第18話「プロのレッスン」
そしてゴールデンウィークが過ぎた5月14日土曜日、この日は新入生の楽器購入会だ。この日は同時に講師の都川先生の紹介もあり、スケジュールとしては午前中に都川先生が来校し、紹介とレッスン、午後に東京の楽器店の方が来て楽器購入会という流れになっている。
始めの会の時、先生の部屋に待機していた都川先生を高橋が呼んできて紹介した。女性の方で髪に軽くパーマがかかった上品な人だった。
「今から都川先生を紹介します。都川恵美子先生です。プロマンドリニストでうちの学校を含め市内の高校のマンドリン部の指導をされてます。今日はマンドリン系4パートの基礎をレッスンしてもらいます。」
「皆さんこれからよろしくね」
高橋の紹介を受けて都川先生は軽くお辞儀をした。
市内の高校という言葉を聞いて奏太は小野にこっそり質問した。
「市内ってことはもしかして郷園の指導も都川先生がしてるんですか?」
「あ、ううん。郷園は別の人が講師をしてるよ。」
小野も静かに答えた。
「そうなんですか。もしかして旋の父ちゃんですか?」
「…そうじゃないの。また別のマンドリニストなの。えっとね、剛田先生と郷園高校は直接関係ないの。…色々あってね」
「なるほど。違うならよかったです。ライバルと講師が同じだったら変ですから。」
小野の答えを聞いて奏太は満足そうに都川先生を見つめた。
都川先生のレッスンは1stから始まった。まずは姿勢の確認をした。奏太にとっては三度姿勢に立ち返るという感じだったが小野とのこともあり、何度も姿勢をやることに対しては嫌な思いは全くなかった。
「ビックリしたわ。みんなすごい正確よ!小野ちゃん教えるの上手いわね!」
「そ、そんな!やめてください!みんなが素直なだけですよ!」
褒めてくれた都川先生に対し小野は赤くなって謙遜した。
この後はピッキングやトレモロの指導に入った。ここも動かし方などは完璧だったので都川先生が小野と1年生を褒めた。その上でさらに弾きやすくするための手首や指の角度、力のかけ方などを教えてくれた。この内容はまさに目から鱗の考え方で体の作りなどを元に演奏の仕方を考えるというやり方はちょっとスポーツ的で奏太は興味が湧いた。
レッスンの最後に確認として1人ずつ見てくれた。
奏太の番、彼は都川先生にこんな質問をした。
「先生、“郷園高校の剛田旋”、あいつと俺の一番の“差”ってなんだと思いますか?」
「え?」
突然の質問に都川先生は少し戸惑った。
「わっ奏太くんまた!すみません!そんなこと急に聞かれてもって感じですよね、奏太くんは旋くんのことすごくライバル視してて…」
その様子を見ていた小野は慌てて付け足した。しかし都川先生はニッコリと笑って真剣に答えた。
「まず一番の差は時間ね。これは仕方ないわ、彼は10年以上やってるんだもの。だからそれを除外して答えるなら無駄のなさ。これも長いことやってるから身についてるものだけど例えば左手、押弦の移動の時に指が弦から離れすぎないこと、握りすぎて力が入らないこと、演奏を長く続ける上で大切よ。こうしたことは“正しいやり方”である程度やることで身につけることができる感覚なの。でも君たちの場合は小野ちゃんの教え方のおかげで“正しいやり方”が既に身についている。だからこのままやっていけば大丈夫よ。きっと上手くなるわ。彼と並べるかどうかについてはあえて答えないけど、君のやる気は他でなかなか見たことがないということだけ伝えておくわね。」
都川先生がほんの少しの時間見ただけでしっかりと冷静に分析していたことに奏太は感動した。
「…ありがとうございます!頑張ります!これからよろしくお願いします!」
「ええ。よろしくね。」
その奏太を見て都川先生も微笑んで言った。
都川先生の1年生指導が終わり、午後はいよいよ楽器購入会だ。この時間は1年生の保護者がきて山崎先生の説明を受け、楽器屋さんや都川先生のアドバイスを受けながら楽器を選ぶ時間となる。音楽室には楽器や演奏用品がズラッと並び、新入生たちはそれぞれ親と合流してどれを購入するか悩むことになるのである。
既に楽器は一通り揃っている音楽室で楽器を見ながら親の到着を待っている奈緒に美沙が声をかけた。
「どれが欲しいかもう決めたの?」
奈緒は苦笑いをすると、答えた。
「んー、高いっていうのは言ってあるから覚悟はしているだろうけど実際値段見るとほんとに買ってもらえるかどうか不安になるよ…はは。私もミサみたいにチェロとか買わなくて済む楽器にすれば良かったかな…」
「あはは。きっと大丈夫だよ。自分の楽器持てるっていいことだから私羨ましいよ。」
チェロも社会人団体などに入っている人などで自分の楽器を持っている人はいるが、高価ということもあって高校などの学生団体では普通購入せず学校の備品を使用する。この学校でも購入会で販売するのはマンドリン、マンドラ、ギターで、あとの楽器については備品を扱っている。もちろんこの3楽器でも金銭的な事情で購入せず学校の楽器を使うことは認められている。そのためこの日はチェロ、コントラバスと楽器を買わない人については帰ってもいいということになっている。ただ、何よりピックや足台などの演奏用品の販売もあるためミサのように残る人も多い。




