表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マンドリニストの群れ  作者: 湯煮損
第6章「次の学生指揮者」
42/357

第36話「中川の気持ち、同期の気持ち」

 中川は下を向いたまま、話を続ける。

「俺が部活をやめた理由はそれだけじゃない。俺はマンドリン部に入るまでは当然一人でピアノを弾いてきた。だから俺は自分が目立つ演奏をすることだけを考えて演奏してきた。しかし、合奏ではそれが裏目に出る。一人の目立つ合奏なんて普通はあってはならない。でも俺はそんな当たり前なことにも気づかず、これまでの演奏では周りに溶け込まずに勝手なことばかりして山下先輩を始め、みんなに迷惑をかけてばかりだった。だから全体のためにも俺は部活に残るべきではないんだ。俺のこの部活での目標はみんなの掲げる“全国1位”じゃなくて“確かな実力をつけて目立ち剛田旋を超えること”だったんだ。」

 中川はその後、奏太の顔を見て言った。

「さっき俺はお前に“俺とお前は違う”と言ったな、あれはあのままの意味で音楽に対する向き合い方が違うということだが、お前の言う通り、お前と俺には確かに似ているところもある。」

「…!」

 中川の発言に奏太は反応した。

「お前はかつて旋に“お前を追い越す”って言ったそうだが、その台詞は1年前に俺があいつに出会った時に言った台詞でもあるんだ。」

「…!同じことを!」

 奏太は中川と自分が過去に同じシチュエーションで同じことを言ったということを知り、少し驚いた。

「ああ、俺がお前に力を貸そうと思ったのはそれが理由なんだ。音楽性の面で全然似てない俺とお前が全く同じことを言ったってことが不思議に思えてな、お前のゆく末を見届けてみたくなったんだ。」



 中川の話を聞いて、奏太は余計に食らいついて懇願した。

「先輩!とにかく俺は先輩に指揮をやって欲しいんです!」

「…無理だ、指揮者は演奏者から確かな信頼を得ていることが不可欠だ。普段から勝手なことばかりしていた俺にはそれが足りない。」

「そんなことないよ!」

 中川に対し、声を上げたのは和田だった。

「私は前2ndだったけどマンドリンパートは1stと合同のパート練で教えてもらうことも多かったでしょ。音楽初心者だった私にとってはその時中川くんが色々音楽のこと教えてくれたのがすごく頼もしかった!中川くんは楽器の弾き方こそ覚えたてだったけど普段ピアノで弾いてるなんかよくわからないけどすごいクラシックの曲を色々メロディで弾いてくれたりした!それも当時の私にはすごく上手に感じて悔しくて練習頑張れた!中川くんがいなくなって私は1stになってもうすぐコンミスになるけど、中川くんと一緒に練習したあの頃のことがなければコンミスなんて引き受けられなかったと思う!」

 それを聞いて山口が横からツッコミを入れた。

「そうね、でも中川くんがいなくならなければこの子がコンミスになることも無かったけどね。」

「それはそうだけど!」

 その後永野も口を開いた。

「和田ちゃんの言う通り私たちはあなたに色々助けられたよ!三送会の1年生合奏では演奏のアイデアいっぱいくれて先輩たちに喜んでもらえたしね!」

 横から益田も加わる。

「ああ、俺なんてお前がいないと学年男子1人になっちゃうからな。お前にはすごく仲良くしてもらえたと思っているよ!」

 最後に水島がまとめる。

「ほらね!みんなも言うように私たちは中川くんに色々助けられててやっぱり中川くんは私たちの学年に必要だと思うの!」

 それを聞いて中川は後ろめたそうに呟いた。

「お前ら…」




 その後山口が静かに言った。

「私たちは人数が少ない分助け合ってここまでやってきた。今みんなが言ったように中川くんはすごい知識を持ってたから私たちはすごく助けられたわ。そして今、私たちは指揮者選出という大きな問題にぶつかっているの。そしてそれを最もいい形で解決できるのはあなただと思っている。これが“私たちの気持ち”、それに対して“あなたの気持ち”はどうかしら?」

