第31話「大事な演奏順」
勉強会が終わってからは奏太は全国大会に着いて行きたいという気持ちもあって改めて勉強を頑張るようになり、6月29日に始まったテストではなんとか健闘した。そして7月4日期末テスト最後の科目が終わったあと西田高校はいつもより早い放課後を迎えた。
マンドリン部も活動が再開され、弁当を食べ終わったメンバーたちが続々と部室に現れた。奏太と糸成がいつも通り一緒に音楽室に行くと、ちょうど益田が建物から出てきたところだった。
「おっ久しぶり!テストお疲れさん!」
「お久しぶりです!」
二人は久しぶりの部活の雰囲気に心を躍らせ元気よく挨拶をした。
「そういえばどうだったテストは?赤点になってないだろうな?」
益田はニヤニヤしながら二人、特に奏太の方を見て尋ねた。
「えっ、そんなよしてくださいよ〜、今回は結構頑張ったのでなんとか赤点は回避できてると思いますよ!そういう先輩はどうなんですか?」
奏太は思わずギョッとしたが、逆に益田の様子を聞いてみた。
「俺か?俺は今回は結構いい線いってると思うぜ!今度こそ現代文1位を目指してるんだ。」
「現代文が得意ってすごいですね…!こないだの課題テストも4位だったって水島先輩がおっしゃってましたもんね。」
糸成は自信たっぷりの益田を見て感心した。
「俺は将来国語の先生になりたいから結構頑張ってるんだ。とにかく大丈夫そうなら安心したよ。ソウタが勉強会に参加するなんて相当なことだと思ったから2年生みんなで心配してたんだ。」
益田はそういうとジェスチャーをして校舎の方に向かって行った。
「益田先輩は今からすでに明確な夢を持って勉強してるんだな。さすがだな。」
益田の後ろ姿を見送りながら糸成はしみじみと呟いた。
「そうだな。でもなんか俺軽くディスられた気がしたんだが」
奏太は心配されていたという言葉を思い出して苦笑いした。
この日の活動は会場の準備が終わったところで部長の高橋の話から始まった。
「みんな久しぶり!とりあえずテストお疲れ様!さて、テスト前最後の部活が文化祭の反省会だったので文化祭気分が抜けきっていない人もいるかと思いますが、私たちには遊んでいる暇はありません。」
「一番気分が抜けきってなさそうなのはカズキよね」
「そこうるさい!図星だ!」
小さい声でツッコミを入れた小野を見て高橋は苦笑いしながら返した。
そして今度こそ真面目な表情に戻ると話を続けた。
「俺たちがテスト休みとなっているうちに全国大会まで1ヶ月を切っています。何なら明日で残り3週間となります。時間もなくなってきてできることは限られてきます。全国大会でいい演奏をするために今日から全力で練習しましょう。2年生にとっては初めての全国、逆に3年生にとっては最後の全国、1年生のお手本となるような演奏をしましょう!」
高橋はそう気合いを入れた。そして入り口の方に向かって歩きながら話をした。
「そして、全国大会について先生からひとつお知らせがあります。」
高橋は先生のいる別の部屋に行き、山崎先生を呼んだ。高橋が呼んでからすぐ、山崎先生が音楽室に現れた。
「皆さんお久しぶりです。皆さんにお知らせがあります。」
部員たちは久々の山崎先生の淡々とした話しぶりに少し気を引き締めた。そんな様子を見ながら山崎先生は穏やかな表情であたりを見渡すと静かに口を開いた。
「全国大会の演奏順が決まりました。」
「ついに…!」
山崎先生の言葉を受けて2、3年生の間に一気に緊張が走った。その様子を見て不思議そうに思った奏太は小野に尋ねた。
「曲順ってそんなに重要なんですか?」
奏太の質問を受けて小野はびっくりした表情で答えた。
「そりゃあ重要だよ!全国大会は60校出るからいろんな学校がいるわけで、特に強豪の前や後とかだと審査員の印象に残りにくくて不利になっちゃうの!あとはあんまり出番が早すぎても印象に残りにくいかな、一桁とかだとちょっと不利かも!」
「なるほど、やっぱそういうの結構あるんですね。」
小野の説明を聞いて奏太は納得して改めて山崎先生の曲順の発表に注目した。
