第29話「深刻な問題」
その後比較的すぐのタイミングで敦が到着すると一同は早速勉強会を始めた。(もはや大喜の遅刻は誰も気にしていない)奏太の現社の出来なさは学の想定以上で熱心に教えた。周りのメンバーも自身の復習を兼ねてその指導に参加した。30分くらい経ったところで閉めてあった音楽室の扉が突然開いたので一同は驚いてそちらを見た。
「あれ?1年生!みんなもしかして部屋使ってた?」
見ると扉を開けたのは2年生の水島咲子だった。
「あっすみません!ここ使うんですか?」
「ううん!大丈夫!他でもできるから部室行くね!自主練に来た訳じゃないから音立てないし勉強の邪魔しないようにするね!」
美沙が慌てて答えると水島はすぐに否定した。
「じゃあみんな、部室いこっか」
水島は後ろを向いて誰かにそう伝えると美沙に合図して扉を閉めた。
その様子を見ていて糸成が呟いた。
「練習じゃないって言ってたけどだとしたら何だろう?」
「…さあ他にも誰かいるみたいだったしわかんないね…」
横で奈緒も首を傾げた。
「それより結構頑張ったしそろそろ休憩しようぜ?」
「まだ10分しか経ってないだろ!!」
「…はい」
どさくさに紛れて休憩を求めた奏太に一同は全員でツッコミを入れ、勉強会を再開した。
30分ほど勉強したところで奏太が再び訴えた。
「なあ、そろそろ本当に休憩しね?さっきのは冗談にしても俺トイレ行きたい。」
学も時計を確認した。
「…そうだね。ちょうどキリもいいし。10分くらい休憩にしよっか。」
「やったー!ありがとうマナブ先生!」
奏太はお礼を言うと立ち上がり、トイレに向かって慌てて走って行った。
奏太がいなくなった音楽室では周りの自習をしていた奈緒や美沙、敦、糸成も少し姿勢を崩して休んだ。ここで糸成が周りにふとあることを尋ねた。
「…そういえばさ、みんなはどうしてこの部活選んだの?紺野さんの話は前に聞いたことあったけど」
糸成の質問を受けてまず口を開いたのは奈緒だった。
「私はミサに言われて入ったよ!私中学の時はダンス部で音楽経験はないけどミサに楽しそうだからどう?って聞かれて!てか糸成くんミサの話聞いたことあったんだ!」
「うん前に入部届出し行くときたまたま会ってちょっとね。そっか二人とも確かに仲良いもんな。」
奈緒の答えを受けて糸成はそう言った。
「うん。高校入る前からずっと友達なの。私が部活に知ってる友達欲しいと思って巻き込んだの!ほら、最初の体験の時私ひとりだったでしょ?大橋くんと春日くんが一緒に来てるのを見て私も幼なじみと一緒の部活入りたいなあって思って。」
美沙はそう照れくさそうに言った。
「そっか、じゃ俺とおんなじだ。」
「えっ?」
不思議そうな顔をした美沙の顔を見て糸成は微笑んで続けた。
「俺も奏太を巻き込んだんだ。最初は渋ってたけどな。でも今は熱心にやってる。あいつがこんなに頑張ってるのも結構珍しいよ。巻き込んで良かった。」
そして少し溜めてから付け加えた。
「…紺野さんのおかげだな。」
「…わたしのおかげ?」
「…!!いや、なんでもない!」
思わず口を滑らせてしまって糸成は慌ててごまかした。
「…でも、良いなー!誘って良かったって思えて!」
「え?どういうこと?」
「私はかなり強引に巻き込んだから楽しんでもらえてるか不安だなー!もしかしたら恨まれてるかも…?」
美沙はそう言うと横目で奈緒を見て微笑んだ。
「え?そんなことないよ!私も楽しんでるよ!ミサのおかげで入って良かったって思ってるもん!」
「あはは冗談だよ!」
奈緒が慌てると一同は笑ったのだった。
奏太は校舎のトイレで用を済ませると音楽室に向かった。建物に入ったところで先ほど部屋に来て部室に移動した水島たちが部室にいることに気づいた。
「そういえばさっき慌ててたから気づかなかったけど、何話してるんだろう。」
奏太は部室の扉の前に立つとこっそりと中の様子をうかがった。見ると部室にはDolaの水島咲子を始め、1stの和田美恵、Celloの永野梨香、Guitarの益田智、Bassの山口杏実と、2年生の先輩が全員揃っていた。先輩たちの様子はあまり良い雰囲気ではなく、どちらかというと少しギスギスしているという印象だった。
