表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マンドリニストの群れ  作者: 湯煮損
第6章「次の学生指揮者」
41/357

第35話「2年生総会議」

 「じゃあ俺は帰るぞ。また来週な。」

 中川がそう言って荷物を持ち、帰ろうとしたので奏太は慌てて引き止めた。

「中川先輩!」

「ん?」

「ちょ、ちょっと先輩に見せたいものがあるので着いてきてくれませんか?」

 とっさのことだったので少し苦しい理由づけだったが奏太は中川の目をしっかりと見て彼に頼んだ。

「あ、ああ。別にいいけど。」

 中川は少し不思議に思ったが荷物をおろし、奏太に着いていくことにした。奏太はぎこちない態度で中川を誘導し、音楽室に向かった。

「…ここなんですが、」

「音楽室?ここに何かあるのか?」

 音楽室に連れて来られて少し疑問に思った中川だったが、奏太に言われて扉を開けた。そして中の様子を覗き込んで思わず声を上げた。

「んなっ、奏太!お前…!」

 中からも驚きの声が上がった。

「ん、誰?…えっ?中川くん!?」

 中川は奏太の方を振り返って尋ねた。

「おい奏太!これはどういうことだ!」

「す、すみません先輩!…つまりそういうことです。」

 中川に迫られて奏太は少し申し訳なさそうな表情で答えた。そう、中には先ほど部室から音楽室に向かった永野梨香同様2年生全員が学生正指揮者選出の会議で集結していたのだ。



 奏太が音楽室に中川を連れてきたことでその場の空気は張り詰めていた。

「奏太くん!まさかあなた!」

 和田は二人の様子を見て奏太の意図に気づいた様子だった。

「おい、お前ら何の話をしてたんだ」

 和田の反応を見て、中川は慌てて部屋の中の2年生に尋ねた。

「学生正指揮者を決めなくちゃいけなくて話してたのよ!奏太くん!彼を連れてきたということはつまり…!」

 和田はそう答えてから奏太に再度確認をした。

「はい。僕は中川先輩に指揮者をやっていただくのが一番いいと思って少々手荒でしたがここに連れてきました!」

 奏太はそうハッキリと答えた。

「マサノリに指揮者を…?」

「でも確かに音楽的なことは2年生の中でも一番分かっているし、結構アリかも…!」

「やってもらえると確かにこっちもすごく助かるよね!」

 その場にいた2年生たちは少し考え始めた。

「おいちょっと待て!俺は部活を抜けた身だ!今更指揮者として戻るなんてそう簡単にできるわけないだろ!」

 それぞれ口々に感想を述べ合う2年生たちに対し、中川は慌てて反論した。

「そうね、確かに前より陰湿になって接しづらい印象にはなったけど、」

「陰湿言うな!」

 山口の悪口に中川は思わずツッコんだが、山口はそのまま話を続けた。

「でもね、すごく合理的なアイデアだと思うわ。少なくとも私たちの中から正指揮者を出すより明らかに演奏の質はよくなる。」

「しかし…!」

 普段口数の少ない山口から褒められても、中川は相変わらず気が進まない様子だ。


 ここで割り込んできたのは奏太だった。

「僕も、先輩に指揮をやっていただければ演奏は格段に良くなると思います。」

「…!」

 奏太が話を始めると中川は焦りの表情で睨みつけながら口をつぐんだ。奏太は2年生全体を見つめ、さらに話を続けた。

「このアイデアはもともとイトナリが言ってくれた案です。以前先輩方の学生生指揮者会議を見てしまった時、水島先輩は僕とダイキに何かいい案は無いかとおっしゃいました。その時先輩は冗談だと言ってくださいましたが、それからその話がどうにも頭から離れなくて、ずっと考えてたんです。そしてイトナリがヒントをくれたこと、あとは今日中川先輩のレッスンを受けて間違いないって確信しました。中川先輩は音楽に関してものすごい知識とセンスをお持ちで誰よりも指揮をやるのに向いている…!そう思ったんです!」

