第19話「自分に合う楽器」
西田高校マンドリン部では楽器購入会が行われていた。それぞれ親が来て、説明を聞いたり楽器を見たりする。奏太の場合は父親の浩が来た。二人は部室の前で合流した。
「おー奏太遅くなってすまんな。」
浩は謝りながら靴を脱いで用意されていたスリッパに履き替えると懐かしそうに建物を見た。
「いやー懐かしいな。音楽室に入るのはすごい久しぶりだ。」
「そっか。後で山崎先生に挨拶する?」
「へへ、そうだな。」
浩はそう返事をすると建物に入った。奏太も後に続いて入った。
音楽室に入ると、既に多くの新入生が楽器を試奏していた。
「うお〜すげ!新品!」
自分が今まで使ってきた備品の楽器と異なり傷のない綺麗な楽器を見て奏太は目を輝かせた。早速マンドリンのところに駆け寄って楽器を見比べた。たくさんの楽器があり、奏太は思わず目移りした。
「どれも新品だ!やばい!どれから試すべきなんだ!」
キョロキョロしている奏太を見て小野が笑いながら自分の弾いていた楽器を差し出した。
「当たり前だよ!はいこれ一番高いやつ!」
「えっ小野先輩!どうして?楽器買うんですか?」
新入生を対象とした楽器購入会に小野がいることに驚いて尋ねた奏太に小野は説明した。
「違う違う!1年生には楽器の違いが分かりにくいと思うからパートリーダーが相談役としているの!」
「いや小野めっちゃ弾いてたじゃん!」
2ndパートリーダーの石原が指摘した。確かに小野は明らかに自分の弾きたいものを弾いていた様子だった。
「あっばれたか。だって自分の楽器より高いんだもん!奏太くんにも分かるでしょ?それすごいいい音出るんだよ!」
小野は照れながら答えると奏太の方を見た。言われて奏太は試しにそのマンドリンを弾いてみた。いつも弾いている学校の備品のマンドリンとは違うクリアな音が出て驚いた。
「うわっ!確かに違いますね!なんか俺上手くなったみたいに感じます!これにします!」
「一通り触ってから決めた方がいいぞ。楽器は値段だけじゃないから」
自分の今弾いてる楽器に満足しかけていた奏太に浩は微笑みながら話しかけてきた。
「それってどういうこと?」
楽器は値段だけじゃないという話を聞いて奏太は確認した。
「もちろん値段が上がると楽器の音は変わるけど演奏するときに大事なのは自分に合う楽器かどうか。最も値段の高い楽器イコール自分が最も上手く弾ける楽器というわけじゃないんだ」
父のアドバイスを聞いて奏太は納得した。
「なるほど!じゃあとりあえず一通り弾いた上で一番自分に合うと思う楽器を探すよ!」
奏太はそういうとかたっぱしから楽器を弾き始めた。
ーよし、これで最高額即決だけは回避した...
浩は息子が色々な楽器を弾いている様子を見て心の中で密かにホッとした。
楽器購入会は2時間ほどで終わった。多くの生徒が買う楽器を決め、用紙に記入して店員さんに提出した。楽器は実際に持って来ている型と同じものをこれからそれぞれ製作する。
奏太も楽器を決めた。結局上から2番目のグレードの楽器を選んだ。紙を提出した所で山崎先生が外から戻ってきた。浩は山崎先生を見て懐かしげな表情を浮かべると話しかけた。
「マサト!」
先生も浩の呼びかけに気づいた。
「...!久しぶりだなヒロシ。」
二人はおよそ40年ぶりの再会となる。
「まさか君が息子の部活の顧問をしてるとは思わなかったよ。君が“先生”か…」
浩の笑いかけに山崎先生も少し照れくさそうに答えた。
「ああ。私もまさかこの歳でこの学校に来ることになるとは思ってなかったけどね。」
「それもお前の宿命かもしれないぞ。ともかく、息子たちを頼むぞ。しっかりと導いてやってくれ。」
話の中で山崎先生は少しうつむいて静かに笑って呟いた。
「そうかもしれないな。結局私は過去に縛りつけられてるのかもしれないが。ははは」
「マサト…」
「…先生?」
近くで会話を聞いていた奏太はこの内容に少し違和感を感じた。
「まあでもともかくヒロシ。40年ぶりだ。次回こそは定演に来てくれ。待ってるから。」
「…そうだな。考えておくよ」
二人はこう会話を交わすと挨拶した。
「じゃあまたな。ともかく息子たちを頼むぞ。しっかりと導いてやってくれ。」
浩の挨拶に山崎先生も静かに笑った。
「じゃあ、奏太。俺は先に帰るぞ。久しぶりに来れてよかった。お前今日も春日くんと帰るんだろ?」
「うん。」
「オッケー。じゃあまた後でな。」
浩はそういうと山崎先生に目で合図して音楽室を出て行った。
山崎先生は浩との話を終えると別の部屋で販売を終えた楽器屋の店員さんと話をしているようで音楽室にはいなかった。
近くにいて先ほどの話が聞こえていた紺野と高木が奏太の元に来て質問した。
「大橋くん!さっきの人がお父さん?」
奏太は突然紺野から話しかけられて少しドキッとした。
「うん。そうだよ。そっか紺野さんは俺の親父がマンドリン部出身てこと知ってたっけ」
「うん。私から見たらチェロの先輩なんだよね!」
「そっか、そういうことになるね。まあでも家で弾いてるとこ見たことないし多分卒業してから弾いてないと思うけどね。」
「そうなんだ!40年ぶりって言ってたし感動の再会って感じだったね。」
紺野は微笑みながら返した。
「へーすごい話ね。アンタのお父さんなのによく40年間も名前覚えてたわね。」
近くで話を聞いていた高木は奏太の方を見てニヤニヤしながら言った。
「ん?なんか言ったか“高西”?」
「…!!」
「…でも、なんか変なんだよな。さっきの話。」
「イトナリ!お前も思ったか」
ここで近くにいた糸成も話に入ってきた。
「え?」
2人の腑に落ちない様子を見て紺野たちは思わず聞き返した。
「山崎先生、過去がどうとか言ってた。この部活を何度も全国大会に導いてきた割に奏太の親父さんと40年ぶりに再会した様子は誇らしげというよりなんか決まり悪そうな感じだった。ひょっとして、過去に何かあったのかも…?」
「…気になるけどそんなこと聞けないしな…。俺たちの気にしすぎかもしれないし。」
「うーん…」
4人は山崎先生の先ほどの様子にもやもやを感じたが、考えてもその真相は全く見当もつかないのであった。
奏太は家に帰って父に当時のことを尋ねたが、父は話すほどのことは特にないとの一点張りで結局何も分からないのであった。