「…俺たちの中から学生指揮出すって言ってもなあ…全員パートリーダーで一人ずつだし、まだ1年生たちの状態も確実じゃないからなあ…」
益田がうつむきながらそう呟くと水島も共感した。
「そうよね、指揮者に決まった人のパートは今後ポップスはずっと1年生だけで弾くことになるわけだからそう簡単に決められないよね…私ももっと人数いたらやりたいって言ってたんだけど何せ2年生少ないから話が別なのよねー」
「お前は部長もあるしな。」
「そでした…!」
益田に指摘されて水島は照れくさそうに頭に手を当てた。
ここで永野も呟く。
「まずコンミスの和田ちゃんはできないし、サッキーは部長だからできないしBassも杏実ちゃん抜けると1年生1人になっちゃうから除外って考えると私たち2パートの中から、ってことになるよね…んーでもチェロも1年生2人だし私としてはちょっと厳しいかもな…」
「…となると俺か」
話の流れを受けて益田は苦笑いした。
「益田がやると全部ロックになりそうだよね〜」
「…いやどんなイメージ」
水島に言われて益田は呆れた様子でツッコミを入れた。
ここでずっと黙っていた山口が口を開いた。
「ねえ咲子、ポップスも先生に振ってもらうわけにはいかないの?」
それを聞いて水島は首を傾げながら答えた。
「んーどうしてもって頼んだらやってくれないこともないと思うけど先生も忙しいからねー、それに生徒の中でも曲作り上手な人がいないと厳しくなると思うんだ。」
「そっか、それもそうね…」
水島の説明を受けて山口はまた黙ってしまった。
彼らが困っているように指揮者には大きく分けて2つある。大会の曲と定期演奏会のトリなどの規模の大きい曲を主に指揮する「正指揮者」と、普段のミニコンサートや文化祭、定期演奏会などのポピュラーソングと定期演奏会の小から中規模のクラシック、マンドリンオリジナル曲の指揮をする「学生正指揮者」だ。
正指揮者は山崎先生がずっと務めており、生徒の中から出すのは学生正指揮者の方になる。今の3年生は山下陸が一人でやっているが、もちろん複数人出しても良いとされ、その方が一人あたりの負担は減る。2人以上選出する際は「副」をつけたり、「正」を取ったりして区別する。山下は自分1人で多くの曲作りをしたいと強く希望して1人で担当しているが、部活としてやる以上多くの人が指揮経験を得ることの望ましさや負担を減らすという意味で複数人出すことが普通だ。(上下学年で出して下級生の内から経験を積ませる学校も多い)
しかし、今年の2年生は人数も少なく、1曲に指揮者をひとり出すということはもともと2年生のいない2ndの他にもう1パート1年生のみで演奏をしなきゃいけないことを意味する。また、音楽的知識を元に多くの曲を作っていく重要な仕事であるという点も相まってそう簡単に引き受けることのできる役職ではない。だからこそ彼らの話し合いは停滞しているのだ。
外で2年生の話し合いを聞いていた奏太は話の内容を受けて驚いていた。
「学生正指揮者…!そっか、指揮者としてパートから出るとそのパートの演奏者は1年生だけになっちゃうのか…」
奏太は中で話している内容のコトの重要性を改めて痛感した。
「2年生の先輩が少ない分、特に今年は3年生が引退したら1年生も即戦力として頑張らないといけない…俺たちが先輩たちを支えなくちゃいけないんだ…!」
話を聞きながら改めて気合いを入れ直していると突然横から声がした。
「あれ?ソウタ!!何してんのこんなところで!」
「えっ!?おま、声がでかいよ!!」
見るとそこには遅刻していた大喜がいた。大喜はこそこそして2年生の話を聞いている奏太の気持ちをよそに大きな声で話しかけてきた。
「ん?なんか今声しなかった?」
中で水島が声に気づいたようで、扉の方に向かってきた。
「あ、やべ!」
「あれ?君たち!もしかして話聞いてた?」
水島は扉を開けると奏太と大喜を見て驚いた。
「あ、いや、何も、聞いてません…指揮者のこととか聞いてないです…あっ!す、すみません…」
盗み聞きがバレて顔をこわばらせている奏太を見て水島は微笑みながら中に案内した。
「…別に怒ったりしないよ!聞かれちゃったなら仕方ない!気になるなら詳しく説明するから入って!」
「へ?あ、ありがとうございます…!」
ぎこちない奏太を見て中にいた2年生もクスクスと笑った。




