第17話「西田高マンドリン部の伝統」
「えっ!?旋くんがここに!?」
後日の練習で、奏太が小野に旋と会ったことを話すと、小野は驚いた。
「はい。なんか俺が弾いてるのを見たいとかって言って来ました。結局見せなかったですが。」
「そっか…彼がうちの学校訪ねてくるなんて初めてだよ。最初に聞いたときは嘘でしょって思ってたけど奏太くんのライバル視を意識してるのもあながち間違いじゃないのかも…?」
「それで、彼から聞いたんですが“都川先生”って会えるんですか?」
小野は微笑んで説明してくれた。
「ああ都川先生!うんうんもうすぐ紹介されるはずだよ。毎年楽器購入会の時に来て紹介だから!」
「楽器購入会…?」
奏太が不思議そうに尋ねると小野は話を続けた。
「もちろん高くて親とかに相談しないとだと思うから強制じゃないけど奏太くんも自分の楽器欲しいでしょ?毎年東京から楽器屋さんが楽器を売りに来てくれる購入会があるの。値引率いいから欲しいならそこで買った方がいいよ!都川先生も来て相談に乗ってくれる。」
それを聞いて奏太は目を輝かせた。
「自分の楽器…!!憧れます!欲しいです!いくらくらいなんですか?」
小野は少し苦笑いをし、答えた。
「高いよ20万くらいするかな…」
「…に、20万…」
値段を聞いて奏太は凍りついた。
「そ、奏太くんの親御さんはそういうの払ってくれる人?いずれにしてもまだ時間はあるから時間をかけて説得するといいよ。楽器購入会は来週だから!」
先輩はそう言ってくれた。しかし奏太には20万という大金に対し少し懸念が生まれていた。
その日の帰り、奏太は糸成に楽器購入会について相談した。
「イトナリはギター買うの?」
「うん、ずっと学校の備品ってわけにもいかないからね。」
「そっか、」
奏太はそれを聞いて下を向いた。
その様子を見て糸成は聞いて来た意味を理解して尋ねた。
「そうか、奏太っち親は結構お金厳しいもんな。卓球部の時ですらゴネてたくらいだし初期投資が20万なんて聞いたら…」
「そうなんだよ…母さん結構慎重でさ、20万なんてそう簡単に許してもらえそうにないよ…」
奏太は大きなため息をついた。
「まあでもこればっかりは俺も何もしてやれないし辛抱強く頼み込むしかないよ…まあまだ1週間あるしさ、今から時間をかけて説得するといいよ。」
「はあ、そうだな…」
結局家に着くまでは奏太の重い足取りは変わることはなかった。
奏太は家に帰り、夕飯の時に母親に楽器の話を持ちかけた。しかし思った通り母親の反応はよくなく、20万という高額もあって奏太もあまり主張を言うことができなかった。
その後、奏太が自分の部屋で説得の作戦を練っていると父、浩がやって来た。
「母さんになかなか苦戦してるな奏太。」
「あれだけケチだと流石にお手上げだよ」
笑いながら話しかけて来た浩に対し、奏太は拗ねたように返した。その様子を見て浩は自分の高校時代の話を始めた。
「そういえば俺が高校の頃の話ってしたことがなかったな。お前がマンドリン部に入って久しぶりに振り返ったよ。」
「確かに聞いたことない。」
「今思えば一番本気で何かに打ち込んだ時代だったかもしれない。余計なことは考えずにただがむしゃらに自分たちの目標のために全力を尽くしていた。」
話を聞きながら奏太は顧問の山崎先生の名を出した。
「親父って山崎先生と同期だったんでしょ?」
「山崎?…“山崎昌人”か?」
奏太の言った山崎という名前を聞いて浩は思わず反応をした。
「う、うん。今俺たちの顧問で指揮をやってるよ」
それを聞いた浩は満足げな顔をした。
「そうかそうか。あいつがマンドリン部の顧問に…変わらないな。ちょっと安心したよ。」
「どういうこと?」
奏太は浩の安心したということに少し違和感を感じて尋ねた。
「ああ何でもない。あいつ現役の頃も正指揮者だったんだ。」
「えっ!?」
奏太は山崎先生からは自分はギターで父はチェロパートだったということは聞いていたが山崎先生が正指揮者をやっていたということは初めて知った。
