第39話「ひとりの美沙」
しばらくして学と敦が帰ってきたので交代し、奏太と糸成も買い出しに出かけた。
「えーと、フランクフルトだろ…あとかき氷もあるよな〜」
「おいおいかき氷は溶けるし後だろ!俺は焼きそば買うよ!あとたこ焼きも欠かせないね。祭りで食べたいものランキングのトップだよ。」
二人はそれぞれ自分の食べたいものを口々に言いながら屋台に向かって歩いていた。
しばらく歩くと屋台についた。カラフルな看板がずらりと並び、まだ花火は始まっていないのにたくさんのお客さんで賑わっていた。
「誰か知ってる先輩いねーかなー!」
奏太はキョロキョロと周りを見渡した。
「ははは、まずお前が覚えてる先輩ってだいぶ限られるけどな!」
「なっ、いや顔は流石に覚えてるわ!あやしいのは名前だけだよ!先輩に会えば奢ってもらえるかもしれないだろ!」
「うわっセコい...!」
奢りを期待する奏太のゲス顔に糸成は思わず顔をしかめた。
「あれっ?その声は大橋くん?」
「えっ?」
後ろから声がしたので思わず振り返った。
「あっ、き、君は!」
「あー!春日くんも一緒なんだね!」
「紺野さん!」
そこにいたのはマンドリン部1年Celloパートの紺野美沙だった。
密かに好意を寄せている紺野美沙に突然出会い、初めて見るその綺麗な浴衣姿に奏太は慌ててしまった。あまりに唐突な登場に糸成も少し驚いた。
「やあ、こんにちは紺野さん。今日は確か高木さんと一緒に来るって言ってたけど...?」
「…そうなの。さっきはぐれちゃって、ナオ携帯忘れたって言ってたから連絡もつかなくて探してたの。そしたらね、慣れない下駄を履いてきたもんだから怪我しちゃって困ってたの。私って意外とドジね…」
糸成の質問を聞いて美沙は恥ずかしそうに自分の足を指差すと顔をしかめた。
「そっか、それは大変だったね、」
ー“意外と”って自分には使わない気がするけど…
糸成は美沙の怪我を見て相槌を打った。
「わかった!んじゃ俺たちも手伝うよ高木さん探し!紺野さんもそんな足じゃ探しづらいだろうしこのままだとせっかくの花火が台無しだ!まだ打ち上げまで少し時間がある!それまでにはきっと見つけられるよ!だから…」
糸成はそう言って奏太の方を見ると、話を続けた。
「ソウタ!お前はここで紺野さんに着いていてくれ!俺が高木さんを見つけてくる!」
「え?」
一瞬奏太は糸成の言っている意味が分からず、固まってしまった。でた返事もとても鈍いものになってしまった。
奏太が不思議そうに糸成の顔を見ると、糸成はキョトンとした顔で言った。
「ん?なんかマズかった?」
「いや、お、俺はいいけど紺野さんがどうか分からないだろ!!」
慌てている奏太を横目に見て、美沙も
「私は全然大丈夫だよ!それより二人に迷惑かけちゃうから自分で探すよ!…痛っ…!」
と言ったが、少し動くとまだ足が痛むようでしゃがみこんでしまった。
「いやいや全然大丈夫じゃないでしょ!とにかく俺らに任せてよ!紺野さんは休んでた方がいいよ。」
「ほんとにいいの?」
美沙は親切に言う糸成の顔を下から見上げて尋ねた。
「任せろ!それよりはぐれた時の状況を詳しく聞かせてよ!」
糸成はそう言ってはぐれた時のことを尋ねた。
美沙はため息をついてはぐれた時のことを説明した。
「二人で屋台に来てそれぞれ買い物をすることにしたんだけど私が唐揚げ、ナオがかき氷を買うことになってね、あとで合流してりんご飴を買うことにしたもんで買えたらりんご飴屋で合流しようって話になってたの。でもよくみるとリンゴ飴屋さん何軒もあって一つに絞ってなかったから合流場所がはっきりしなくなっちゃって。広い屋台で人もいっぱいいるから時間かけて探してたら足を怪我しちゃって...!唐揚げ屋さんも何軒かあったから選ぼうと思って見てたら思いの外時間がかかっちゃって…ナオを長時間待たせちゃってるかもしれないの…」
「なるほど、じゃありんご飴屋を一通り見れば見つかるかもしれないんだね!」
ーこの人よく唐揚げ買ってるみたいだけどひょっとして結構こだわりあるのかな…
糸成はそう相槌を打ちながら、美沙の唐揚げへのこだわりの強さを想像して苦笑いした。 (美沙は文化祭のときにも唐揚げを買っていた。)
「…とにかくわかったよ!俺はとりあえずりんご飴屋を一通り回ってみるよ!あと念のため唐揚げ屋も!」
「待って、悪いんだけどあとかき氷屋さんも見て見て欲しいの!ナオもかき氷の味には拘って店選びに時間かけるタイプだから…」
ー何なんだあんたら…
「了解!じゃちと行ってくるわ!ソウタは紺野さんにしっかりついてるんだぞ!」
「お、おお…!」
糸成は美沙と奈緒のそれぞれのこだわりの強さに呆れながらもうなずくと、奏太と美沙に手を振り、奈緒を探しに出かけた。奏太は自分の顔が不自然に赤くなってないか心配しながら返事をした。
「ごめんね大橋くん…迷惑かけちゃって。」
美沙は奏太の方を見て呟いた。
「えっ、ぜ、全然大丈夫だよ!それより立ってるのもアレだし、あそこのベンチに座るといいよ、歩ける?」
「うん、なんとか…!」
二人は向かいのベンチに歩いていくと、腰を下ろした。
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その頃…
「ソウタたち遅いなあ」
「もう少しで花火始まるよ…」
敦と学は二人が人探しをしているとは夢にも思わず奏太と糸成を待っていた。 (もはや大喜は来ないものと考えているようである)




