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マンドリニストの群れ  作者: 湯煮損
第4章「ベテランの講師」
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第16話「最初の目標」

 ゴールデンウィーク中も練習があり、1年生も参加していた。


 始めの時間、いつも通り部長の高橋が司会で練習を開始したが、この日は大量の楽譜を持って入ってきた。

「はー!重かった!1年生のみんなが入部する前だったから知らないと思うんだけど前に決めた文化祭の曲の楽譜が揃いました!今からこれを配ります!」

「文化祭?マンドリン部で演奏するんですか?」

 糸成が聞くとギター3年の浦田紗耶が答えた。

「そりゃお祭りだからね〜!校内で発表する一番大きい機会だよ!私たち3年生にとって部活生活最後のたくさんのポピュラー曲を演奏できる本番なの!これが終わると後は全国大会までメリア一本になっちゃうからね。」


 それを前で聞いていた高橋もうなずいて話を続けた。

「イェス!文化祭は高校生にとって年に1度のビッグなお祭り!パリピの血が騒ぐよ!本番は30分間が午前午後で合わせて2回あるから、曲はポピュラー曲5曲とマンドリンオリジナル1曲、そこにクラブソングを加えて全7曲。」


「…いきなり7曲…!?」

「まだ基礎も終わってないのに…」


 曲数を聞いた1年生たちはざわつき始めた。その様子を見て高橋は話を続けた。

「文化祭は6月11日〜12日、1日目はクラスパフォーマンスで演奏するのは2日目!1年生のみんながほんの1ヶ月ちょっとでこれだけの曲数をこなすのは大変だと思う!でもノープロブレム!2つだけ!具体的に言うと、クラブソングは今後ずっと弾いてく曲だから必修として、ポピュラーの中からあともう1曲選択、つまり1年生のみんなには2曲だけを頑張って練習してもらいます!」