「俺の…気持ち?」

 ポカンとして復唱した中川に対し山口は話を続ける。

「そうよ、さっき奏太くんも言ったようにあなたは今の状況に本当の意味で納得できていないように見える。あたかも部活を辞めると言う自分のした選択を悔やんでいるようにね。それはあなたの今の性格も物語っていると思うわ。あなた、今はすごく陰湿な感じになっちゃっているけど部活にいた頃はもっと熱血で明るかったわ。おそらく慌ててした部活を抜けるという判断に対して疑問を抱き、自暴自棄になってしまったんじゃないかと思ったんだけどどうかしら?」

「それは…!」

 中川は黙ってしまった。

「最後にもう一つ言うわ。あなたがさっき言ってた自分一人目立ちたいというあなたの考える“短所”、あれを聞いて私はあなたは指揮者になるべきだって改めて思ったわ。」

「…なんだと?」

「だってそうでしょ?オーケストラの中で奏者は個々だけど、オーケストラ全体も一つの個。どう?もう一度この部活に入って今度は指揮者としてこのオーケストラを目立たせてみない?伴奏からメロディまでを一人で弾くピアノをやってた中川くんならオーケストラをいわば“()()()()()”として上手に“演奏”してくれると思うわ。」

 山口はそう言って部室から持ってきていた指揮棒を中川に向かって差し出した。周りのメンバーも山口の意見に同意し、指揮棒の先にいる中川を見守った。中川は山口の説明を聞いて再び言葉を失ったが、ため息をつくと、指揮棒を受け取ってこう言った。

「やれやれ、どうなっても知らないぞ。」

 中川の返事を聞いて一同は思わず喜んだ。こうして結果的に中川雅典は学生正指揮者としてマンドリン部に復帰することになった。




 中川雅典の学生正指揮者としてのマンドリン部復帰が決まり、音楽室では2年生たちのホッとした様子が見られた。

「それにしても中川先輩も素直じゃないですよね。“やれやれ”って、内心はすごい復帰したがってたのバレバレでしたよね〜」

 奏太が若干いじり気味に言うと中川は決まり悪そうな表情で言った。

「い、いや戻りたかったなんて、俺はただ前に迷惑かけたから戻ることで償いになればと思っただけで…」

「はいはい…」

 中川に対し山口は呆れた。

「それにしてもアミはこういう時冷静だよね〜」

「そうそう完璧に状況を見越してるみたいでちょっと怖いくらいだったよ〜」

 水島と永野がそう言って山口の方を見ると山口は静かに微笑んで答えた。

「そうね。」

「“そうね”!?あなたのこと言ってるんだけど…!」

 山口の他人事のような態度に和田が思わずツッコミを入れた。コントラバス2年の山口は1年生が入るまでは3年の高橋と2人でコントラバスパートとして演奏を支えてきた。高橋がああいうキャラなので彼にツッコミを入れたりすることも多いものの全体としては高橋とは真逆で、非常に冷静な態度を貫いている。普段はわりと口数も少ないが、状況は誰よりもしっかりと観察しているため、今回の件のように一見すると傍観者のような立場から核心をつく指摘をすることもある。傍観者気質なところをこじらせて自分のことですら他人事のように答えることもある。


 最後に改めて水島がこの日の話し合いのまとめをした。

「そいじゃ、今日の話し合いの結果今年の2年生の学生正指揮者は中川雅典くんにやって頂くことになりました!中川くんは再度入部の手続きが必要になると思うからこのことを先生に報告する際に同時にその手続きを踏むことになると思います!とにかく改めてまたこれからよろしくね!」

 水島のまとめを聞いて中川は静かに微笑むと、答えた。

「ああ、また世話になるよ」

「ソウタくんもありがとね!こないだは冗談のつもりだったのにまさか本当に解決策を出してくれるなんて思わなかったよ!今回の件は君なしには解決できなかったよ!改めてありがとうね!」

 水島はそう言って奏太にウインクをした。

「はい!俺も皆さんと演奏するのを楽しみにしてます!」

 奏太はそう返事をした。

 こうして2年生にとって最優先事項だった「次期学生正指揮者の選出」はかつて退部した中川雅典の復帰任命という形で決着がついた。この後山崎先生に報告し最終確認となる。いずれにせよ、これによって2年生たちは無事およそ20日後に迫る全国大会の練習に集中することができるようになった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