第1話「マンドリン部」
2022年3月15日、県立西田高校の合格発表が行われた。11時ごろより校庭にはたくさんの受験生が現れ、それぞれ発表を今か今かと待っていた。発表の5分前になると窓から先生たちが布で隠したボードを出す。
12時になって布が取り払われると一気に歓声が起こった。合格した友達同士それぞれ顔を見合わせて叫んだり、肩を組んで歓喜したりする姿があふれた。
「134…135…136…、あった!137!合格!それに139、イトナリも合格だな!」
「そうだよ!また一緒の学校行けて一安心だよ!これからもよろしく!」
西田東中学校出身の大橋奏太も番号を見つけたようだった。そして一緒に発表を見に来た春日糸成と確認しこれから始まる高校生活に期待を寄せていた。
こうして二人の高校生活が始まった。
2022年4月7日、西田高校の入学式が終わるとクラス発表があった。奏太と糸成は同じ1年3組だった。2人は出席番号も連続だったので常に一緒にいて盛り上がっていた。彼らは小学校から一緒で幼馴染だが、相当仲がいいのかずっと話していても全く話題が尽きない。ここでは主になんの部活に入るかの話をしていた。
「ソウタはもう部活決めてる?」
糸成の質問に対し奏太は少し考えてから答えた。
「んーそうだな。高校でも卓球部続けてみるのもありかなと思ってたんだけどまだあんまりちゃんと考えたことなかった、ほら高校って部活の種類結構増えるじゃん、俺まだなんの部活があるかわからないんだよね。お前はどうすんの?」
それを聞いて糸成は自信を持って答えた。
「俺はもう決めてるよ、マンドリン部に入るんだ。見学一緒に行かないか?」
「え?マ…なんだって?」
奏太はこれまでの人生で一度も聞いたことのない響きに思わず顔をしかめた。糸成はため息をついて繰り返した。
「まあ知らないよな、“マンドリン”!弦をはじいて弾くギターみたいな楽器のことだよ」
それを聞いても奏太はあまりピンと来ていないようだった。
「ギターみたいな楽器?聞いたことないしなんかマイナーそうじゃない?せっかく高校入ったんだしもっと青春できそうな部活にしたほうがいいと思うけどな」
「それが案外そうでもないんだ。聞いたところによるとマンドリンの全国大会ってのがあってここの高校のマンドリン部は毎年結構いい線いってるらしい、親戚が昔入っててすげー熱中してたもんで興味持って、ほら俺ギターやってたじゃん?音楽結構できるから部活に入って活かしたいと思って!ほら見ろよ、明日から見学始まるみたいだから一緒に着いてきてくれよ!」
糸成は入学式の時に配布された新歓用のビラの入った封筒からマンドリン部のを取り出して見せた。そこには流行りのキャラクターが見たことない楽器を持っているイラストとともに“4月8日〜毎日見学・楽器体験・ミニコンサート実施中!”と新歓のスケジュールが書かれていた。奏太は乗り気ではなかったがビラを受け取るとぼんやりと目を通した。ビラには確かに一番目立つところに大きく“14年連続全国大会出場!”と書かれていた。
「ふーん、確かに結構強いみたいだね」
奏太はビラを返しながら答えた。
「まあ明日は暇だし付き合うよ。今んとこ他に見たい部活も特にないしね」
一見そんなになびいてないように見えた奏太だったが見学に一緒に来るだけでもかなりの収穫だと思ったのか糸成はニヤリとした。
次の日の放課後、奏太と糸成は靴箱にいた。この学校は2週間ごと場所を交代して班で放課後に清掃を行うことになっている。二人は同じ班だったので同じ場所だった。
「奏太、うちのクラスどう思う?」
奏太は靴箱の中の砂を掃く手を止めずに答えた。
「結構いいと思うよ、高校って受験で受かった奴しかいないから大体レベル一緒だし明らかな不良とかいないのがいいな、みんな話し合うし仲良くなれそう」
それを聞いた糸成は歯痒そうに返す。
「…そうじゃなくて、女子だよ。お前昨日高校では青春したいとか言ってたじゃん。ぱっと見いいと思う人いないのかよ」
奏太は思わず手を止め、
「…そういうことね、んーなんつーかまあ…」
と呟いたが言葉が止まってしまった。
「紺野さんだろ」
焦ったいと言わんばかりに糸成がたたみかけた。
「えっなんで分かるんだ?」
心を見透かされたようで思わず赤くなった奏太に糸成はニヤニヤして答える。
「勘。お前とは長い付き合いだから大体わかるよ。なんとなくそうだと思った。お前紺野さんだけは見る回数なんとなく多かった」
紺野美沙 、よく整えられた長い髪と潤いのある目、その下にある小さな泣きボクロははかなげでチャームポイントだ。一見大人しい印象だが、ロングホームルームでの自己紹介では比較的明るくしっかりと話していて知性を伺わせる。余計なことを喋らない様子がミステリアスな魅力を持っている。奏太の斜め前の座席に座っているためもあってか奏太の視界に入りやすく美人であることもあって後ろに座っていた糸成にはよく見てるように見えたようだ。
「そんなんで分かるのかよ、…まだ全然向こうのこと知らないし好きとかじゃないけど可愛いなと思ってみてただけだよ、そういうお前はどうなんだよ!」
「俺?俺はお前ばっかみてたからクラスの女子ほとんどわからんな」
「は?」
「冗談。まあお前のいう通り紺野さんがダントツだろ、いいと思うよ」
ニヤニヤと答える糸成を見て奏太は明らかにからかわれていることを察して返した。
「お前の冗談時々キモいよな。俺だからいいけど初対面の奴らには気を付けろよな」
「へへ、褒め言葉と受け取っておくよ、さて掃除も終わったしそろそろ見学の時間だ、俺とマンドリン部見学来てくれるだろ?」
そういうと糸成はほうきとちりとりを片付け始めた。
「そうだな、お前は1日中人の好み探ってて友達なんかできてないみたいだし俺が行かないと一緒に行くやついないもんな、仕方ないから一緒に行ってやるよ」
奏太は少し恥ずかしかったのもあって強がってみせると片付けを終えて荷物を手にとった。
「はいはいサンキュ、じゃ行くか」
糸成はニヤリと笑ってリュックを背負った。
「場所はどっちだ?」
奏太が場所を尋ねると糸成はリュックの中から新歓のチラシを出した。
「まって、チラシに地図書いてあるはず、あった!音楽室だって、この学校は確か音楽室だけ別の建物なんだよな、北校舎のさらに北側らしい」
「なるほど」
こうして二人はマンドリン部が新歓をやっているという音楽室に向けて歩き始めた。この部活が二人の高校生活を想像以上に大きく変えるとはこの時知りもしなかったのである。