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マンドリニストの群れ  作者: 湯煮損
第3章「強豪校 郷園中学高等学校」
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第15話「部長の気遣い」

 郷園中高の定期演奏会から一夜明けて次の日の練習、小野が部室にくると、奏太が物凄い剣幕ですでに自主練をしていた。

「うわっ奏太くん!すごいやる気だね…!」

 驚いて声をあげた小野を見て、奏太は練習を中断してニッコリと笑った。

「あっ小野先輩!()()()に負けてられないですから!俺とあいつの決定的な差が時間なら、隙間時間も使ってどんどんやってくしかないと思ったんです!」


 小野は奏太の練習している様子を見て答えた。

「う、うん!センくんに追いつくのは相当大変だと思うけど、…でもいいことだね!でも…」

「フォームまた崩れてる!これだと右手に力が入って負担かかっちゃうよ!」

 そう言うと奏太の手を取ってフォームを矯正した。

「あっ…ほんとですね…すみません!でも俺こっちの方が弾きやすくて…ダメですか?」

 奏太は自分のフォームの間違いに気づいて直したが、聞き返した。

「そうだよ!何度も言われてうるさいと思うけど姿勢は大事なの!手壊して弾けなくなっちゃったら嫌でしょ?」

「…は、はい!」

 今までで一番厳しく姿勢を注意した小野に呆気にとられて奏太は思わずひるんだ。

 すると…


「おいソウタ!!」

 後ろから怒った声がしたので二人は思わず振り返った。みるとそこには糸成が立っていた。

「お前掃除さぼんなよ!俺一人で大変だったんだからな!帰りの会終わった瞬間にどっか消えやがって!」

「うわあすまん!!練習したくてつい!」

 そう言うと奏太は走って逃げ出した。

「あ、待て!」

 糸成も慌てて追いかけた。

「あ、ちょ、奏太くん待って!まだ姿勢終わってない…」

 その様子を見ていた小野は呼び止めようとしたが、もう遅かった。仕方なく諦め、ため息をついてとぼとぼと自分の楽器を準備しているとそこに高橋がコントラバスを取りに来た。

「マコト、いまソウタとイトナリがすごい速さで出てったけど一体なんだ?」


 高橋は小野の様子を見て察した。

「そっか、お前も大変だな。あとで俺から話しておくから安心しろよ。」

「カズキ…」

 不安げに見つめる小野に高橋は爽やかに笑ってみせた。

「大丈夫!叱りはしないよ、お前もあいつもどっちも正しいからさ。」

 それを聞いて小野は心配そうにため息をついた。

「そうなの、部活を頑張りたがるところは全然間違いじゃないから注意するのが難しいの。でも()()()に似て熱中しすぎるタイプね。だから心配になるの。」

「ははは確かに。まあとにかく部長様に任せろって!」

 高橋はニッコリと笑って返した。




 その日の練習では奏太は今まで以上に姿勢を丁寧に直された。そして18:00に練習が終わって自主練をしていると高橋がそばに歩いてきた。

「よう“未来の()()()()”!頑張ってるじゃん!」

「“()()()()”です!高橋先輩!」

 奏太がもはや定着してしまったコンミスいじりを指摘すると高橋は隣に座って話を始めた。

「頑張るのもいいけど最初から焦ることないぞ。ソウタはもう十分練習頑張ってる。」

 それを聞いて奏太は答えた。

「ダメです、僕の目標は()()()に勝つことですから。1秒も無駄にできません!今日は早起きして朝、あと昼休み、それに掃除サボって放課後も自主練をしました!今後も続けるつもりです!小野先輩からはまだ教わってないですがトレモロの移弦も自分なりにやってます!」

 高橋は少し考えてから聞いた。

「マコトはなんでお前に姿勢や基礎を徹底させてると思う?」

「え、そりゃあ大事だからだと思いますけど、僕はもっと早く上達したいんです。」

「…そうだね。それもあるよ。でもね、」

 高橋は優しい表情を保ちつつも、真剣に話を続けた。

「マコトはお前にケガをさせたくないんだ。」

「…小野先輩もそう言ってて思ったんですけど、そう簡単にケガってするものなんですか?」

「...」

 奏太の疑問を受けて、高橋は少し違う話を始めた。


「...ところでうちの部活の2ndには2年生がいないけど、なんでだと思う?」

 突然の質問に奏太は驚いて思わず曖昧に返してしまった。

「えっ?5人しか入らなかったんじゃないんですか?」


 奏太の答えを聞いて高橋は首を横に振り、続けた。

「違うんだ。実は今1stの2年生をやってる和田ちゃんはもともと2ndだったんだ。」

「えっ?」

「今年の定演が終わって1stに移ったんだ。実はまだ1ヶ月経ってない。」

 高橋は深呼吸をしてから続けた。

「その直前に1stの2年生だった子が部活を辞めたんだ。やる気は十分に合ったんだが腕を壊してな。仕方がなく楽器をやめる事になったんだ。」

「えっ…そんなことが」

「そう。定演直前の練習で頑張りすぎたことが原因だったが彼は弾く時の姿勢が結構自己流でね。先生からも指摘されてたんだが直さなくて、手に負担がかかる状態でずっと練習していたから無理が祟ったんだな。彼は満足に楽器を演奏することができなくなってしまったんだ。やる気も知識もあるいい奴だっただけに残念で、マコトは自分の指導に責任を感じて今年は随分基礎を真剣にやるようになったよ。これがマコトが姿勢にこだわる理由だ。お前もやる気があって練習熱心だから見てて重なるのもあるのかもな。」

「…そうだったんですか」

 奏太は話を聞いて少しショックを受け、うつむいた。



「だからさ、マコトの言うとおり姿勢や基礎を気をつけてやってみてくれないか?そうでなくとも最初についた癖ってなかなか治らないもんだからさ。」

「マコトはさ、お前にすごい期待してるみたいだから」

「えっ?」

「あいつ、パート決めの時俺に報告にきて息巻いたんだ。『“コンミス”目指してるやつがいる』って。きっと嬉しかったんだと思うぜ。」

「先輩…」

 高橋はそう言うと、立ち上がった。

「高橋先輩、」

「ん?」

「ありがとうございます。先輩が話してくださったおかげで小野先輩の真意に気づけました!俺、今までで一番燃えてます!先輩の期待に応えたい!」

 奏太は高橋を見上げるとそう言ってやる気に満ちた表情を見せた。

「おう!部長だからな。ただ、適度に休めよ!」

「はい!“正しく”練習しまくります!」

 どっちにしろ闘士を燃やした奏太をみて高橋はニッコリと微笑んで見せた。




 小野が部室で“メリア”の練習をしていると奏太が走ってきて突然頭を下げた。

「小野先輩!今まですみませんでした!生意気でした。俺、これからは基礎をしっかりやって頑張ります!よろしくお願いします!」

「え、ええ!わかった!頑張ろうね!」

 小野は唐突な事に少し驚いたが奏太が基礎を頑張る気になった事に安心した。

 それを後ろからこっそり見ていた高橋は満足げに一人でうなずくと振り帰ってそこを立ち去った。


 小野だけがそれに気づき、全てを理解して微笑んだ。

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