「あいつはすごい奴だった。俺たちはあいつの指揮のおかげでそれまでの悲願だった全国出場を果たすことができたんだ。ある意味恩人だよ。あいつのおかげで俺たちにとってあの部活が一生の思い出になったんだからな。」
奏太は話を聞いて身震いをした。自分の生まれる前のマンドリン部の話は伝説のような印象でその指揮者と自分も全国を目指すことになることにすごい巡り合わせを感じた。
「お前たちも全国目指してんだろ?」
浩の質問に奏太は力づよく答えた。
「うん!最近は安定して全国進めてるみたいだけどね。」
「行けてるのか。じゃあ目標は?」
「もちろん優勝!」
「そうか」
奏太の素早い答えを聞いて浩は微笑むと、話を続けた。
「いい目標だ。」
「じゃあ…」
「いい楽器持ってないとだな。母さんは俺から説得しておくよ。お金は俺が払う。だから全力で練習しろ。そして目標を達成するんだ。」
「頑張れよ」
浩はそういうと扉を開け、最後に奏太の方を見てニッコリと笑うと部屋を出て行った。
次の日、奏太は学校に行くなり糸成に昨日のことを順を追って説明した。
「えっ山崎先生現役の時も指揮者だったのか」
「そうなんだ。現役の時にも全国出場に導いて卒業してからも教員になって数十年後にこの学校に戻ってきて指揮者やって再び全国常連校にしちゃったってすごいと思わね?」
「そうだな、すごい話だな。それにしても楽器買う許可もらえたってよかったじゃん。」
糸成は安心した表情で奏太の方をみた。奏太も満足げな顔で答えた。
「ああ。親父がマンドリン部出身でよかった」
その後、糸成は奏太の方を見て言った。
「それより、お前親父さんに堂々と優勝宣言しちゃったんだな。大丈夫か?」
「ああ、お前だって狙うなら1位しかないだろ?」
「そうだけど…俺たちまだ全国とか言ってる時期じゃないだろ、全国のレベルもまだわからないし」
糸成は慌てて返した。すると後ろから高橋がやってきた。
「最初からそのくらいで全然いいと思うよ。俺たちだって全国1位目指してる。」
「高橋先輩!」
「うちの学校、何回か全国出場してるけどまだ1位だけは獲ったことないんだ。」
「…ほら!」
高橋の話を聞いて糸成は奏太にささやいた。すると高橋は話を続けた。
「でも」
「だからこそ1位とりたいじゃん。うちの部活的に快挙を成し遂げることになるんだ。」
その後高橋はこの部活の全国大会での成績について知っていることを話してくれた。話によると西田高校が全国大会でとった最高位は2位。過去に一回だけでそれ以外は3位以下の順位を取ってきたという。また全国大会の順位のしくみについても教えてくれた。全国大会に出る学校は毎年大体60校。それぞれ地区大会の予選を突破してきた学校だ。全国大会には7人の審査員がいてそれぞれがつけた得点を合計して順位をつける。そして上から20校ずつ優秀賞、優良賞、努力賞がつけられ、その上位何校かに優秀賞にプラスして各特別賞が与えられる。そのほか連続で出場した学校や連続で優秀賞をとった学校に送られる賞もあるという。西田高校は過去13年間連続で出場し、優秀賞を獲り続けているという。
「俺たちも今年こそは1位とりたいから頑張って練習してるんだ。去年は1位はおろか特別賞すら逃したからな。」
話を聞いていて奏太は改めて気合いを入れた。
「先輩。俺、文化祭の曲全部弾きます。」
突然の奏太の宣言に驚いたが高橋は真剣に話を聞いた。
「俺、こないだ旋が全部初見で弾いちゃったのを見て思ったんです。もっと頑張らないと。文化祭も1曲だけなんて甘えずに正しい方法でどんどん練習して一刻も早く実力をつけます!」
奏太の“正しい方法で”という言葉を聞き逃さなかった高橋は静かに微笑むと
「...!そっか。期待してるよ。さて、部活始めるから準備しようか。俺は先生のところ行かないと」
と言って去っていった。
「あいつと全国出たかったな…」
高橋は歩きながら一人でこう呟くとクスッと笑った。