山崎先生は全員の反応を確認してから改めて仕切り直した。
「さて、準備はよろしいですかね。では今から曲順を発表します。今年は私たちは16番目です。」
16番目という順番を聞いて一同は一気にざわついた。
「リナ!16番ってどう?」
曲順を聞いてすぐ小野が尋ねた相手は江口梨那だ。コンミスでパートリーダーの小野真琴、副パートリーダーの三河彩花とともに3人いる1stマンドリン3年生の一人で、頭の回転の早さを小野に認められ、“1stのブレーン”と呼ばれているとかいないとか。得意な教科は数学、1st唯一の“リケジョ”だ。
江口は静かに分析して答えた。
「16番目ということは確か1日目の第2部。昼食を済ませたあたりね。去年は18番の後に休憩が入ったから14時前ってとこかしら?前過ぎないしさっき小野ちゃんが言ってた早過ぎて印象に残らないってことにはならないと思うわ。」
「うんうん!つまりいいってこと?」
「でも、朝食を12時に取るとこの時間は少し眠くなる頃。審査員の先生たちの集中力も切れるかもしれない。そういう点では少し心配ね。」
「えっ、じゃあ結局ヤバイってこと!?」
小野は江口の説明を聞いて少し取り乱した。
「私には去年の記憶を頼りに言う事しかできないからわかんないけど、結局私たちにできることは頑張って演奏することだけだと思うよ。今まで通りしっかりやろう!」
そう言って小野をなだめる江口を見て奏太は少し驚いた。
(去年の時間までよく覚えてるな…それに時間って毎回ちょっとは変わるんじゃ…)
その後、去年特別賞の受賞をした強豪校の位置を確認した。今年は西田高校の前後には特に強豪校の出番は無かった。
曲順の発表を終えて山崎先生は全体を見回すと、改めて話を始めた。
「去年は私たちの前が龍門高校だったこともあって私たちは特別賞を逃してしまいましたが、今説明した通り今年は強豪校が周囲にいません。チャンスですから正々堂々演奏し、今年は特別賞を獲れるように頑張りましょう。」
そう、前に奏太が高橋から聞いた通り、西田高校は昨年度の全国大会では特別賞を逃してしまっていた。実はここ数年間安定して特別賞を獲って来ていたため、昨年の結果は3年生やその上の現大学1年生の代にとって大きなショックとなったのだった。昨年悔しい思いをしたため今年こそは特別賞、そして歴代の悲願である全国1位を獲りたいという思いは今までの学年で一番強いのだ。
また、山崎先生の話のなかにあった「龍門高校」とは、東京都が誇る有名私立高校で、例によって中高一貫校である。マンドリン部の成績がよく、毎年必ず上位3位以上に食い込んできている強豪校だ。特に最近の成績は顕著で2020年の大会で優勝。2021年の大会では西田高校の前に演奏し、強烈なインパクトでこの年も優勝を勝ち取った。一つの学校が2年連続で優勝をするのはこの大会史上初の快挙となった。今年も優勝の有力候補となっている。部員も80人を超え、まさに大所帯、王者の風格すら感じさせる。
山崎先生が話を終えると、高橋が再び全体の注意を集め、話をした。
「前から言っている通り、俺たちの目標は特別賞受賞、もっと言うと全国優勝です。1位を取れるように今日から練習を頑張って行こう!さて、今日のメニューだけど…」
高橋はそう言いながら黒板にチョークで文字を書き始めた。彼が書いたのはこの日の練習の予定表だった。16時〜17時がパート練習、17時から18時は合奏 (1年生は自主練)となっていた。それをみて奏太は不思議に思って小さな声で呟いた。
「1年生は自主練って、文化祭終わったけど何か練習するのあるのかな」
それを聞いて和田が、振り返って奏太の方を見ると、目配せをした。その様子を見て横にいた敦は
「どうやらなんか用意あるみたいだな。」
と言った。
作中で2020年大会と2021年大会についての記述がありますが、いわゆるコロナウイルスの騒動はなく、正常な大会や演奏会が実施されている世界線だと思ってください。




