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マンドリニストの群れ  作者: 湯煮損
第7章「西田花火大会」
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第42話「夜空の音楽」

  奏太との電話で別々に行動することが決まり、糸成は奈緒と共に屋台を見ていた。

「イトナリくん!かき氷屋さん見に行かない?」

 奈緒が脇のかき氷屋を指差して言った。

「え?いいけど紺野さんと別れてからずっと見てたんじゃないの?」

 糸成は少し呆れた顔で返した。

「うん!色々見てきてここが一番美味しそうだから!買ってきたいの!長い時間歩き回った甲斐があったわ〜!お腹ペコペコ!」

「ははは、マジで何も食べてないのかよ」

 糸成はそういうと、奈緒の後を追いかけてかき氷屋に寄った。

「んじゃ、俺も買おうかな」

 二人はかき氷屋でそれぞれかき氷を買った。奈緒はいちご味、糸成はブルーハワイ味を買った。

 ベンチに腰掛け、それぞれかき氷を口に運んだ。

「ん〜冷たーい!これこれ今年もかき氷が美味しい季節になったわ〜!」

 奈緒は一口食べるなり感激して頬に手を当てた。

 糸成も

「そうだな、俺も今年かき氷食べるのは初めてだな。」

 と言って一口食べると、花火を見ながら呟いた。

「あいつ、どうしてるかな…」

 それを聞いて奈緒は糸成の横顔を見た。

「えっ?ソウタくんのこと?」

 糸成は目を瞑って言った。

「ああ。あいつちゃんと話せてるかなって思ってな。さっきも言ったけどあいつ恋愛とかになるとどうも不器用なもんで。」

「そっか…」

 奈緒は“恋愛”というワードに少し反応し、うつむいた。


「ねえ」


「ん?」


「イトナリくんはさ、好きな人とかいないの?」

 奈緒はそうじっくりと尋ねると、糸成の顔を見た。




「え?俺?」

 唐突な質問に糸成は少しぎょっとしたが、ちょっと考えてから軽く答えた。

「んー特にいないなー。」

 その答えを聞いて奈緒は少しホッとして返した。

「そっか」

「なんかさ、俺人の恋愛話には顔を突っ込む割に自分はそういうの全然無いよなって言われたことがあって、俺ってずるいのかもしれないって思う時があるんだ。」

「“ずるい”?」

 しみじみと語る糸成の顔を見て、奈緒は糸成の言葉を復唱した。

「ああ、恋してる相手からしてみたら重大な問題なのにそれをちょっと面白がるのってどうなんだろうってふと思ってね。自分にそういうのが無いからどうも相手の気持ちも分からなくて、自分の性格が嫌になる時がある。俺はソウタなんかにも分析屋って言われることがあって、こいつ多分あの人のこと好きだなとかすぐ気づいちゃうもんでそうするとついいじったりしちゃうんだ。それって酷いことだろ?」

「イトナリくんは酷くなんか無いよ。確かにソウタくんのこといじったりしてるのかもしれないけど、さっき言ってたじゃん。彼のこと応援してるって!邪魔するいじりは良くないと思うけど味方としていじったりしてくれるのは嬉しいはずだよ。恋愛で何かあっても友達とはいつも通りいたいじゃん。だからイトナリくんはソウタくんとは恋愛の話をするときもいつも通り冗談とか言って接したらいいはずだよ。」

 奈緒は糸成の顔を見て微笑んだ。

 糸成はそれを聞いて少し顔を緩めると答えた。

「そっか、ありがとう。ちょっと安心した。高木さん恋愛経験豊富そうだし相談してよかったよ。」

「イヤイヤ豊富なんてそんな!そんなことないよ!」

 好きな糸成に恋愛経験豊富そうと言われて奈緒は慌てて否定すると、ニッコリと笑って答えた。

「イトナリくんも好きな人出来たら分かると思うよ!そうだ!イトナリくんに好きな人ができるように、私も協力するよ!」

「えっ?なんだよそりゃ〜!」

 奈緒の少し冗談めいた提案に糸成は苦笑いして答えたが、最後に笑って付け加えた。

「でも、ありがとな」

 奈緒は提案を終えると糸成のかき氷を見て言った。

「ねえ、ブルーハワイ味食べてみたいな〜!一口ちょうだい!」

「えっ!?そういうのって恋人がやるもんじゃねえの?」

 唐突なお願いに糸成はちょっと引いたが、奈緒は手を止めずに一口とると口に運んだ。

「大丈夫大丈夫!私かき氷大好きだって言ったでしょ!これくらい気にしない気にしない!それよりイトナリくんはちょっと恋愛について誤解が多いみたいだから私が教えてあげるわ!これからよろしくね!」

「おっ、おうよろしくな」

 糸成は奈緒の行動に若干驚きが隠せなかったが、彼女の好意を手助けと捉え、微笑んだ。

ー私のするべきことはまずイトナリくんともっと仲良くなること!そして、イトナリくんの好きな人になるの!

 奈緒はそう心の中で呟き、今後糸成との距離を縮めてゆくことを誓った。この時も空では大きな花火が鳴り続けていた。





 その頃、奏太と美沙はベンチに座って花火を見ていた。

「足は大丈夫そう?」

 なかなか話ができなかった奏太だったが、なんとか話題を探して話しかけようと努力していた。

「うん。もう大分痛みは引いてきたよ。ごめんね付き合わせちゃって」

 美沙は足をさすると奏太の方を見て微笑んだ。

「いや、全然大丈夫だよ!むしろ心配だからさ…!」

 奏太はそう少し慌てて答えた。


「……」


 話が終わってしまい、奏太はまた心の中でパニックになった。

ーくっそ〜せっかく二人で花火見れることになったのにまた黙り込むな俺!これじゃ紺野さんにつまらない男って思われちまうよ!花火終わるまでまだ結構あるのに!


 奏太の様子を横目で見て、美沙は口を開いた。

「大橋くんは花火好き?」

「えっ?」

 突然の質問に奏太は少し身構えたが、すぐに答えた。

「うん好きだよ!綺麗だよね!」

「私も。」

 奏太の返事を聞いて美沙はニッコリと笑った。

 このとき空では花火の打ち上げが一旦途切れ、真っ暗な周囲にはこの日最初のスターマインを予告するアナウンスが鳴っていた。




 そのあと美沙は話を続けた。

「私も。なんか花火と音楽って似てるって思わない?」

「えっ?」

 ぽかんとしている奏太を見て、美沙はクスリと笑うと続けた。

「ほら、夜空って街中だと星もちゃんと見えないからこんな風に真っ暗でしょ?で花火はそんな静かな空に鮮やかな光と大きな音で人の心を惹きつける。でも音も光もすぐに消えてしまう。これってまさに音楽に似てるなあって思って!音楽も静かな空間にたくさんの音で彩りを加えてお客さんの心を掴むし、演奏してる間だけの儚い存在でしょ?私昔から花火に来るといつもそう思うんだ。」

 美沙はそう語ると奏太の方を見て我にかえって照れながら言った。

「あっごめんね!突然!私時々変なこと言うことあるって結構言われるから気にしないで!」

 そんな美沙の様子を見て、奏太は首を振ると答えた。

「いや、変じゃないよ。その通りだと思う。」

 アナウンスの予告通りスターマインが始まり、空では無数の花火が続けて光り始めた。

「俺、マンドリンの音を初めて聴いた時、とっても綺麗な音色だって思った。そのあと曲を聴いた時にもっと思った。あんなに綺麗な1音1音が集まるとこんなにすごい曲になるんだって。花火だって1つ1つでも十分綺麗だけどこうして沢山光ってるのを見るとまた迫力がある。紺野さんの言う通り俺もすごく似てるって思うよ!」

 奏太はそう答えてニッコリと笑った。それを聞いて美沙はホッとして言った。

「なるほど!綺麗な音が一つ一つ集まって…!今まで花火一つ一つをそれぞれ曲として捉えてたけどそう言われてみると確かに花火はそれぞれ一つの音って捉えられるのかも!そう言われてみるとトレモロも沢山の音だよね!共感してくれる人がいて嬉しいな!」

 美沙は自分の視点に奏太が共感してくれたことを喜んで微笑んだ。その顔を見てから奏太は真剣な顔で空を見上げると呟いた。

「でもさ、花火も音もすぐに消えてしまう。どちらもはかないけど、だからこそすごく尊いものだって思えてくるよ。いよいよ全国大会、全国の強豪校の演奏を生で聴けるチャンスだ。俺たち1年生は演奏しないけどその分他の学校の演奏を聴いて色々吸収したい。俺こないだのセンの演奏聴いて思ったんだ。生演奏って録音で聴くのとは全然違う、その場だけのパワーがあるんだって。」

 奏太は郷園高校の演奏会のあと旋の演奏した協奏曲をインターネットで検索して別の音源で色々聴いたりしていたのだ。しかし、いくら技術のあるプロの演奏している音源とはいえ、生で聴いた時の衝撃を超えることはなかったのだった。

 全国大会への決意を新たにする奏太を見て美沙も言った。

「そうだね。生演奏楽しみだね!きっとどの学校もすごい演奏をすると思うよ!」

 こうして二人は花火と音楽を関連付けながら語り合い、いつしか奏太はまともに話題が無かったことが嘘のように感じられた。

実は第7章の花火大会編は美沙の「花火と音楽は似ている」発言から膨らんで生まれたエピソードです。誰がセリフを言うかも決まってなかったですが、結果的に美沙に白羽の矢が刺さりました。

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