 ここで益田が糸成にささやいた。

「もちろん楽器経験者は2つと言わずもっとたくさん練習してもいいんだぜ?」

 それを聞いて糸成は謙遜して返した。

「…無茶言わないでください。まだ指弾きに慣れてないんですから。」


「とりあえず楽譜は全曲配るから見てからどれをやるか決めてくれ。弾かない曲は弾き真似でごまかしてね!」

 そう言って高橋は文字通り山ほどある楽譜をパートごとパートリーダーにわたした。

 奏太も楽譜を受け取った。そして一つずつじっくり見た。まだ音符を完璧に覚えておらず、曲によっては今の奏太ではすぐに音が読めないものもあった。


「1ヶ月後にはこれを…」


「…弾けるのか?」



 その日のパート練、この日は小野の指導が終わって1年生はその日教わった移弦の反復練習を行っていた。奏太も真面目に練習に取り組んでいると奈緒が話しかけてきた。

「ソウタくん上達早いね。私全然できないから教えてよ!」

 奏太はそれを聞いて手を止めると少し照れて返した。

「そう?アップダウンの順番を工夫した方が移弦しやすいよ!…えっと、」

「“た・か・ぎ・な・お”!!もう同じクラスなんだからいい加減覚えてよ!」

「あ、すまん()()さん」

「…!!」

 いまだに名前を覚えることができていない奏太に奈緒はすっかり呆れてしまった。


「奏太くんはどうしてそんなに練習頑張るの?」

「え?」

「いつも早くきて自主練して、帰りも残ってるよね?まだすぐに本格的に本番があるわけじゃないのにどうしてそんなに頑張れるの?」


 奏太の練習量を不思議に思っての奈緒の質問を受けて奏太は静かに答えた。

「郷園高校の“あいつ”に、剛田旋に追いつきたいからさ。」

「剛田旋?あ、合奏を伴奏に独奏しちゃったって人?そんな凄かったんだ。その人の名前は覚えてるんだね。」

 実は奈緒は郷園中高の定演の時にたまたま予定があり見に行っていないのだ。

「ああ、凄かったぜ!()()さんもくればよかったのに。あれは燃えるぜ!」

「“た・か・ぎ”!!」

「そんな褒めて貰えると嬉しいな」

 突然別の声がしたので奈緒と奏太が振り返るとそこには旋が立っていた。




「え、セン!?」

「あ、この人?」

「よっ!こないだ振りだね。…そちらは?こないだは来てなかったよね」

 旋は挨拶をしてみせると奈緒の方を見て尋ねた。

「ああ、こいつ同じパートの“()()()()”さん!」

「菜穂さんか、よろしく!」

「“た・か・ぎ・な・お”です!!アンタ嘘教えんな!!」

「あ、ごめん…それよりセン、ここ学校内だぞ。なんでいるんだ?」

 旋は笑って答えた。

「たまたまこっちに来る予定があったから寄ってみた。俺をライバル視している君がどんな演奏するのか興味があってね」

「え、あ、俺はまだ…」

 流石にまだうまく弾けるようになっておらず、見せられる状態ではないと思って答える奏太をよそに旋は奏太が先ほど貰った曲の楽譜を見ると置いてあったマンドリンをとって弾き始めた。

「ちょっと借りるね。」

 初めて見る楽譜で一度も間違えずに完璧に弾きこなしてしまう旋を見て、初心者二人は衝撃を受けてしまった。

「これ文化祭で弾くの?楽しみだな〜!絶対見にいくよ!」

 旋は全ての曲を弾き終えると満足そうに楽器を返した。

「すごいね…一回見ただけで弾けちゃうの?」

 旋の演奏を初めて聴いて感銘を受けた奈緒に対し旋はクスッと笑って答えた。

「ある程度やっているとできるよ。二人だって続けてればきっとできるようになるさ!」


 それを聞いて奏太は一つ気になっていたことを聞いた。

「そんなに上手いのにどうして部活に入ったんだ?もうプロになってもおかしくないくらいなんだろ?」



「… 理由はいくつかあるけど、一番の理由は家じゃ…父さんのレッスンじゃできないことをやりたかったってのが一番かな。家でやることは常に決まってて“プロになるためにやるべきこと”をどんどん進めてくっていう感じで無駄がない。それだけじゃなくてもっと楽しんでやるってことに憧れたんだ。」

 旋は静かに答えた。そして先ほど弾いた楽譜を見て続けた。

「このポップスだってさ、家じゃ弾けないんだ。だからこうしてだべりながらさらったりするのが意外にすごく楽しいんだ。」

「そっか、プロのレッスンって想像もつかないけど旋にも色々大変なことあったんだな。」

 奏太は旋の話を聞いてしみじみと考えた。

「あ、なんかしんみりしちゃったな…でも俺今すごく楽しいから大丈夫だよ!今日ここに来て良かった。」

「え?」

 旋の呟きに二人は思わず聞き返した。

「ソウタくん、君の様子見れて良かった。きっと上手くなるよ。演奏を見るのが楽しみだ。僕はそろそろ帰るよ!」

 そういうと旋は立ち上がって少し歩くと振り返って最後に一つだけ言った。


「ソウタくん、さっきプロのレッスン想像できないって言ったけどきっともうすぐ受けることになるよ。」

「?どういうことだ?」

「まだ紹介されてないんだな。君たち西田高校の講師はマンドリニストの都川(とがわ)先生。顧問の山崎先生と共にこの学校を大会上位入賞に導いてる。音楽性も十分できっと助けになるよ。じゃ頑張って!僕はこれで」

 そう言うと旋はそこを去っていった。


 残された二人は顔を見合わせた。

「聞いたか?プロの講師だって。都川先生…レッスン楽しみだな!」

「そうね!弾き方とかも教えてくれるのかな?あれ?ソウタくん先生の名前も覚えてる…」

「ナメんな!聞いたばっかだし!」

 奏太自身は人の名前を覚えられないことを実は認めたくないようである。

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