第20話「自分の楽器」
文化祭の曲の練習が進み5月終盤に差し掛かっていた。本番までおよそ2週間、この頃になると1年生は自分の弾く曲の練習の時には先輩たちの中に入って一緒に合奏し、それ以外の曲の時は自主練をするという形で練習が進んでいた。もちろんまだ1年生の技術はまだ追いついておらず、混じって練習する時もそれぞれ苦戦していた。だから彼らにとって練習時間のうち自主練の占める割合が大きくなっていた。
奏太は宣言通り全部の曲の練習に必死に食らいついていた。先輩たちからは初心者にしては早いと評判だがさすがに完璧にはなっておらず、奏太自身がそれを一番強く感じているためより一層練習に打ち込むようになっていた。
この日の1stパートの練習は音楽室だった。いつも通りのパート練習をしていると、音楽室の入り口で何やら人を呼ぶ声がした。
「すみませーん!山崎様いらっしゃいませんか?」
「あー先生は今別の部屋ですー!」
声を聞いて小野が駆け寄るとそこにいたのは宅配便の方だった。
「お届け物に参りました。皆さんマンドリン部の方ですか?」
見るとそこにはたくさんの楽器があった。
「みんな!1年生の楽器が届いたよ!」
小野は音楽室に戻って奏太たちを呼んだ。奏太たちは思わず練習を中断し、ワクワクして外に出た。見るとそこにはマンドリン、マンドラ、そしてギターがたくさん置かれていた。
「うおお!!ついに俺の楽器が…!どれだ?これか?それともこっちか?」
奏太は目を輝かせて楽器に貼ってある紙を見て自分のものを探し始めた。
「あーあー!ちょっと待ってて!私先生呼んでくるから!」
小野は慌てて奏太を止めると先生のいる国語科資料室に向かった。パートリーダーがいなくなったので2、3年生の先輩たちも外に出てきた。
「おー!ケースが新しいね!いいなー新品!」
「あんたのはボロボロだもんね〜さすが元柔道部!」
「柔道部が乱暴なのは偏見ですよ三河先輩!」
元柔道部2年生の和田をいじったのは3年生の三河彩花だ。副パートリーダーを務めており、小野がいないときにはパート練を仕切る。非常におっとりした性格で小野のパート練より優しいという声もあるとかないとか。
しばらくして先生が来て宅配の手続きを済ませるといよいよ奏太たちは自分の楽器を手にした。先生が来るまでの間に2nd、Dola、Guitarパートの1年生も来ていて楽器を受け取るとワクワクしてケースを開けた。
「これが俺のマンドリン…」
奏太もケースを開けるとクリーム色のボディが姿を現わした。新品の楽器は学校の備品と比べピカピカで奏太は感動のあまり言葉を失った。ピックを持って試しに鳴らしてみると備品とは大きく異なる芯のある音が鳴った。
「うおー!俺なんか上手くなった気がする!!」
「楽器変えただけだって…」
「それはいうなよ…!」
糸成のあっさりしたツッコミに奏太は焦って返した。糸成も自分のギターを鳴らしてみてニヤリと笑った。
「でも、確かに音違うな!今モチベーション高いしこれからもっと上手くなれる気がするな!」
「二人ともいいね〜!とにかく文化祭に楽器が間に合ってよかったね!みんなにとって初めての本番…いい演奏にできるように頑張ろうね!」
後ろで見ていた小野が微笑みかけた。
「ねーねー奏太くん!楽器弾かせてよ!」
「え〜僕もまだほとんど弾いてないんですよ!和田先輩」
和田が奏太の楽器を弾きたがった。
「そのゴリラに渡すと一瞬で木材になるからやめといたほうがいいよ!」
三河が笑いながら言うと和田は顔を赤らめて反論した。
「ちょ先輩いくら私が購入10分でネック折ったからって“ゴリラ”は言い過ぎ…」
「ごめんごめん伝説保持者」
三河はニヤニヤと笑いながら訂正した。和田は去年自分のマンドリンを買った際、チューニング中にネックをへし折り、2ndの石原を始め、先輩を困らせたという西田高マンドリン部の伝説の一つを作ったという。
こうして奏太たちは自分の楽器を手に入れ、練習により力を入れて行うようになっていった。
そして6月11日、ついに文化祭が始まった。
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西田高校の文化祭は土日の二日間で行われ、1日目は各学級のクラスパフォーマンス、2日目は文化部の演奏と運動部の公開試合を含む一般公開日となっている。マンドリン部の演奏は2日目の午前中と午後に1回ずつ予定されている。
今日は1日目、全校生徒が体育館に集合し、各クラスのクラスパフォーマンスが行われた。
夕方、パフォーマンスが終わり解散となったがマンドリン部は2日目の演奏に向けて最後の練習をした。この日はパート練習はなく、全てが合奏となった。当日の流れを意識してMCを入れての通し練習となった。1年生は1曲だけ演奏をするのでそれ以外の曲では合奏に混じりながら弾きマネの練習をする者もいれば、部分ごとに弾いてみる人もいたが、奏太は宣言通り全ての曲を頑張って弾き切った。
そしてその日の帰り、奏太と糸成は帰りながらいつも通り話をしていた。
「それにしても今日のクラスパフォーマンス面白かったな!」
「ああ。高橋先輩クラスパフォーマンスでも主人公やってて凄かったよな」
マンドリン部1のパリピとの声も名高い部長、高橋和樹はクラスパフォーマンスでも劇の主人公を演じ、大変目立っていた。
「あと大喜も面白かったよな〜!遅刻癖をうまく劇に落とし込んでてよかったよな!」
大喜は1年2組の「桃太郎」の劇の中で猿の役をやったのだが、一般的な桃太郎のストーリーと違い、後から遅れて現れギャグキャラとして大きな笑いを誘った。しかし、実際は大喜が本当に遅刻してきたためプロットを大幅に変更し、猿が後から登場するという内容にせざるを得なくなったというのが事実だが、それは当然他のクラスは知らない。(そのためきびだんごを食べていない猿が桃太郎を助ける理由が描かれず、よく考えたら意味不明の展開となった。)
「さて、明日は俺たちも出番だな。お前全曲練習してたしどんな本番になるか楽しみだな!」
糸成が次の日のことを呟くと奏太も翌日に向けて期待を高めるのだった。




