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マンドリニストの群れ  作者: 湯煮損
第5章「西田高校文化祭2022」
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第24話「去年のこと」

 部員たちは音楽室に戻り、道具や楽器を片付けた。しばらくすると高橋が帰ってきて全体に呼びかけた。

「いやーすまんインタビューが白熱しすぎて遅くなった!みんな片付けしてくれてありがとな!演奏もお疲れさん!次の演奏は15時から!さっきと同じで本番45分前からリハをやるから遅れんなよガリ!」

「えー名指しですか!?さっきは遅れなかったのに」

「そりゃさっきは俺らと一緒だったからだろ」

 高橋と糸成が遅刻癖のある大喜をいじり、笑いが起こった。

「さっきのインタビューで俺絶好調だったから次はお客さんもっと来るぞ!短いけどリハをしっかりやっていい本番にしよう!」

 高橋はそう言うと話を終え、マンドリン部員は再び自由時間になった。


 「自由時間か〜!どうする?今度こそ唐揚げ行くか?」

 糸成が1年男子たちに尋ねた。

「そうだな。大喜さっき食べたがってたもんな。」

「今度は俺も一緒に行っていい?」

 先ほどは別行動をした敦も混じった。

「おっイケメンちゃん先ほどは素晴らしいリア充っぷりをしてたそうで」

 奏太の目撃情報をもとに糸成がいじると敦は焦って答えた。

「いやいやあれは別に付き合ってはいないよ!同じクラスの奴で勝手に着いてきて困ってるんだ」

「えー?ほんとにぃ?」

「ほんとだって!」

 焦って弁明している敦を糸成がいじっていると奏太のところに小野がやってきた。

「奏太くん!さっきは中川くんがごめんね!そしてありがとう!気遣わせちゃったみたいで。」

「あ、いえいえこちらこそ余計なことを言ってしまったみたいで」

 奏太は遠慮がちに返事をした。

「ううん。でもね、私大丈夫だからもう気にしないで。1年生のみんなを教えるの楽しいから全然負担になってないし、中川くんのことも...、なるべく気にしないように心がけるから、これからも私を頼ってよ!」

 小野はそう言って微笑むと、最後にこう付け加えた。

「とにかく奏太くんたち1年生は去年のこと気にしなくていいから!じゃまた後でね!」

 そして手を振るとそこを去って行った。



 奏太たちは結局唐揚げを買った後焼きそばの列に並び、無事買った後は部室に戻って昼ごはんを取った。そして14時15分、再び演奏に向けたリハーサルを行った。奏太は今度のリハーサルではすでに一回目の本番を済ませていたこともあり、リラックスして演奏できた。

 しかし午後の演奏にはポピュラー曲以外に短めのマンドリンオリジナル曲が一曲入っている。美しい旋律と楽しげでリズミカルな場面の対比が印象的な作品だ。全曲練習すると息巻いていた奏太にとっても、馴染みのあるポップスとは違って大きく手こずった曲だ。結局いまだに通し練習で弾ききったことはない。リハーサルでも完璧には弾けなかったが、奏太は今できることを精一杯やるつもりで決意を固めた。

 そしてリハーサルが終わると奏太たちは午後の演奏に向けて準備を始めた。いよいよ文化祭最後の演奏が始まる。

 その頃体育館ではかき氷を買った旋がまた椅子を探していた。そしてあたりを見渡し空いている席に気づいて近寄ると隣の席の人に声をかけた。

「あれ、帰ったんじゃなかったんですね。中川さん!」

「…放課までは帰れないからな、することもないし。」

 そこにいたのは先ほど帰ると言った元1stの2年生、中川雅典だった。


 中川は旋に見つかり若干決まりが悪そうだった。

「やっぱりなんだかんだ言って迷ってるんじゃないですか?中川さんは」

「そんなんじゃ…」

 旋は少し微笑んで見せたが中川は表情を変えず、そう呟いた。旋は中川が話し終えないのを見てなんとなく意味を悟ると奏太のことを語り始めた。

「あいつ、どう思いました?あの状況で中川さんに教えを請うところとか、変わってるでしょう。結構破天荒なことを言う奴なんです。」

 それを聞いて中川は聞き返した。

「まるで過去にもあったような言い方だな」

 旋は静かに微笑むと答えた。

「…はい。“お前を追い越す”って言われました。」

 それを聞いて中川は目を丸くするとうつむいた。

「…そっか」

 その様子を見て旋はニッコリと笑った。

「面白いでしょう?」

「…かもな。」



 特設ステージの舞台裏では演奏直前を迎えたマンドリン部員達が道具の搬入を終えて待機していた。ここで指揮者の山下陸が全体に声をかけた。

「みんな注目!カズキがどうしてもって言うもんだから今日最後の円陣は部長じゃなくて指揮者の僕が号令します。だけどその前にちょっとだけお話ししてもいいですか?」

 山下はそう言うと全体を軽く見回してから高橋の顔を見た。高橋が黙ってうなずいたのを見ると山下はもう一度全員を見て話を始めた。

「去年 学生正指揮者になってから今日まで、すごく楽しかったです。みんなの演奏を一番近くで見れるこの場所は僕に最も合う場所でした。」


 そこまで話をしてからこうつけ加えた。

「…あっもちろんドラパートのみんなが嫌いなわけじゃないよ!」

 それを聞いて特にドラのメンバーはクスクス笑った。

「僕が指揮者になってからも三吉が副部長という大役と兼任にも関わらずパートリーダーを引き受けてくれてしっかりとドラをまとめていたので僕は安心して指揮棒を振ることができました。」

 話を聞きながらドラパートリーダーの三吉佐世は静かに微笑んだ。その後も山下は話を続けた。

「うちの学校は山崎先生がいらっしゃるので大会曲や定演の1番の大曲などを振ることはなかったですが、そういうガチガチに緊張した表情よりもポピュラー曲や小曲を楽しそうに演奏するみんなの表情の方が個人的には大好きだったので1年間楽しんで仕事をすることができました。」

 山下はさらに1年生についても話をした。

「特に1年生のみんなは今回だけだったし、自分の練習した曲を弾くので精一杯だったと思うけど僕はみんなの表情を指揮台から見ることができてとっても嬉しかったです。今からの演奏が3年生にとって最後のポピュラーステージであるのと同様に僕にとってはこれが最後の指揮になります。最後の演奏では良かったら僕の指揮を見て楽しそうな表情を僕に見せてください!」

 それを聞きながら奏太は今までの練習を思い返した。

ー…俺、そういえば弾くのに必死過ぎて今まで先輩がどんな顔で指揮してたのか知らねえや。これが最後、しっかり見て演奏を終えたい。

 山下は、その後話を続けた。

「とにかく、楽しかった僕の指揮も今日で終わりです。次からは2年生の担当者に引き継ぎます。聞いた話ではまだ決まってないみたいだけど今の2年生はみんないい子達だから誰になってもいい演奏を作ってくれると信じてます。みんなは次に指揮者になった人を信じて着いて行ってください!」

 こうして山下は少し長めの話を終えると全員に指示を出し円陣を組んだ。そして山下の掛け声に合わせて叫んだ。

「文化祭最後の演奏楽しむぞ!」

「おおーっ!!」

 マンドリン部の掛け声がその場に轟いた。

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