「そんな勝手な…!」

 奏太の話を聞いて中川は迷惑そうに頭をかいた。

「確かに1年生の僕が2年生の議題にこれだけ関わるのは生意気かもしれません。しかし、僕はなんとしても中川先輩をこの部活に復帰させたいんです!」

 中川の態度を気にせず奏太はそう話をまとめると、一息置いてこう付け加えた。

「僕には今の状況に一番納得いってないのは中川先輩自身のように見えるんです!」

「…!?」


 奏太の最後の言葉を聞いて中川は固まった。

「なんだと?」

 それでも奏太は堂々とした態度で続けた。

「僕には先輩は自分になんとなく似ている気がしたので分かったんです。僕も先輩と同じで負けず嫌いなところがありますから。」

 奏太の発言を受けて、中川は首を傾げて聞き返した。

「似てる?なぜ俺がお前と同じように負けず嫌いだって思ったんだ?負けず嫌いなら普通は部活を途中で辞めたりしないだろ。」

 指摘をされても奏太は表情を変えずに答えた。

「それは、小野先輩が中川先輩のことを部活にいた頃はものすごいやる気を持って取り組んでいたって紹介していたからです。中川先輩のことは“完璧主義”だともおっしゃってましたし。それに、ピアノコンクールで何度も上位入賞なんて負けず嫌いでなければできないじゃないですか。」

「…」

 中川は奏太の話を黙って聞いていた。横で話を聞いていた和田も奏太の話を聞いてかつての彼の様子を思い返した。

「確かに中川くんは部活にいた頃はものすごい練習量だったわね。」

 和田の話を受けて奏太は腑に落ちたような顔をした。

「はい。僕が思うに、中川先輩はセンのことをライバル視してたんじゃないかと思います。正に今の僕のように。」

「…!」

 中川は相変わらず口を開かなかった。

「…最初は渋ってた中川先輩が最終的にセンを超えることを目標にしている僕の指導を引き受けてくれたことが何よりの証拠だと思います!」

 奏太は真っ直ぐな目で中川を見つめた。



「お前の指導を引き受けたことが俺が負けず嫌いであることの何よりの証拠?どうしてそうなるんだ?」

 奏太の発言の意図が理解できない中川は顔をしかめた。しかし奏太はそれでも表情を変えず、続けた。

「僕は先輩も自分が僕と似てるってことに気づかれたんだと思いました。それで自分と同じ目標を持っている俺に力を貸してくれる気になって下さったと思ったんです!」

「似てないよ!」

 奏太の言葉に中川は俯きながら怒鳴った。そしてしばらく黙ってからもう一度口を開いた。

「…似てないだろ。俺とお前は違う。文化祭で演奏を終えたお前は俺たちに演奏を楽しんだと言った。だけど俺には演奏を楽しむって感情が分からない。俺は小野先輩の言う通り完璧主義者だ。演奏には完璧を求めた。だから俺は今まで練習に全力で取り組んだ。周りが遊んでいる間にも一切手を抜かなかった。」

 ここから中川は長い話を始めた。


 「俺は幼い頃からピアノをやってた。小学校の頃からはコンクールに出て入賞することも多かったが、1位はなかなか取れなかった。だからこそ俺は優勝を目指して全力で取り組んだ。今思えば俺の完璧主義はここから始まってるんだと思う。」


 「高校に入って、音楽を極めるにはどうしたらいいかを考えたときに、全国大会を目指すマンドリン部のことを知った。音楽を頑張りたいと思っている俺にとって何より似た志を持った部活だし、自分の演奏のヒントを何か得られるかもと思った俺は入部した。ピアノ経験を活かして上達は早かったが、他のメンバーと同じように技術面では最初からやるというプレッシャーが大きかった。だから1年生初期の頃から気を抜かずに自主練に向かった。そんな中でセンに出会ってソウタと同じように彼をライバル視し、余計に練習を頑張った。」



 「...ここでの無理が祟ったんだろう。定演を終える頃には手の怪我を引き起こし、演奏をできない状況になってしまった。手のケアや姿勢、無理しすぎない練習頻度は重要だということは演奏者にとって不可欠であるにも関わらず、俺は気を引きしめすぎてそれらを忘れてしまった。まさに演奏者失格。この怪我のせいで全ての楽器が弾けなくなってしまったのはもう当然の報いだと思って部活をやめるに至ったんだ。」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