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マンドリニストの群れ  作者: 湯煮損
第7章「西田花火大会」
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第40話「優しい男」

 糸成は屋台の前の人をかき分けながら奈緒を探していた。

「それにしても、紺野さんの言う通りりんご飴も唐揚げもかき氷も店結構いっぱいあるな、こりゃあ高木さん見つけんのも結構時間かかるかも」

 たくさんある屋台の側を注意深く確認しながらため息をついたが、ふと奏太のことを考え、

「…でも、時間かかるのもそれはそれでいいかもしれないか…」

 と呟くとクスリと笑った。


「…まあ最もあいつの場合二人っきりになったからってそんなすぐに進展は出来なそうだけど…」

「誰と誰が進展するって?」

「えっ?」

 最後に付け加えたことを突然誰かから聞かれ、糸成は思わず振り返った。

「よっ!お前たちも来てたのか!やっぱ祭りは最高だよな!」

「高橋先輩!」

 そこにいたのはマンドリン部部長の高橋和樹だった。

「…ってそちらこそお熱いように見えますが…!」

 そして1stパートリーダーの小野真琴も一緒だった。

「いや、これは別にそういうんじゃ…!さっきバッタリ会っただけで!」

「えー本当ですか〜?」

 糸成に詮索され、小野は慌てて否定した。


「…ところで先輩高木さん見ませんでしたか?」

 糸成は改めて奈緒のことを聞いた。

「“高木”?...ああナオちゃんね!んー見てないなーはぐれちゃったの?」

「いやはぐれたというか、僕は1年男子で来てて奏太と屋台に来た時に紺野さんに会いまして、携帯持ってない高木さんとはぐれたって言うもんで探してたんですよ。紺野さん足怪我しちゃって動けなかったもので」

「なるほど、それは大変だな。早く見つけないともう花火打ち上げまで20分ないぞ。」

 高橋も心配して言った。

「そうなんです、なかなか見つからなくて。もうちょい先まで行って探してみることにします!」

「分かった!俺らも見つけたら連絡するよ。」

 高橋はそう言って微笑んだ。


「すみません先輩。せっかくのデートをお邪魔して」

「…だから違うって!!」

 糸成が去り際に少しからかうと二人は普段の柄にもなく顔を赤らめて否定した。




 糸成は小野たちと別れたあと、引き続き屋台の側を見ながら一つずつ確認していた。花火の開始時刻まではもう10分を切っていた。

「いないな〜もうあとちょっとで花火始まるのに…」

 たくさんいる人をかき分けながら奈緒を探しているうち、とうとう屋台の終わりの辺りまで来てしまった。

「こっちはもう屋台がない…見落としたかな…」

 糸成はそう呟くと、戻りながら再度確認するため振り返ろうとした、その時だった。

「あれ?もしかしてイトナリくん?」

 みると屋台の側に探していた奈緒が立っていた。

「高木さん!探したよ!」

 糸成はホッとして駆け寄ると奈緒はびっくりして口に手を当てた。

「えっ?糸成くんが私を探してくれてたの!?」

「ああ、さっき紺野さんと会ってね、事情を聞いて探しに来たんだ。」

 糸成が経緯を説明すると奈緒は顔を赤らめて慌てた。

「ええ〜私がかき氷のお店選びに時間かけてる間にそんなことになってたなんてごめん!私たちの連携が取れなかったあまりに糸成くんに迷惑かけちゃった!」

「いや、むしろ息ぴったりだと思うぞ…」

 かき氷選びの件が美沙の読み通りで糸成は苦笑いして呟いた。


「ところでミサはどこにいるの?」

「ああ、紺野さんは下駄で足怪我しちゃったみたいでソウタがついてる。今連絡するよ。」

 糸成は美沙の場所を聞いた奈緒に状況を説明し、携帯を取り出しながら歩き始めた。

「うん!ありがとう糸成くん!」

 奈緒はニッコリと笑うと糸成に着いて歩き始めた。




 その頃、奏太と美沙はベンチで糸成を待っていた。最初のうちは雑談をしていたふたりだったが、もはや話題も尽き、奏太の緊張もあってお互い無言の状態になっていた。

ーくそ、俺ってこんなにコミュ障じゃなかったよな…好きな人、紺野さんといるだけでこんなに言葉が出てこなくなるなんて…何か話題を探さないと…

 奏太は自分から話さなければと思い、色々考えるものの緊張が邪魔して何も言い出せない自分にもどかしさを感じていた。しばらくボーッと考えていると、糸成から電話がかかってきた。

「おっ、見つかったかも!」

 奏太は美沙にそう言ってから電話に出た。

「もしもしソウタ?今高木さんを見つけて一緒にそっちに向かってる!」

「よかった!今どの辺?」

 奈緒を見つけたという糸成の連絡に奏太はニッコリと笑って美沙の方を見ると合図をした。美沙もそれを聞いてホッとしたように胸を撫で下ろした。

「ちょうど屋台の一番奥の方にいたもんで急いでそっちに向かってるところだよ。悪いがそこで待っててくれ!じゃあまた後で!」

 糸成はそう言って電話を切った。

 奏太は携帯を片付けると美沙の方を見て言った。

「一番向こうの屋台の方まで行ってたって。今こっちに向かってるらしい!」

「よかった…」

 美沙はそう答えると微笑んだ。そして空を見上げると

「これで安心して花火見れるね。」

 と一言呟いてからまた黙って空を見続けた。奏太はそれを聞いて少しドキッとしたが、きっとそんなに深い意味はないのだろうと心の中で自分に言い聞かせ、赤くなった顔を隠すために俯いた。




 しばらくして美沙は奏太の様子を横目で確認すると静かに呟いた。


「ねえ、」


「えっ?」


 咄嗟のことで奏太は思わず驚いた。



「春日くんって優しいよね」

「えっ?」

 奏太はまた驚きの声を出してしまった。自分の好きな人が突然自分の親友のことを褒めたので驚愕するのも無理は無い。先ほどの「えっ?」よりも強く、若干の疑問の混じった声が漏れた。

「そうでしょ?せっかくみんなで花火大会に来たのに私なんかのために親友である大橋くんと離れて奈緒のこと見つけてくれるなんて…それに私の怪我も心配してくれたし!」

 美沙は上を見続けながらそう言った。

「あっ、もちろん大橋くんが親切じゃ無いって言ってる訳じゃないよ!大橋くんも怪我した私の側にいてくれてとても安心できるから!」

 奏太の方を見て慌てて付け加えた。

 奏太は美沙の言葉をしっかりと聞くと、答えた。

「ああ、あいつはすごい優しいよ。」

ー確かにあいつは本当に優しい奴だ。俺のことを応援して紺野さんとふたりっきりにするために自分が進んで探しに行ってくれた…。あいつのおかげでせっかく二人きりになれてもまともに話ができず、黙り込んじゃう俺なんかよりよっぽどいい奴だ。紺野さんが気に入るのも無理は無い…

 美沙が糸成を褒めたことで完全に彼女が糸成のことを気に入ったと思い込んだ奏太は少し卑屈な考えに至り、そして同じことを噛み締めながら繰り返した。

「本当にいい奴だよ…あいつは。俺なんかよりよっぽど…」


 その様子を横目で見ていて美沙は静かに微笑むと一言呟いた。


「ナオが好きになっちゃうのもわかる気がする。」



「んん?」

 美沙の言葉を聞いてネガティブになっていた奏太は意表を突かれた。


「それってどういう…」



 …その時だった。突然空がパッと明るくなり、大きな音が響いた。19時、花火が始まったのだ。

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