってくれ!」

 岡村はそう言うと、1年生の方を見た。

「はい!ありがとうございます!」

 奏太たちはしっかりと返事をした。




「じゃあ私たちはそろそろ練習に戻ります!今の演奏聞いてたら弾きたくなってきちゃいました!」

 少し話してから奈緒が口を開いた。それを聞いて敦も気合を入れた。

「そうだな!それでは先輩方!僕らは戻って真面目に練習します!」

 こうして1stの1年生は先輩に挨拶をし、部屋を出た。奏太も戻ろうとしたが、小野に呼び止められた。

「ソウタくんはちょっと残って!少し話があるの。」

 奏太は少し不思議に思ったが、返事をして残った。

「は、はい!わかりました。」


 他の1年生がいなくなったのを確認してから小野は岡村の方を見て言った。

「…ご心配をおかけしましたが、実は先日中川くんが部活に復帰することになりました。」

 小野の話を聞いて岡村はハッとして答えた。

「えっ?本当に!?」

 小野はニッコリと笑うと奏太の方を見て説明した。

「全て彼のおかげです。」

今回登場したOBの岡村翔太ですが、以前も登場しています。第14話で小野と会話をしていました。

奏太たちの前に現れるのはこれが初めてになります。

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