第23話「自分と似ている男」
「それでは演奏を終えたマンドリン部の部長高橋和樹さんにインタビューをしてみましょう!演奏を終えたお気持ちは?」
「いやーほんとに楽しかったです!この後15時からまたここで…」
演奏が終わったマンドリン部は文化祭実行委員からインタビューを受ける高橋を残し、先に片付けを始めていた。楽器や小道具をまとめ、手分けして搬出するのだ。
奏太たちは1stで楽器と楽譜、譜面台を分担してまとまって運んでいた。そして体育館を出て音楽室に向かう途中の渡り廊下を歩いていると、
「お疲れソウタ!」
「あっセン!」
そこに来たのは旋と先ほど一緒に演奏をみた男子生徒だった。
「あーこの間来た人だ!見てくれたんだ!」
近くにいた奈緒も挨拶した。
「やああなたはこないだの…“菜穂”さん!」
「な・お・です!!!」
「わっセンくん!…とあなたは!」
ここで横にいた小野と和田が旋の横にいた男子生徒を見て驚いた。
「…中川くん!?」
奏太は二人の反応を見て首を傾げた。
「先輩、お二人はこの人と知り合いなんですか?センと一緒にいるみたいだけど僕は初めて会うので。」
小野は少し険しい表情をすると答えた。
「え、ええ。彼は2年生の“中川雅典”。以前1stをやっていた元マンドリン部よ。」
奏太はそれを聞くと驚いて聞き返した。
「えっ!?じゃあこの人が腕を壊したっていう人ですか…!?」
奏太の質問に現場の空気は少し凍った。小野は驚いて聞き返した。
「…え、どうしてあなたがそれを知ってるの?」
「あ、いや、僕なんかまずいこと言いました…?」
慌てる奏太を見て小野はため息をついた。
「…まずくはないけどソウタくんに話したことなかったはずだから驚いたけど、なるほど。やっとつながったわ。カズキでしょ?話したの。それで奏太くん基礎気をつけるようになってたのね。」
小野はそういうと黙って様子を見ていた中川の方を見て話を続けた。
「改めて紹介するわ。彼は元1stの中川雅典。かつてピアノコンクールで上位入賞していた経歴もあるから音楽の知識やセンスも抜群で、マンドリンは初めてだったけどこの間の定演の前まですごいやる気を持って取り組んでくれていて技術も半端なかったの。」
ここで旋が口を挟む。
「音楽的センスは僕以上でしたね。」
「…」
中川は相変わらず黙ったままだった。小野はそのまま説明を続けた。
「でも、定演の練習を頑張りすぎて手怪我しちゃってマンドリンはもちろん、ピアノまで弾けなくなってしまった。なにも辞めることはないって止める部員を振り切って春休み最終日に部活を辞めてしまったの。それでいくらなんでも1stに2年生がいないのはまずいからって取り急ぎ和田ちゃんが2ndから移ったの。」
「…そうだったんですか」
小野は再び話を切り出した。
「中川くん!私はなぜあなたがやめなくちゃいけなかったのか分からない!弾けなくても何かできることはあるかもしれない!残っていればまた楽しいことができたのに!悪いのは基礎をちゃんと教えなかった私たちの方なのに!」
小野は泣きそうな顔で訴えた。それを見て中川はようやく口を開いた。
「…いえ、先輩は悪くありません。手のケアが必要とか、そんなこと俺がわかってなくちゃいけなかったんです。先輩は俺が怪我したのを見て責任を感じていましたが、俺はこれ以上先輩に迷惑をかけたくなかった。俺が怪我したまま残っても先輩の心を傷つけてしまうだけ。だから俺は音楽を辞めたんです。」
「…違う!違うのよ…」
中川の言葉に小野は涙を流した。
その様子を黙って見ていた奏太は突然口を開いた。
「中川先輩、」
「ん?」
「俺にマンドリン教えてくれませんか?」
奏太の突然の依頼に一同は思わず驚愕した。
「は?」
「あんた突然何言ってんの!?状況聞いてた!?」
場の張り詰めた空気の中、奏太が指導を依頼したことを無神経と受け止めた奈緒が慌てて指摘した。しかし奏太は目線を全く動かさず中川を見つめた。
「…無理だよ。楽器を持たずに君にマンドリン教えるなんて。俺はマンドリン講師じゃない。大体それなら小野先輩や都川先生がいるだろ。」
中川の冷静なあしらいにも奏太は弾き下がることはなかった。
「もちろんそうです。でも俺はあなたに教わりたい。小野先輩は過去のこともあるし優しいから1年生のことを必要以上に気にかけてくれますが、僕は先輩には全国に集中してほしいんです。中川先輩が戻ってきてくれれば小野先輩も安心して大会に臨めます。小野先輩のためにもあなたにはマンドリン部に戻ってきて貰いたいんです。」
「……!」
「奏太くん…」
小野は奏太の話を聞き、静かに奏太の方を見つめた。
「どうです?面白いでしょこいつ。」
その様子をずっと見ていた旋は笑って中川の方を見た。しかし中川は下を向いたままでとうとう乱暴に振り返ると
「…いや、やらない!俺がやるべきじゃない!俺はもう帰るぞ!お世話になった義理でなんとなく演奏を見にきたが午後の部はもう見ない!じゃあな。」
と言い残しスタスタと歩き去った。
その場に残された者たちは何もしゃべらなかったが、しばらくして和田が奏太に言った。
「奏太くん、ごめんね。私の同期があんなで気を悪くしたかもしれないけど昔はああじゃなかったの。彼のこと、わかってあげて。」
奏太も苦笑いをして返した。
「…いえ、俺の方こそ、後から入って何も知らないくせに余計なことを言ってしまったかもしれませんでした。でも…」
奏太は中川の歩き去った方向をもう一度見ると、静かに続けた。
「あの人、中川先輩は、何となく俺と似ているところがあるような気がして…だから分かるんです。今の状況に一番心のどこかで納得してないのはあの人方なんだって。マンドリン部に戻ってくればきっとまた何か発見があるはずなんです。だから僕はあの人を絶対に自分の講師にしてみせます。」
奏太はそう決意を新たにすると、片付けをしに音楽室に向かった。




